俺は犯罪者じゃないけどな。
家に帰り着いたのは、もう外が暗くなった頃だった。
あの後、もう学校の話題がでることはなく、ゲームやらなんやらで盛り上がった。
……まぁ、平和だったよ、うん。
家のドアを開けて、中に向かって声を上げる。
「ただいまー」
「おかえり澪」
返事を返したのは俺のお母さん。ちなみにアスターの卒業生だ。
「澪、あんたに手紙よ」
「は?俺に?何、父さんから?」
「あなたのお父さんは、仕事中は手紙なんて送って来ないわよ」
ですよねぇ。父親はそういう人だ。外国に単身赴任中だけど、2ヶ月に一回くらい電話かメールかなんかが来るだけで殆ど音信不通な上、こっちからも連絡できない。仕事柄仕方ないけどね。
で、話を戻して、母さんに渡された封筒は、異様な真っ黒の封筒だった。
白い文字で、住所と俺の名前が書いてある。
ひっくり返すと、送り主が書いてあった。
「トランプの遊戯管理委員会ぃ?」
要するに『神』か?
「それ見たとき、やっぱりって思ったわ。流石私の子」
「……母さん、これ、何?」
「開けてみなさいよ。私も高校時代来たわ、そんな手紙」
そう言われて、怪しく思いながらも封を切る。
『佐藤 澪 様
あなたの配役が決まりましたので以下の番号にお電話下さい
管理委員会本部 0120-277-8396』
……は?
「母さん、これ凄く怪しいよ。大丈夫なの?」
「昔と変わってないわね。まぁもともと『神』って怪しいしね。大丈夫よ、電話してみなさい。ダメだったら私が何とかするわ」
うん、それは心強い。母さん強いからね。あんまりやってほしくないけど。
「んー、じゃあ電話してくる……」
俺は、まだ不安を残したまま自分の部屋へ引き上げた。
ケータイから、書いてある番号へ電話をかける
「もしもし」
『はい、こちら運営委員会本部です』
電話に出たのは、事務っぽい女の人。
「あの、お手紙を頂いた佐藤澪ですが」
『あぁ、少々お待ちくださいね。責任者に替わりますので』
女の人はすぐに事情を察したようで、その台詞のあと、暫くは雑音と無音が続いた。
『やぁ』
突然、電話の向こうから若い男の声が聞こえて、俺は慌てて「あ、わっ、はい!!」と間抜けな返事をした。
拍子抜けだ。こんな若い人が出るなんて。
『こんにちは、佐藤澪くん。俺は奏っつって、『神』の一人だよ。あ、言っとくけど、神っていうのは本部のトップ3の総称であって、本部の別名ではないからね』
「はぁ……。で、俺になんで電話させたんですか?」
『お、珍しいね君。大概、神って聞くと怯むのに。俺、君のこと気に入った』
いや、その飄々とした口調で喋られると、威力半減ですって。
『で、君の役職なんだけど。ああ、その前に、君が知っている絵札は何かな?』
ゲメルデ——絵札。クイーン、ジャック、キング、ジョーカーのことだ。あ、エースは正確にはゲメルデじゃない。キングみたいに絵が描いてあるエース、見たことないでしょ?
——と、それを奏に話すと、奏は「そのとおり」と明るい声で言う。
『で、お母さんから、<2枚目のジョーカー>って聞いていないのかな?』
は?なにそれ、っていうかなぜに母さん……?
『君のお母さんは、アスターの出身者だよね?そして現役時代の役職はジョーカーだ。しかも、普通じゃない方のね』
「普通じゃない方って?2枚目のジョーカーなんて、聞いたことないですよ」
『はぁ、聞いてないんだね。じゃあ説明しよう。トランプを持っている?大概のトランプには、ジョーカーが2枚あるよね。なのに、なんでトランプの遊戯にジョーカーが一枚しか無いのか、気になったことが無かった?』
そういえば。思い返すと、去年先輩が噂してた気がする。
「……もしかして、闇のジョーカー」
『that's right。なんだ、知ってるじゃないの』
「いや、名前だけは」
『あぁ、噂ね。信じない方がいいよ、アレ。それで、君にはその2枚目のジョーカー——<闇のジョーカー>になってもらうよ。トランプの遊戯で一番自由な役職。俺と契約して裏切らず、しかも闇のジョーカーの存在を公にしなければ何をしたっていい。ただし、違法合法関係なく任務は遂行して貰うけどね』
最後の一文は、明らかに言い方が違った。電話の向こう側で黒い笑みを浮かべているのが、容易に想像できる口調だ。
「な……っ!?」
『そんなに驚くことじゃないと思うけど。君、生まれつきの「札付き」じゃない。両親の仕事知らない訳じゃないでしょ?現役の天才ハッカーと、今はスパイとして活動する天才詐欺師の子。両親のこと、嫌い?』
「……いいえ。尊敬してます、凄く。ただ悪いだけじゃないって、ちゃんと分かってますから」
『ふふふ、そっか。俺も同じ影の世界の人間として、二人のこと尊敬してるよ。……じゃあ、交渉成立だね』
電話口の声が、とても楽しそうだ。
『では、明日迎えにいくよ。学校の隣の図書館に来て』
それを最後に、一方的に電話が切られた。
たぶん、嫌とは言わせないつもりだ。
……格好悪いなぁ。こんな奴の話術に、簡単に引っかかってしまうなんて。
俺は、詐欺師とハッカーの子供なのにね。
……ま、面白そうだからいいけどさ。