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19「どうやら魔王と勉強会のようだ」



「でっか」


目の前に広がる光景を見て、俺が最初に抱いた感想はこんなお粗末な感想であった。

ただ一言弁解させてもらうが、この光景を目の当たりにしたら10人に10人は俺と同じ感想を抱くだろう。


俺の目の前には三階建てのまさに豪邸と言うに相応しい建物がそびえ立っている。

その豪邸を囲うように塀も置かれていて、門から中を見ると庭にはプールや噴水等あり警備員までいる。


俺は念のために教えられた住所と地図を確認し、更に・・何て言うんだっけ?あの名字が書かれてる看板みたいなプレートのやつ。


と、とにかく、それを確認すると、そこには間違いなく『二階堂』と記されていた。


「やっぱ“あの”二階堂のご令嬢なんだよなあ」


最近は毎日のように一緒にいたからその事を忘れかけていたが、魔王(笑)さんは世界有数の企業の中でもトップクラスのグループ『二階堂』グループの一人娘で、ちょっと前までは高嶺の花の存在だったもんな。


……まあ、今ではその正体が、元ぼっちで寂しがり屋で何よりも友達が欲しくて経歴に魔王(笑)と詐称しちゃうような残念な子だと分かってしまったんだが。


毎回思うが絶対に魔王の器じゃないでしょ、この子。


話を戻そう。


そもそも何故俺が魔王(笑)さんの自宅の前にいるかというと、学園の中間試験が近づいたからだ。


以前に魔王(笑)さんと約束した勉強会。

不幸な事にもその約束を律儀に覚えていた魔王(笑)さんによって今日実施されることが宣告されたのだ。


俺の家でも構わないとも言ったのだが、魔王(笑)さんは「まだ心の準備が……」とか「勇者にいつ邪魔されるか分からないし……」などと言って頑なに俺の提案を断った。


あれか?ぼっち経験が長かったから友人の家に行くには緊張するから、それ相応の準備が必要なのか?

どっちかって言うと、自宅に友人を招く方が緊張すると思うのだが……まあ、本人がいいというのだから気にしないでいいか。


ちなみに妹に関しては同意見だ。


しかし、正直に言えば俺は勉強会にノリ気じゃない。

何よりせっかくの休日にまで勉強したくない。

俺としては試験に備えて英気を養うためにゆっくりとごろごろ休みたいのだが、魔王(笑)さんの自宅見たさについ来てしまった。


この家で鬼ごっことかかくれんぼしたら実に楽しいんだろうな。

勉強会なんかより絶対有意義だと思う。


「……そろそろ入るか」


現実逃避をやめ、巨人用にしか思えない程の高さ門の前に立ち、インターホンを押そうとする。

しかしその瞬間、俺の頭に一つの考えがよぎった。


「サプライズみたいに、いきなり登場した方が喜ぶんじゃね?」


魔王(笑)さんの事だ。

自宅に友人を招くのは八神でさえまだと言っていたから、俺が初めてか相当久々な事だろう。


なら、その数少ないイベントを普通にこなしていいのか?


―――否。断じて否だ。


俺がノリ気ではないといえ、自宅に招いてくれた上に勉強まで見てもらうのだ。

ならば俺はそれ相応の対応をするのが礼儀ではないのか。


魔王(笑)さんに、忘れられない貴重な思い出を作るという―――!



