刹那とalbino、そして奏
窓辺に、天使の如き純白の少年が降り立った。
「……誰?」
正直な感想だった。ていうか、どこから降りて来た?ここ一応二階なんだけど。
「刹那!!」
戸惑う俺と対照に、奏はぱっと顔を輝かせた。
……ちょっと待て。整理しよう。
まず刹那ってのは奏のいとこだ。俺が仕事を頼んだ人。
で、俺達は夕食をとって、一応風呂入って、部屋で他愛もない会話をしていたら、舞い降りたと。なるほど最後だけぶっ飛んでいる。
「……お前が澪か」
感情の読めない紅い瞳を向けられて、俺はたじろいだ。
だけどその瞳は、片目は髪で隠れているけれど、奏よりも美しい、深い深い澄んだ紅。……奏よりも綺麗なアルビノがいるなんて。
刹那は俺に向かって、手紙の束を差し出した。
「今日の回収したやつ」
「あ……どうも」
それを受け取ると、彼は「じゃ」と言ってまた、ベランダから飛び降りる。
「あっ、ちょ……!?」
覗きこむと、そこに刹那はもういなかった。
「……あいつは、魔法使いか何かなのか?」
「はは、違うけど、似てるかも」
「……似てる?」
魔法使いに似てるものってなんだよ。
すると奏は、「あまり知られていないんだけど」と前置きして話しだした。
「一般的に俺達アルビノには、3種類あるんだ。それぞれα-albino、β-albino、αβ-albinoと呼ばれてる。βが少なくて、αβが殆どで、αはあんまりいないかな」
奏はカバンから紙を取り出して、3つを順番に書き込んでいく。
「βが普通と言われるアルビノかな。で、αβとαには……色素が無いとか過酷な運命とかいうハンデと引き換えに、人知を超えた力が与えられていると言われてる」
そう言って、α-albinoとαβ-albinoを丸で囲った。
「でも、そんな大した力じゃないんだよ。超能力とか魔法みたいなものじゃなくて、周りからするとちょっと運がよすぎる様に見えるくらい。……で、その中でも、その力を覚醒させられた人とさせられない人がいてね。それがαとαβの違い。αβが覚醒できない人ね」
「……奏は?」
「一応αだけど……俺のは地味だから」
ちょっと自虐的な笑みを浮かべる。
「本当、大した物じゃないんだ。あっても無くても変わらない。だけど、大した物の人が稀にいる。そういう人を、αγ-albinoって言う。この人達は、史上3人しかいないって言われてるよ」
奏は紙に、αγ-albinoと書き込んだ。
「この人達は——恐らく人知を越えすぎてる。中には不老不死になって今も生きてるって言われてる人もいる。前例が少ないからなんとも言えないけど、元々はα並だった能力が変化して、魔術師とか仙術師とか超能力者とか言われる程の力になるらしい」
「へぇ……マジの魔法使いか」
「それに等しい力を持ってるらしいね。刹那もαγの一人だよ。でも彼は本当のαγじゃない。まだその力を使えないんだって」
よくわかんないけど、つまり目の前のこの人物も能力者って訳なのか。
やけにすんなり理解できる俺の頭がちょっと不思議だ。ああでも、昔っからそういうの好きだったからかも。魔法とか超能力とか大好きだった。
今でも、心のどこかで信じていたのかもしれない。
本当のこと言うと、父さんや母さんみたいになろうって思ったのも、その技術を小さい頃から見てて、何やってんのか詳細はわかんなかったけど「すごい、魔法みたいだ」って思ったからだ。特殊なスキルで少しでも不思議な力に近づきたかった。
でも、世の中には本当に特殊能力があるらしい。
どんな力か知らないけど、ちょっと羨ましかったり。
「それより、それ」
奏が俺の手を指差して、はっと現実に戻ってくる。
そうだ、手紙。内容はわかってるけど、確認しておかないと。
一通ずつ開けていく。内容は案の定、全て「同盟」に関することだった。
メールが使えないから、手紙にしたんだろう。3日あれば届くはずだ。というか、そのための3日だ。ひと昔前はメールなんて一般的じゃなかったからね。
だけど、そんなことこの俺が気付かない訳がない。世界最高峰のハッカーとその共犯者の合い子なめんな。
ルール上、同盟の宣言は書面として残るものじゃなきゃいけない。メール、手紙が封鎖されたらもう、普通に使える手段は思いつかないだろう。電報じゃ高いし。FAXは少なくともスペード王宮にないから使えないし。
直接届けるって手もない訳じゃないけど、相手校への侵入はそのまま「侵攻」となる。他校へ干渉した時点でそれは攻撃となるっていうルールだからね。
それは避けたいだろう。たぶん。向こうにとって良いことがない。無駄に怪我人を増やしても意味がない。
念の為、明日も刹那とその仲間にポスト見張ってもらうけど、これで完封。
同盟は成立しない。
「さすが澪」
奏は白髪を揺らして、可憐に笑った。
うーん、可憐だ。なんで女の子じゃないんだろう。
「俺が選んだだけある」
奏が寄ってきて、床に座る俺の頬に手を添える。
いつになく優しい瞳で見つめられ、俺はポカンとしてしまった。
「……俺の物に、なればいいのに……」
……え?
「こんな風に、ずっと側にいてくれたら……」
ふっと、奏は視線を落とし悲しげな表情をする。
「さびしい」と、唇が動いた。
……ああやっぱり、寂しいんだ。
そりゃそうだよね。実質一人暮らしの上、今まで学校にも来なくて知り合いなんていなかったらしいし。
「……独りが辛かったら、いつでも来ていいよ?」
きゅ、と首に腕を回してくる奏の背中に手を置き、俺はそう呟く。
なんだか奏が、とても小さく見えた。
「……でも……」
「平気。俺は全然、迷惑だなんて思わないから」
少しの沈黙。その後、ふわりと奏が寄りかかってきた。
俺もバランスを崩して後ろへ倒れ、背中がベッドへぶつかる。
「あ……りが……」
小さな声がして、数十秒後寝息が聞こえた。
奏のことを知る度に、こいつは弱いんだなと思う。
なんで神なんてやってるのか知らないけど、彼にとってこの職業は、身に余るものなんだろう。素で性悪発言することもあるけど、基本、いつも「神」として気を張ってるようだ。そう見えるし、実際そうなんだと思う。
だから俺に、こんな感情が湧いてくるんだろう。
庇護欲、ていうか。
俺が頑張れば、奏の負担も減るだろうから。
「——俺の、ご主人様」
忠誠を誓ってあげるよ。
そう、小さく呟いた。