12「どうやら今日は妹は休日のようだ」
三沢と生徒会が手を組んだという情報が学校中に流れた。
いったいどこからその情報が流れたのかは不明だが、今、学校ではその話でもちっきりだ。
なんせ三沢と『女帝』―
『四天王』の内の二人が手を組んだのだから。
しかもそれに対抗出来る数少ない人間である魔王(笑)さんも今回は一役買っている。
他の対抗勢力として考えられる風紀委員会も、今回はあくまで生徒会主催の親睦会なため動くことは出来ない。
それを知った生徒や教師達は、今や地球滅亡までのカウントダウンを言い渡されたような悲観に満ちた表情を浮かべていた。
最近では昼休みに断末魔にも似た叫び声が数ヶ所から聞こえてきたり、放課後には学園内にある教会に駆け込み救いを求めにいく者もいる。
少々リアクションが大袈裟だと思うが、去年の親睦会を初め、行事毎に色々な騒ぎを起こした三沢が企画を計画するのだからその気持ちはわからなくもない。
親睦会まで、まだ時間がある。
学園がしばらくはこんな様子だと思うと鬱になるな。
「ナツ、着替え終わったかしら?」
「ああ」
といっても今日は1週間ぶりの休日。
今日ばかりは誰であろうと俺の平穏を脅かす事は出来ないだろう。
俺は鏡の前に立って変な所がないか確認する。
今俺が着ているのは白のワイシャツに黒のベスト。下は黒パン。
この服装こそ、一ノ瀬家が経営している喫茶店『エンゼル(親父命名)』の男性用の制服である。
ちなみに女性用は同じく黒を基調としたもので、ちょっとメイド服っぽく見えたりする(意匠 親父)。
男心を刺激するそのデザインは、悔しいことに素晴らしいものだと思う。
これを着たおふくろ目当てに客が来るらしいが、毎回親父がデストロイしているらしい。
それでも充分な人数の客が来店するもんだから、世の中わからないものだ。
「まだお客は来ていないから、先に軽く掃除から始めてちょうだい」
「はいよ」
おふくろに指示され、俺は住居スペースである二階から一階にある店にへと向かう。
平日は基本親父とおふくろが二人で回しているが、今日みたいに休日になると俺や妹も手伝いとしてかりだされる。
息子といえど働いた分はきちんと金を払ってくれるので、これが俺の唯一の収入源となっている。
「ふぉおおぉぉぉ……!お兄ちゃんの制服姿ktkr」
途中、俺の姿を見つけて急に床に転がり悶え始めた妹と遭遇したがスルー。
俺が着替えた後は毎回毎回悶える妹。
今から将来が心配でならない。
ちなみに妹も既に着替えた後であり、例の制服姿となっている。
妹の活発さと無邪気さが相乗して身内贔屓抜きにしてもかなり可愛いといえる。
……悶えているせいで色々と台無しだが。
このままスルーしていたら後半日はトリップしていそうなので、俺は妹を脇に抱え一階に降りる。
そこでは既に下準備を終え、俺と同じ格好をした親父がカウンターの中に立っていた。
「――――っ!?……な、なんだ。どこの女神が地上に降臨したかと思えばMy娘か」
「馬鹿だろアンタ」
「ちっ。どこの屑かと思えば馬鹿息子か。……ところで娘って英語で何て言うんだっけ?」
「馬鹿だろアンタ」
大事な事だから二回言わせてもらった。
認めたくないが、俺の頭の出来は親父譲りのようだ。
……娘って英語でなんて言うんだろうな。
「よし、ナツはさっさと店内を掃除しなさい。アキは私の身体を掃除しようか」
「訴えるよ」
「馬鹿なっ!?」
今更ながら俺達兄妹には本当にこの馬鹿の血が流れてるんだなと痛感する。
リアクションがまるで同じだ。
「どうした親父。今日はウザイほどキモいな」
「だって久々の家族との会話だよ!?最近母さんもアキもナツもろくに私と話してくれないんだもん!?」
「晩飯の時に話してるだろ」
「そんな語られてない舞台裏の話はいいの!」
「何の話だ」
血が流れるんじゃないかと思うぐらいの勢いで涙を流す親父。
相変わらず安定した気持ち悪さだ。
「もっと大事にしようよ家族とのコミュニケーションを!思い出して楽しかった家族全員との日々を!じゃないと、こういう些細な問題から夫の浮気を引き起こす原因に―」
「浮気するの?」
「「「…………」」」
固まった。
おふくろを除くその場にいる全員が。
いつの間にか親父の背後にへと現れたおふくろがいつも通りの無表情で親父を見つめている。
妹は「私が気配に気付けなかった……!?」などと驚いている。
「や、やあ、ハニー。私は365日24時間いついかなる時でもハニー一筋だとも」
「―――別に浮気しても構わないわ」
「えっ?」
予想外の返答に呆気に取られる親父。
そんな親父を無視して、おふくろは俺の腕を取り……えっ?