そうと決まれば行動あるのみだ。


二階堂家の自宅という事で、その警備は皇居の警備に匹敵するんじゃないかと思うぐらい厳重だが、なあに、案ずる事はない。


俺ならいける。

俺なら大丈夫。

I can do it

No program


うん、英語を使うと頭良くなった気分だ。

意外と出来るじゃないか俺も。

これなら勉強会は必要ないかもしれない。


「――行こうか」


今こそ気配遮断Eの力を見せる時。


近くの電柱に登ってから二階堂家全体を囲む塀の上に飛び移る。

高さ2・3メートルはあるであろう場所から地面に音もなく着地。


「――他愛なし」


庭の茂みに隠れ、玄関の前や周囲を警備している警備員がいるが、俺は近くに落ちていた拳ぐらいの大きさの石を手に取り、噴水に向けて投げる。

石は大きな音と水飛沫をあげて着水。

その音に数名の警備員が噴水に確認に向かう。


「―――他愛なし」


その隙に俺は噴水とは逆方向に駆け、家の裏側に。


問題はここから。

この馬鹿デカい家。おそらく部屋数もとてつもない数だろう。

その中からどうやって魔王(笑)さんの部屋を見つけるか。


だが既に候補は絞られている。


古来より馬鹿と煙と魔王は高い所が好き。

RPGとかでも魔王は必ず城の最上階にいる。

ならば魔王(笑)さんも最上階にいるはずだ。


「――他愛なし!」


俺は先程の電柱のように、裏庭に生えていた木に猿の如く勢いで登る。

そこから細心の注意を払って枝の上を移動し、最上階の窓の近くまで移る。


この距離ならいける。

己の運動神経を持ってすれば間違いなく。


ふっ、ちょろすぎるぜ二階堂家。


「――他愛なああああああああああああああああしっ!!」



「……で、何か遺言はあるかしら?」


捕まりました。


状況を簡単に説明すると、こんな感じ。


『まおうがあらわれた!


たたかう

どうぐ

にげる ←ピッ


まおうからはにげられない!』


みたいな。


「いや、あのですね。俺はただサプライズで忘れられない貴重な思い出をプレゼントしようとしただけで、不法侵入するつもりはこれっぽっちもなかったんです、はい」


「……トラウマレベルで忘れられないわよ。初めて自宅に招いた友達が不法侵入するだなんて」


……ああ、やっぱり初めてだったのね。

何故か俺の方が悲しくなってきた。


窓ガラスをアクション映画のように突き破って中に入ろうとしたんだが、流石は二階堂家。

窓ガラスは防弾ガラスか何かのようで、俺の侵入を見事に阻止。

阻止された俺は地球の重力に勝てずあえなく落下。


無情にもこの世界にはギャグ補正など素晴らしい俺得なモノは存在せず、背中から着地。

あまりの痛みで地面に倒れている所を警備員に発見されたわけだ。

……ちなみに俺の侵入劇は監視カメラによって一部始終撮られていたようだ。

次からは気をつけよう。


しかし三沢からミサビタンを貰っておいて本当に助かった。

ちょびっと舐めたと変わらないくらいの量で痛みが消えたんだから。


……副作用とかないよね?


「ほら、馬鹿してないで早く部屋に行きましょ」


「へっ?どこに?」


「私の部屋に決まってるじゃない」


……なんですと?

自慢じゃないが俺は女の子の部屋なんて妹の部屋ぐらいしか入った事がないんですよ。

それなのにいきなり魔王(笑)さんの部屋に行くのは些かハードルが高いんではないでしょうか?


「だ、だって、リビングで勉強してたら使用人の人達に見られて集中出来ないじゃない。それに私は勉強するときは自室って決めてるの」


それならばしょうがない……のか?

確かに使用人にジロジロ見られながら勉強するのは嫌だしな。


「あれ?そういや親御さんは?」


「仕事よ。うちは2人とも共働きで忙しいのよ」


まあ、今のご時世共働き夫婦は珍しくないからな。

俺の両親も共働きだし。


俺は魔王(笑)さんに案内されるがままに家の中を歩く。

どうやら魔王(笑)さんの部屋はやはり三階のようだ。


「……何か言いたいことがあるなら言いなさいよ」


「べっつにー」


言ったら階段から突き落とされかねないからな。

火曜日でもないのに火スペ的展開は御免だぞ俺は。


「ここよ」


魔王(笑)さんが部屋の扉を開き中に入る。

俺も一言失礼しますと言って中に入る。


「おお……」


「あ、あんまりジロジロ見ないでよね」


イメージ通り部屋はきちんと整理整頓されている。


黒を基調としたクラシックなデザインで、使われている家具はアンティーク風。

中でも目を引くのは映画でしか見た事ないような天幕の付いたベッド。

やばい、めっちゃフッカフッカそうだ。もふもふしたい。


「いい部屋だなあ……」


「べ、別にただ狭いだけの部屋よ。私、広い部屋は落ち着かなくて苦手なの」


それでも俺の部屋より断然広いんだが。

これが金持ちと一般庶民との価値観の違いか。


「んー……」


「はい、じゃあ早速始めましょうか……って、な、なに勝手に人のベッドに寝転がってるのよ!?」


「うはっ。予想以上に気持ちいいなあ……」


とりあえずベッドに顔をうずめて目を閉じ、もふもふする。

なんだかこのまま寝てしまいそうな程の気持ち良さだ。

それに……なんだろ?

