犯人は俺、じゃ、ないです
朝、自宅最寄り駅。
「おっはよー澪ー!!」
鮮やかに笑う銀髪の少女。
よし全力ダッシュ。逃げろ。あれは女装趣味の不審者だ。
「俺から逃げられると思うなよ」
スルーしようとした瞬間、男声で腕を掴まれた。
くっそ……!!か弱い女の子臭漂わしといてなんなんだよ畜生。
内心舌打ちして大人しく奏に捕まったところで、さらに自分に向けられた視線に気づいた。
「澪ぉ、女の子スルーはないでー。友達なんやから軽くあしらうなやー」
彩芽!?
「それはお前もな」
「え?あたしはいいんよ。ちゅうかあたしと朔夜の仲やんか」
朔夜!?なんでいんの!?
「お前なぁ、オレだって方面同じだぜ?」
「……忘れてた」
「なにその扱い!!ひどくね!?」
朔夜はこれがデフォルトの扱いだと思うんだけどな。
中学時代から、彩芽に蹴られたり、殴られたり、パシられたり色々してたような。まぁ仲良かったんだけど。
「二人一緒なんて珍しいな」
「たまたま会ったんよ。ほら、家近いやんか、あたしら」
「あー、たまたまねー、たまたま……。疾走する自転車の前に立ちはだかって『乗せて!!』って叫ぶのをたまたまっていうのかー……」
絶対にたまたまではないな。
どうやら本当のようで、「ちょ、何言ってるん、いいやん乗せてもろたって」と彩芽が焦っている。
「いいけど……重かったし……」
「あたしがデブや言うとるん!?」
「あぁ、そうとも言――わないです言わないです痛ッ!?」
朔夜のわき腹にパンチが入った。
「仲いいんだね、二人は」
二人のやりとりを見ていた奏が、楽しそうに呟く。
「あぁ、そりゃもう……すごく仲いいよ」
二人に視線を向けたまま、俺はそう返した。ていうか、朝のホームですっごく目立ってるよお二人さん。
すると、どうやら聞こえていたのか、当事者達から反論があった。
「はぁ!?何言うとんの澪!!」
「明らか俺が暴力振るわれてるだけ――痛い痛い!!」
「……仲いいじゃん」
くすくす、と周りの一般人の方々からも笑いが起こる。
ですよねー、こんな仲いいのにつき合ってない方が不思議ですよねー。
二人がヒートアップしそうになったところで、電車到着の合図のベルがホームに響いた。
今日も、またトランプの遊戯が始まる。
ダイヤとハートが手を組んだという噂を聞いて、さっきから王宮で待ってるけど、ハートからしか連絡がない。
……あの人は、うまくやってくれたみたいだ。
と、突然、俺のケータイが鳴った。
相手は、彩芽。
『澪っ、あんたよくも……』
「え?」
『あたしたちのパソコンになんかしたの、あんたじゃないん!?』
……なるほど、気付いたんだ。
しかしこれは冤罪だ。直接手を下したのは俺じゃない。
「俺じゃないよ。昨日はつかえたんだろ?今朝は一緒に来たんだから、俺がそっちに直接何かできる訳ない。何かあったの?」
『う……そやけど……。接続できないんよ、メールも、ネットも!!なんでなん!?』
「……原因は何個か思い浮かぶけど、君は敵だからね」
電話の向こうの彩芽は「ちっ、そか」と悔しそうに言った。
その後軽い挨拶を交わし電話を切って、王宮を出る。背後から里谷さんの「どこへ?」という遠慮がちな声が聞こえたので「ちょっと、友達の所に、ね」と返した。
嘘は言っていない。恐らくこれから「友達」と交わす会話は友人同士のそれではないと思うけど、友達は友達だ。
電話で王宮前に呼び出すと、数分後にそいつは現れた。
真っ白の長い髪を、歩く度揺らしながら。
夕焼けを流し込んだような朱い瞳を、真っ直ぐに此方に向けて。
俺の前まで来て、そいつはケータイの画面を突き付ける。
任務完了、の4文字。
そいつは、色白の顔に満面の笑みを浮かべた。
同日、たちばな桔梗高校周辺。
制服の少年が、手紙を片手にポストへ向かっていた。
細道をぬけ、ここを曲がればポストが、というところで。
少年は、何者かに羽交い締めにされた。
そのまま細道へ連れ戻され、壁に押し付けられる。
灰色のフードを目深に被ったその人物は、ぐっと喉を掴んだ。
「ひっ……な、何するんですか……っ」
絞り出すように少年は言う。しかし、体は震えが止まらなくて動かない。
「……桔梗高校のナンバーズだね」
そう言われ、少年はぎくしゃくした動きで頷く。
「その手紙、渡して貰えるかな」
フードの奥に見えた瞳は、紅と紫。
(こいつ……『銀髪の銃士』ッ……!!)