「代わりに私はナツと浮気してくるから」
「俺息子!?」
「それが何か?」
「真顔で聞き返すな!?」
「ぶー!!母×息子なんて邪道だよ!やっぱり王道は兄×妹じゃないと!」
「それも邪道だよ!?」
「…………」
話に置いていかれた親父がワナワナと震えだす。
顔を真っ赤にし、怒りを顕にした親父はビシィッと俺に指を突き付けてこう言った。
「そうか……そういうつもりかナツ……!―――よろしい、ならば絶縁だ。二度と我が家の敷居を跨ぐことは許さn」
「お兄ちゃんを追い出したら私も出ていくから」
「書類は用意してあるから、後は貴方が判子を押すだけよ」
「……ナツ、今日はパパと一緒に風呂に入ろっか」
一瞬で涙目になって、穏やかな声になった親父。
いくらなんでも変わり身早過ぎだろ親父。
でも、流石にこれには同情する。
というかおふくろは何故離婚届けを用意出来てんだよ。子供の前に両親の関係を心配させるような物を出すなお願いだから。
「ナツ、別れは突然にやってくるものなの」
「もうやめてあげて!親父のハートが粉々に砕けるから!」
「鳴かぬなら、鳴かせてみせようホトトギス」
「何故今それを言った!?」
ハートが粉々に砕け散った親父は泣きながら床と同化し始めた。
おふくろが近づき慰めるのかと思ったら「床が汚れる」と言い放ち親父を踏みつける。
踏みつけられた親父は何故か恍惚な表情を浮かべている。
駄目だ、この家族。どうしようもない。
「お前もその家族の立派な一員だぞ」
「そんなに火に油を注ぎたいのか!?これ以上カオスな状況にしてどうする!」
「……何の話だ?」
神出鬼没のスキルを発動した三沢がいつの間にか店内に入っていた。
本日最初の客がコイツかよ……。
というか休日にまで三沢の顔を見る事になるとは。どんだけ俺が好きなんだ。
「……頼むから気色悪い事を言うな」
「なら気色悪い行動をするな」
なんともいえない沈黙が流れる。
このまま立ち尽くしてもしょうがないので、仕方なしに三沢をカウンターの席にへと案内する。
「おや、三沢君。よく来たね」
「これはマスター、お邪魔します」
「なに、三沢君にはいつもナツやアキがお世話になってるからね。好きなだけゆっくりしてくれ」
まるで旧知の友人と話すかのように楽しそうに話す親父と三沢。
無駄に仲いいな。
「マスターほど出来た人はおらんからな」
……三沢の中での評価は、出来た人=変人という図なのだろうか。
三沢が注文した訳でもなく親父は珈琲を入れ、渡す。
……まさかソレ俺の給料から差し引かれないよな?
「つーか、よく俺が今日手伝いしてるってわかったな」
「なに。一ノ瀬の母君がツイッターでツイートしているからな」
……何勝手に人のプライベートをネットに暴露しているんだおふくろ。
いい仕事したわけでもないのに、わざわざ厨房から出て来て親指立てんなや。
というかツイッターしてんのかい。
「『店内で息子がBLなうww』と」
「やめろ!?」
我が母親ながら何気ない顔で恐ろしい事をしようとする。
おふくろは俺を社会的に抹殺したいんだろうか。
「で、今日はいったい何の用だよ?まさか、わざわざ親父の珈琲を飲みに来たわけじゃないだろ」
「何を言う。マスターの珈琲はわざわざ飲みに来る価値はある。残念ながら今回は別件だが」
初めての味方にカウンター内で親父が1人号泣している。
そろそろ水分なくなるんじゃないか親父。
「親睦会についてある程度内容が決まったから、一応その報告だ」
「……随分律儀だな。どんな内容なんだ?」
「それは当日の楽しみだ。……ただ頭の固い教師共がこれを承認するかどうか」
「承認するか分からない内容って何!?」
「安心しろ。いざという時は書類を偽造するなりする」
「それのどこに安心しろと!?」
残念ながら青学生の祈りは神様に届かなかったようだ。
これは予想以上にエゲツない親睦会になりそうだ。
「あれ、三沢さん来てたんだ。何の話してるの?」」
しばらくすると、おふくろと一緒に厨房にいた妹がホールにやって来た。
「なに。一ノ瀬から最近妹に欲情してしまうんだがどうすればいいと相談を受けていたところだ」
「マジでか!?」
「言っていい冗談と悪い冗談があるぞ!?」
「もう大丈夫だよ、お兄ちゃん!早速今日から私をオカズから主食にクラスアップしていいよ!」
「オカズにしたことすらないわ!?」
店内で騒ぐ俺達をいつの間にか入店した常連客がヒソヒソとこちらを野次馬根性丸出しで見ている。
この後、いつものように色々と誤解を解かなければならないようだ。
……俺には休日だろうと、平穏の二文字はないんだな。
次回はちゃんと魔王(笑)さんも出ますw