何か甘い匂いがするような……。


「も、もう!早く起きなさい!」


気持ち良く寝転がっているところを魔王(笑)さんに腕を引かれて無理やり起こされる。

その際に魔王(笑)さんとの距離が縮まって……なんだ。


「甘い匂いの正体はこれか」


「えっ?に、匂い?な、何の話?何の話なの!?」


そういえば妹の部屋からも独特の甘い匂いがしてた気がする。

女の子の部屋ってのはそういうもんなのかもしれないな。


「……むう」


腕や服を鼻に近づけて匂いを確認している魔王(笑)さん。

その姿があまりにも高嶺の花と言われている魔王(笑)さんのイメージからかけ離れ過ぎてて、俺はつい笑ってしまった。


「な、なによ?なに笑ってるのよ」


「いや、ただ可笑しくて」


「も、もう!知らない!」


今度はツンと顔を背けた魔王(笑)さん。

その姿が余計に可笑しくて、また笑ってしまいそうになるが何とか堪える。


「にしても、少し腹減ったな」


「……あのね。人様の家に不法侵入した挙句、まだ何もしないでお腹すいたってどうなのよ」


「仕方ないじゃん。それに腹が減ったから勉強は出来ないってよく言うじゃん」


「……初耳なんだけど、それ」


なんだ。魔王(笑)さんも案外勉強不足なんじゃないか。

こんな常識的な言葉を知らないなんて無知だな。


「それで、なんか食べるものない?」


「どうしてもって言うなら使用人に作らせるけど……」


「んー、それはなんか悪いな」


「とても不法侵入した人とは思えない発言ね」


「冷蔵庫の食材を何か適当に使わせてくれない?費用なら後で払うから」


「無視したわよね今。なに、ぼっちだったんだから無視されるのは慣れてるだろとでも言いたいのかしら?」


被害妄想が過ぎる。

誰もそんな事言っていない。


「別に構わないけど……夏樹って料理出来るの?」


「まあ、一応喫茶店の子だしな。朝食レベルの簡単なやつや喫茶店に出てくるような料理なら作れるさ」


店で客入りが激しい時に料理出来るのがおふくろ1人だと厳しいからな。

妹が料理が壊滅的なため必然的に俺が覚えるしかなかった。


「喫茶店に出てくるような料理って?」


「ん?ナポリタンとかハヤシライスとかフレンチトーストとかかな。後は卵系でオムレツやスクランブルエッグ。卵焼きや目玉焼きも作れる」


「め、目玉焼き……。なにやら物騒な響きね」


「はっ?」


「えっ?」


……もしかして知らない?



◆◆◆



「ほい、これが目玉焼き」


厨房を借りて俺はものの数分で目玉焼きを2人分作り上げた。

おやつ代わりに目玉焼きはどうかと思うが、知らない魔王(笑)さんのためだ。


「なるほどね。卵の黄身を目玉と見立ててるから目玉焼きって言うのね」


特に要望がなかったので、一応しっかり固めのものと半熟のものにしておいた。

個人的には半熟派だ。


「これはこのまま食べるの?」


「そのまま食べてもいいし、何か調味料をかけて食べてもいい。一般的なのは塩に醤油に酢。変わり種でマヨネーズとかソースとかかける奴もいるけど」


「夏樹は?」


「俺は醤油」


ちなみに我が家は俺とおふくろが醤油派。

親父が酢。妹はゲテモノで砂糖やメープルシロップやハチミツをかけているが、それは教えない方が魔王(笑)さんのためだろう。

あれは思い出しただけで胸焼けがする……。


「そう。なら私も醤油にするわ」


「ちなみにかつて国会で目玉焼きに何をかけるかで意見が醤油と塩の真っ二つに分かれた。互いに主張を譲らないまま両者の間には修復できない傷が生まれたんだ。これが衆議院と参議院が誕生した理由で……」


「嘘よね」


「もろちん!」


殴られた。

実に理不尽だ。


とにかく、調味料を決めた俺達は黄身固めと半熟の目玉焼きに醤油を適量かける。

俺は半熟を。

魔王(笑)さんは固めを選んで、手に取る。


「「いただきます」」


黄身を開くと、中から半熟の黄身がとろとろと出てきた。

……うむ。我ながら会心の出来だ。


「美味しい……」


魔王(笑)さんは目玉焼きを口にして味を確かめると、目を見開いて驚く。

庶民を代表するような料理だが、気に入っていただいたようで何よりだ。

作ったかいがある。


固めの目玉焼きの味を確かめると、魔王(笑)さんは少し興奮した様子で俺の食べる半熟の目玉焼きに視線を向けた。


「ね、ねえ、そっちも食べてみていいかしら?」


「ああ、ほら」


「ありが……えっ?えっ?ええええええええええええええっ!?」


俺は特に意識することなく箸で目玉焼きを挟んで魔王(笑)さんに向ける。


……あっ。


赤面して慌てる魔王(笑)さんを見て、俺が今どんだけとんでもない事をしでかしているか気づいた。


し、しまった。

家でよく妹にせがまれているから、ついそのノリで魔王(笑)さんにもやっちまった。

同級生相手に何やってんだ俺は。


「わ、わる―」


「んっ」


「なっ……」


食べた……!

