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HAji-N-  作者: SAME
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はじまり(1)

[名寄市を車で抜けしばらくいくと、上山という小さな町がある。そこの外れからさらに車で20分、でこぼこ山道を上がっていけば急に視界がひらけ、小さなマチが見えてくるだろう。

ここが山奥という不便な環境にありながらも、「過疎化」という言葉に全く無縁な地域・芽久野(めぐの)地区だ。人口が減るどころか年々わずかながらに増えていき、今年、ついに上山町と肩を並べたのだという。]



そんな話は聞いたことがない。今の時代に町の人口を山奥の地域が抜くなどと・・・?



[中に入ると舗装された道路の幅がわずかに広くなり、両側にアパートが建ち並ぶ。

公園に小学校に幼稚園、神社に温泉に映画館、理美容室や大きめの診療所、そして駅。

山側の斜面へと続く道の先には、白い大きな建物が低いうなり声をあげて何本もの煙突から煙をあげている。

筆者が、住人に聞いたところ、この山は銅山で銅を掘り出している、とのことだった。]



・・・記憶が正しければ、1980年前半に休山したはずではなかったか?再開するにも処理が必要で何十億もかかるときいたことがあったが?



[丁度、交代の時間なのだろう。多くの鉱員が挨拶をしながら行き違っていく。

脇の公園では子供達が走り回っていた。それを見た通りすがりの大人が何事か注意をしている。いつしか空は真っ赤な夕焼けになり、ちらほらと洗面器を持って銭湯に向かう人の姿が見受けられる。遠くから聞こえるのは豆腐屋の笛・・・。]



・・・・・・。



 「・・・もう、いい。」

伊瀬は手元のレポート用紙を投げ出した。


 「誰がこんな古き良き時代の情景を描いてこい、なんて言った?」


 「昔の話なんて書いてないですよ。」二俣が口を尖らせる。「目で見た事を忠実に・・・。」


 「休山したヤマが動いている時点で、昔だろうが。第一、お前、豆腐屋の笛聞いたことあるのか?」

 「ピィ――――――~」

 「・・・俺も聞いたことがないからわからんが、今のは違う。絶対違う。」


 ここは、地域情報誌「CHITTA」の編集部。開設されたばかりのこの部屋には、まだ人員が伊瀬と二俣の2人しかおらず、創刊号を出すために残業無休で各地を飛び回りネタを集めていた。

 沢山の情報誌が出版されている現状、ありきたりの誌面では手にとってももらえない。とはいえ、客寄せに有名どころの話題をバーンともってきて、周りをあまり知られていない町や地域の記事で固めるという一般的な作戦にでるほかなかった。メイン以外、記事内容のジャンルは問わない、ただし、観光地以外であること・変わっていること・行ってみたいと思わせる内容であることの条件はつける。せめてここだけでも独自色を出せたら・・・という切なる願いだ。

 創刊号はごった煮状態で購入者の反応を見て、次号から評判の良かった内容を中心にやっていく予定であった。


 「いいか二俣。俺たちはな、これでも地域活性化の力になりたいと思って、こういう情報誌を立ち上げたわけだ。及ばずながら世間のお役にたっていますよってことだぞ。」

 「たとえどんなに売れなくとも。」

 「そう、売れなく・・・て、まだ発売してないだろうが!とにかく、お前の記事はまぁまぁいいと思うよ。内容も、まぁ、30年前の話だとしたら、な。まぁ文面で断りを入れれば使えなくもないが、問題はそこじゃない。」


 一呼吸置いて、伊瀬は一気にまくしたてた。

 「今回の条件に合わないだろ!観光地じゃないのはたしかだが、とりたてて変わってもいないし、行ってみたくても行けない!タイムマシンにでも乗れというのか?大体そういう情緒溢れる読み物は、大手がエッセイとして載せてるだろう。」

 「だーかーら、今の話なんですってば。」


 話になりませんねとばかりに、二俣は自分の机に向き直った。そのついでに、自分の山になっているファイルをこちらの机の境界付近へ移動させている。


築かれるファイルの壁。

子供かよ・・・。伊瀬はふぅっと息を吐いて、どう話を展開するか考えを巡らせた。


 「そうだなぁ、俺たちのターゲット層はどこか知っているか?」

 「20代後半~30代後半の男女。」

 「こういうのが喜ばれるんだよ。見ろ、この写真。オレンジストロベリーいちごキャッスルだ。千夜村の松井屋ってとこの新作でな、高さ105㎝のタワー型パフェで・・・。」

 軽く言いながら、ぽんっと先週取材した喫茶店の資料をファイル越しに投げてやる。

 「え?!えーと・・・、まずネーミングおかしいですよね?」

 二俣がぎょっとしているのが気配で分かり、つい顔がにやけてしまった。自分も実物を見たとき目を疑ったものだ。


 「そして真黒町では今、巨人が静かなブームなんだ。何でも森の中ですっごい大きな男が目撃されてな、警察が森を捜索したがそれらしい痕跡も見つからず、証拠の写真も数多くあるんだけど、信憑性が低いなどと問題になったり、さらに外国のUMA研究家までやってくる騒ぎに・・・。」

 「この前の『巨人クッキー』ってその町のお土産ですか。へ~、これメインでいいじゃないですか。」

 「ミステリー系雑誌だったらそうしたさ。」


  先ほどの仏頂面から一転、壁を崩し食い入るように資料を見ている二俣に、伊瀬はここぞと主題を切り出す。


 「つまりな、ターゲット層に合うものが大事なんだ。貴重な休日を削ってでも、見てみたい面白いと思わせるような・・・あわよくば、そこの土地を好きになれるような、そんなネタを求めているんだよ。」

 「・・・分かりました。確かに自分の記事は若者向きではないですね。」

 「だろ?」

 「しかし、オレが書いたのは本当のことです。・・・大体、伊瀬さん。さっき芽久野銅山が休山とか言ってましたけど確かなんですかぁ?別のところなんじゃないですかぁ?」


 しつけぇな、こいつ。いつまで話をループさせる気だ。


 「そんなに言うなら、今、ネットで調べてみろよ。多分のってるだろ。」

 伊瀬はそう言い捨てて、自分のPCへと向き直った。


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