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06「どうやら妹は兄を優先したようだ」


「……またか」


「んにゃぁ……」


妹が目を覚まして五日が経った。その五日間の毎日、妹は朝目を覚ますと必ず俺のベッドで気持ち良さそうに眠っている。

部屋の鍵だけではなく鎖もつけ、扉を封鎖したというのに妹には効果がなかったようだ。

……そろそろおふくろに頼んで暗証番号式の扉にしてもらうべきかもしれん。


「アキ、起きろ」


「んー……おにーちゃん。あと、ご……」


「後5分とか定番な事は言わなくていいからな」


「ごっくんだけ……」


「何をだ!?」


「にゃっ!?」


どんな夢を見てるのかは分からないが、これ以上放置しておくと夢の中とはいえ俺の貞操が危険そうなので妹をベッドから叩き起こす。


「んもー……お兄ちゃんたら強引なんだから」


「それは叩き起こした事に対してだよな!?夢の中の話じゃないよな!?」


まだ時間に余裕はあるが、いつまでものんびりしててもいけないので、俺は眠たそうに目を擦る妹の腕を引いてリビングに向かう。

ちなみに説明が遅れたが、俺の家は1階が喫茶店となっており、2階が住居スペースとなっている。

両親の部屋が一緒で、俺と妹の部屋が隣あって一つずつ用意されている。


「おはよう、おふくろ。……これはなんだ?」


「……うわ」


朝食を食べようと食卓に目を向けると、そこでは先に朝食を食べているおふくろの姿があった。

空腹を誘う魅力的な匂い。肉も野菜も摂取出来るお得な料理。おそらくこの料理を嫌いな人間は少数だと俺は思う。少なくとも俺は好きだ。だが―


「見て分からない?カレーライスよ」


「「朝から!?」」


TPOを考えてほしい。朝からガッツリとした料理に珍しく妹の顔も引きつっている。どうやらこの辺の感性はまとものようだ。


「知らないの?朝カレーダイエットよ」


「知らねえよ!?」


「無知であることは時にそれだけで罪よ。我が息子だというのに、これしきのことすら知らないなんて……母は嘆かわしいわ」


「カレーだけでそこまで言うか!?」


文句を言いつつも席に座りカレーを食べる。……美味い。


「ていうか、おふくろにダイエットなんて必要ないだろ。細身なんだから」


「甘いわナツ。女たるもの常日頃から自分を磨く努力をしなければならないの」


「そうだよ、お兄ちゃん!目指せ女子力アップなんだよ!」


「アキの場合はダイエットしたら、ただでさえ見込みのない乳が更に絶望的な事に……」


「あっ、カレーが大胆にスベッた」


「ギャ――――――!?目が!?目が――――!?」


明らかに作為的に妹のスプーンから俺の目にカレーが放たれた。見事なコントロールで俺の両目に当たったカレーは焼き尽くすような痛みを俺に与える。


「二人とも、今日は夕方から雨らしいから折りたたみでもいいから傘を持っていきなさい」


「んー、わかったー」


なんとか顔を洗って食卓に戻る頃にはおふくろと妹は何事もなかった様子でカレーを食べている。

……カレーが嫌いになりそうだ。


先程のおふくろの言葉が気になって、窓から外を見てみると、今は陽が出ておりとてもじゃないが雨が降る気配はない。まあ念のために持っていって損はないだろう。だが―


「……おふくろ。なんだそれは」


「締めのカレーうどん」


「ダイエットは!?」


カレーライスを食べ終えたと思っていたら、今度はズルズルとおふくろはカレーうどんを食べていた。つい数分前までの会話はおふくろの中でなかったことになったんだろうか。


「育ち盛りだから?」


「いい歳して何言って「夏樹?」すいませんお母様はいつも見た目麗しい自慢の母親です!!」


いつまでも馬鹿してたら、結局この日は遅刻した。母親ぇ……。



◆◆◆



「遅刻したくせに昼まで眠り続けるとは大したご身分だな一ノ瀬」


「……今日は朝から色々と疲れたんだよ」


昼休み、俺は教室で三沢と一緒に昼食をとっていた。ずっと三沢とは同じクラスだったため、もはや昼食はコイツと食べるのが当たり前になっていた。それに昨日の一件ですっかり「一ノ瀬兄弟は問題児」みたいなレッテルを張られたからな。まだ慣れ親しんでないクラスメイトは休み時間になると俺から避けていく。加えて学校一の問題児である三沢と一緒にいるせいで俺達の周りにはちょっとした過疎化状態だ。

……どーしてこうなった。


「そういえば聞いたか一ノ瀬」


「何をだ?」


購買で決死の想いでゲットした焼きそばパンの袋を開けながら俺は三沢の話に耳を傾ける。


二階堂にかいどうのご令嬢が昨日から復帰したそうだ」


「二階堂って、あの二階堂だよな?入院でもしてたのか?」


「……それすらも知らなかったのか」


二階堂と聞いて、この学園で思い浮かぶ人物は一人しかいない。

二階堂 紗那さな。世界的に有名な企業、二階堂グループ社長の一人娘でこの学園1の金持ち。才色兼備で1年生でありながら生徒会の副会長に抜擢され、生徒達や教師達の間からは「生徒会の懐刀」なんて呼ばれている。その美貌は、去年行われたミス・青学(学校も本人も非公認)において当時の2年生である「女帝」や「ジェミニ」と呼ばれる美女達に圧倒的な差をつけて優勝したほどだ。・・が、本人のクールな性格のせいもあってか、周りからは高嶺の花と認識され誰かと仲良くしている姿は見たことないとの話だ。