俺が箸を戻す前に魔王(笑)さんがパクッと一口。

あまりの予想外の展開に俺は動揺が隠せない。


魔王(笑)さんはしっかり味わうようにゆっくり噛んで―――――呑み込んだ。


「こ、こっちも美味しいわね」


「そ、そっか。それはよかった」


「「…………」」


き、気まずい。

何がってこの妙な空気が。


何か言おうにも何も出てこないし、魔王(笑)さんも顔を赤らめてただもじもじと身体を動かすだけ。


は、恥ずかしいならやるなよ……!


何なんだよ、この桃色オーラの甘い雰囲気は。

これならまだパルスイートを綿あめにでも全部ぶっかけた方がマシだ。


ちょっ、誰か簡単なバイトしませんか。

空気を読まずに雰囲気をブチ壊すだけの簡単なお仕事だから。


ちくしょう……今ほど雰囲気殺し(ムードブレイカー)である三沢がいない事を悔やんだ事はない。

頼むからこの雰囲気をブチ壊してほしい。

くそっ、普段いなくていい時には毎回いるくせに、なんで肝心な時にはいないんだ。


「お嬢様。紅茶の方が入りましたのでよろしけれ―」


「「あっ」」


キリリとした顔つきの清楚系の黒髪メイドさん(スカートはロングなタイプ)が手にティーカップが乗ったトレイを持って開きっぱなしだった扉から中に入ってきて……固まった。


おーけーおーけー。

まずは冷静に状況を確認しよう。


隣同士に座っている俺と魔王(笑)さん。

お互いに目をそらして赤面している。


そして魔王(笑)さんは友人を自宅に招いたのは初めて。

しかも俺は男で、招いたのは俺だけ。

家に入ったら入ったで直ぐに二人っきりで部屋に向かった。


……あれ、sneg(それなんてエロゲ)

展開的にほぼ個別ルート入ってるじゃん。

このままじゃハッピーエンドのようで、ある意味バッドエンド一直線だよ?

魔王エンドとか笑えない。


「……失礼いたしました。私、旦那様にご報告すべき事ができましたので」


「ストオオオオオオオオオオオップ!待って!誤解する状況なのはわかるけどお願いだから待って!?」


「ま、まままままま待ちなさい鈴音(すずね)!ごか、誤解!誤解だからっ!」


「イイエ、ココハオワカイフタリニマカセマスヨ」


「棒読み!?めっちゃ棒読みになってる!?」


火スペ的な展開にはならなかったが土曜ワイド劇場的展開になってしまった。


『メイドさんは見た』


みたいな。


無駄に視聴率とれそうな番組になりそうだ。

見られた側はたまったもんじゃないが。


「いえいえ。旦那様は友人がいないぼっちで孤独死しそうなメンタルが弱くて情けないお嬢様の事をとても気にしていますから、男性を自宅どころか部屋にまで招くなんてwktk―ではなく重要な事、メイドとして報告しないわけにはいきません」


「wktkって言った!?今メイドなのにwktkって言ったよね!?」


「あれ?私馬鹿にされた?ねえ、今私使用人に馬鹿にされた?」


「ではご機嫌よう」


マッハでカップに紅茶を注いだメイドさんはスカートの裾をちょんと摘まんでから一礼し、部屋から出て行った。

俺と魔王(笑)さんの間には先程とはまた違った気まずい空気が流れてしまい―


「……勉強するか」


「……そうね」


俺は生まれて初めて自分から勉強を始めるのであった。


後に俺はこの時の時間の事をこう呼ぶこととなる。


――賢者タイムと。




人気投票のいみがなくなるんですが、特別ストーリーレナの分もあるんでもったいないので投稿してもいいですかね?


2位じゃ駄目だろ!って意見が多ければやめますが……。




魔王(笑)「解せぬ」

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