はじまり(2)
カラスアゲハがよく見られる山の清流の話、倒産した寿司屋を従業員が出資して復活させた話――部外者にはどうでも良い話を、いかに心に残る・・・いや、ほんのわずかでも覚えておいてもらえるには、どう紙面を構成すればよいか。
メインには、最近某観光地でつくられた来月開店予定のショッピングセンターの話題を持ってくることにしている。持てる限りのコネを使い、報道関係者公開日に潜入できたので、店内の見取り図、出店リストに店長インタビューも手に入れることができた。かわいいモデルの女の子がそれらを楽しむ図の写真も撮ったし、読者プレゼント用に色々手配も整えた。
問題は・・・他の「派手さ」がない記事とどう調整をとっていくか・・・。こんなに頭を絞っているつもりでも、どこかありきたりになってしまう。独自の色を出すのは本当に難しい。
いっそのこと二俣が言ったように、「巨人」を前面にした方がいいのかもな。
いや、それならそれで、別ジャンルの雑誌と競合してしまうだろう。
「え?!」
二俣の声に、伊瀬は我に返った。本当に調べていたらしい。
「ほ~ら見ろ。俺が正しかっただろ?」
そもそも取材に行く前に下調べを・・・と続ける言葉を遮り、二俣はPC画面を指さして叫んだ。
「これオレですよ!?」
彼の指さした先には、銅山の昔の写真がのっていた。
老人と3~4歳くらいの子供が神社の高台から芽久野のマチを見下ろしている。
「ははぁ、どっちだ?爺さんか?それとも―」
「おちょくらないで下さいよ、子供に決まってるでしょう!昔のオレと同じ顔ですよ。帽子に書いてある名前もオレの名前だし・・・それに、これ!この変な模様の服!コレ覚えありますもん。こんな変なの2つとないですよ。これ絶対自分ですって!え?!なんでオレが?!」
たしかに柄は個性的だ。しかし、二俣がここまで興奮する理由がわからない。
ネットで昔の自分の写真に出くわすなんて滅多にない事だとは思うけれど。
「ふぅん、お前、芽久野に住んでいたのか。」「いません。」
「じゃ、爺さんが住んでたのか。」
「じいちゃんは十勝ですし、そもそもこの人知りません。」
「小さかったから忘れてるだけじゃないの?こうして写真も・・・。」
ここで写真の説明文を見た伊瀬は固まった。
<1978年芽久野神社から銅山の風景>
「1978年・・・?」
俺が1978年生まれだ。二俣は俺より10歳年下なはずだから・・・
「・・・まだ、オレ、生まれてません。」
「じゃぁお前じゃねーだろ!!」
「いや、オレですって!」