「なんでも終業式の前から原因不明の意識不明で入院していたらしい。一応5日前には意識が戻っていたみたいだが、検査のために昨日まで休んでいたとのことだ」


「はー……原因不明の意識不明ねえ。どこかで聞いたような話だな」


「ん?そういえば一ノ瀬の妹の意識が戻ったのも確か5日前だったな」


「偶然だろ」


にしても終業式の前からってことは、だいたい二週間以上前か。その間二階堂のご両親は心配でしょうがなかっただろうな。


「ところで妹さんといえば、彼女は何か部活に入らないのか?今日から仮入部の期間だろう」


「さあな。そんな話は聞いてないけど……」


「私は部活に入るつもりはないよ?」


「だそうだ。……ん?」


「やほー、お兄ちゃん」


「ぬおっ!?」


いつの間にか妹が俺の隣の席で平然と弁当を食べていた。

……おふくろといい妹といいウチの女性陣には神出鬼没のライセンスでも備わっているのか?


「勿体ないな。アキは運動も出来るんだから何かやればいいのに」


「そんなこと言ったらお兄ちゃんだって凄い運動出来るのに何もやってないじゃん。確か陸上部とかに勧誘されたんでしょ?」


「かったるい」


「じゃあ私もかったるいからやんなーい」


高校生になったというのにどうやら妹は自主性がまだないようだ。いったい誰に似たんだか。


「それに部活に入ったらお兄ちゃんと一緒に帰れなくなるもん」


「お、お前なあ……」


当たり前な事を言わせないでよ、みたいな表情をする妹。というか俺と一緒に帰るのは確定なのか?俺、許可したっけか?


「兄と妹は登下校は一緒だって憲法で決まってるんだよ!」


「んなわけあるか!?」


「……相変わらず仲がいいな一ノ瀬兄弟は」


「やだ、もう三沢さんったら私とお兄ちゃんがベストカップルだなんて……」


「言ってないぞ」


……どうやら昼休みですら俺の心が休まる暇はないみたいだ。オワタ。



◆◆◆



放課後、またしても俺は一人寂しく下駄箱で靴を取り替えていた。一緒に帰ろうとした三沢は部活。

呼ばなくても勝手に来ると思ってた妹はクラス委員に選ばれたらしく、今日はその仕事で少し残るらしい。

先程送られたメールに泣いている絵文字が数えただけで10以上はあったから、相当嫌なのだろう。

俺としては仕事よりも身内からのカラフルなメールの方が嫌だが。

妹のメールはハートとかハートとかハートとかが無駄に多いんだよ毎回。

誰かに見られでもしたら恥ずかしくて死ねる自信がある。


「ん?」


外はおふくろが朝言った通り雨が降っている。傘を持ってきた俺には問題ないが、問題を抱えてる奴を見つけた。


「おい、八神」


「えっ?――い、いい一ノ瀬くん!?」


下駄箱で一人外を眺めていた八神。

確認するが、その手に傘はない。こんな場所で外を眺めてる理由は一つしかない。


傘を忘れたのだ。

4月になったとはいえ、自宅まで雨に打たれて帰るのは中々辛い。下手したら風邪をひく可能性もある。まったくの赤の他人ならともかく、知り合い以上友達未満の人間を無視は出来ない。


平静を装いながら内心ドキドキしながら俺は八神にベタな提案をした。


「よ、よかったら一緒に帰るか?」


「一緒に帰る?…………ええっ!?」


八神は俺の言葉の意図を察したようで、顔をリンゴのように真っ赤にさせる。

八神と一つの傘を使いながら一緒に帰る姿を想像したら、俺まで顔が赤くなった気がする。だが―


「ご、ごごごめんなさいっ!!わ、私、まだ学校に用事があったから!」


脱兎の如く、普段の八神からは想像出来ない程のスピードで走り去り、校内にへと戻っていった。

……なに、このフラれた気分?いや、まあフラれたって言えばフラれたんだけど。

なんだよ、ちょっと勇気出してみればただの勘違いかよ。何が今週のラッキーアイテムが「若さ故の過ち」だ。ただのアンラッキーアイテムじゃねえか。

溢れ出るパッションに身を任せたら赤っ恥だよ黒歴史だよ。

だから今、俺が言うべき言葉はただ一つだろう。


「……認めたくないものだな。若さ故の過ちというものは」


「――――ねえ」


「ん?」


気落ちしながらも、帰ろうと傘を開いたら背後から声をかけられた。振り返ってみると、そこには俺が言葉を失ってしまうには充分な理由があった。なぜなら―


「――なら、私と一緒に帰ってもらえないかしら」


不敵な笑みを浮かべた女子生徒


二階堂 紗那がいたのだから。


もう一人のヒロイン登場

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