ここらへんの学生なら誰でも知っている、その名を思い出した。
銀髪の銃士。雪原のような銀髪に血のような紅い瞳で、拳銃を自由に操る、この街最強の高校生。
思い出したはいいものの、それだけだった。
彼の瞳を目の前にして、抵抗する気などとうに失せていた。
何故だろうか。まだ拳銃も出していないし、相手は服越しでもわかるほど細い腕をしている。見た目からして、自分より年下のようだ。抵抗しようと思えば、出来る筈だった。
しかし、そんな気は微塵にも起こらない。
訳もわからぬ内に、少年は何か本能的なものにつき動かされて、手紙を彼に渡していた。
「ありがと」
不敵にわらって、彼はその場を去る。
恐怖や緊張感やよくわからない何かから解放された少年は、力なくその場にへたりこんだ。
銀髪の銃士。
彼には、本気の彼と対峙した者しか知らない別の呼び名があった。
その、異様な何かを放つ紫色の瞳から。
『紫眼の刹那』と。
そうして全8通の手紙が回収されたことをダイヤ王宮が知るのは、もう少し後だった。
「それにしてもなかなかの仕事っぷりだったね」
冬も間近に迫り、日が短くなってきた。俺達が帰る時間、空はもう夜空といって差し支えない。
前に話していた通り、今日は奏が俺の家に泊まる。
「……どうも」
称賛の言葉にそう返し、空を見上げた。俺んちの周りは住宅地 で、結構暗い。いや街灯はあるんだけど。そうすると、それなりに星が綺麗に見える。
「ねぇ澪。俺……澪の友達だよね?」
「……?だと思うけど」
いきなりどうしたんだろう。真顔だから、思わず真意を探ってしまう。
「そっか。……今朝ね、澪の友達に『あんたらどんな関係なん?』って聞かれたんだ。友達だよって答えたんだけど……。そっか、友達かぁ……ふふっ」
なんだか嬉しそうだ。そんな変なこと言ったかな?
「友達なんて、初めてかもしれない。みんな、俺のこと気味悪がるから……」
ちょっと寂しそうな表情を滲ませる。
そうか、俺みたいな二次オタはアルビノ好きが多いけど、普通の人から見たら白すぎて気持ち悪いかも知れないし、そもそも「アルビノ」を知らない人も多いし、知っていてもあまりにも行動に制限がつくからとかそんな「なんとなく」な感じで、関わりたがらない人の方が多いかもしれない。
俺も相当特殊な人生送ってきたけど、奏もめちゃくちゃ特殊な人生を送ってきたんだろうな。
それも、そうか、友達がいない人生か。特殊というか滅茶苦茶な人生だ。あれ?家族も色々あって中々会えないとか言ってなかったっけ?
そこまで考えて、隣を歩く奏が物凄く可哀想に思えてきた。
本人的には、そんなこと言われたくないだろうけど……。
「……また泊まりにおいでよ」
そう言うのが、彼を一人にしないのが、俺の精一杯な気がして。
「いいの?」
その笑顔が、まるで女の子そのものの笑顔が、白い街灯に照らされて儚く見えた。