女だからって舐めないでよね!by珠里
トランプの遊戯が始まるまで、あと3日。
王宮では、毎日作戦会議が行われた。
「で、バンクの俺が言えるもんじゃないんですけど、始まってからしばらくは様子見た方がいいです」
「ほぉ。どうして?」
「変にハートを刺激して同盟組まれたら、俺達も苦戦を強いられます」
「そっかぁ、それもそうね。佐藤君て、本当は頭いいんじゃない?」
「えー?本当に成績ヤバいよこいつ。こないだだってふがっ!?」
「三笠ぁ?個人情報バラまかれたいの?」
「面白ぇなぁお前は!!いちいち復讐が犯罪じみててよ!!」
はっはっはあ!と友田先輩が豪快に笑う。会議はいつもこんな感じだ。これで俺ら勝てるのか?
首を捻ると、時計が目に入った。ええと今は……っと、あれ!?
ヤバい、奏と待ち合わせした時間になっちゃってる!!
「エース!すいません、予定思い出したんで先帰りますマジすいません!!」
まずいまずいまずい!背後で何かいってるのなんか聞こえない!早く行かないと殺される!!
「やあ澪。言い訳するかい?」
ほら、殺される。
制服のシャツの上から紺のパーカーを着てフードを被っている奏が、こちらに銃を向けている。おもちゃの銃なのだが迫力満点だ。というかBB弾だって目に当たれば大惨事の凶器だからね?
「すいません、作戦会議に夢中でした」
「もーっ……」
俺らは今スタバにいる。こんな所で話し合うなんて不用心なと思ったけど、ここで音量低めで話せば全然問題ない。
「あー、飲み物何にしよっかな。じゃあキャラメルフラペチーノのショートでソースとホイップ増量で」
「何その長ったらしい注文……」
いつもこれだけどな。なんか変か?
適当にカウンターの人が多い辺りを選んで座る。騒音が多く、互いに近い位置にいるのが一番いい。
「澪ー、わかってる?別に澪はスペードの味方じゃないんだからね?」
「わかってるよ。神の手足として大会をコントロールするのが俺なんでしょ」
要するに、この大会は努力じゃ勝てないって事だ。まったく酷いもんだ。友情努力勝利の法則を完璧に無視しやがった。
「で?俺はどうすれば良いわけ?」
「そーだねー、とりあえず、ゲームが始まったらハート以外にババヌキルールを教える。それでハートに対し宣戦布告させる。スペードは最後までとっておこう。ハートを絶対に倒したい学校だし」
「つまりハートはさっさとジョーカーを確保するって算段か。まぁその線が強いしな」
そのとおり、と奏が頷いた。
「なんでハートを集中攻撃するの?」
「いや、それに関しては上からの命令だから……」
「……上?」
「うん、最高神。俺は神3人でも下っ端だから。最高神なんて顔も見たことないし」
へぇ……。上には上がいるってやつか。
「もしハートがジョーカー狙わなかったら、適当に嘘吹き込めばいいな?」
「まずないだろうけど、それでいいよ。澪、君んちのサーバーのセキュリティーどう?」
「今のところ最高にしてあるな。FBIクラスでも侵入は難しいと思う。ここまでやる必要あるか知らないけど」
奏は満足げに頷く。
「やる必要あるよ。君——闇のジョーカーが作られたってことは、普通じゃないんだから」
「へぇ。どう普通じゃないの?」
「……いずれわかるよ」
ち、企業秘密か。ニヤニヤしながら言うのが、舐められてるみたいで癪にさわるな全く。
「……で、さ」
奏が、一段とボリュームを落とす。表情が真剣味を帯びる。言いにくそうに一瞬視線を逸らし、それから俺を見る。
「これから、君は手を汚すことになるかも知れないけど」
覚悟はできてる?と。
「何を今更」
俺は、にっと笑った。
「ただいまぁ……」
誰もいないシンプルな部屋に、自分の声が響く。
両親はいない。元々共働きなのに母親が病気がちで、途中から父子家庭になった。父親はその分を補う為に必死に働いていて出張が多い。ここ半年くらい、顔を合わせていない。
それなのに、学校にも行かずに変なバイトに手を染めてギリギリの行動するなんて、全く親不孝者だ。
アルビノの自分を、両親は必死で育ててくれた。紫外線に弱いという最大の弱点を持っていても世界でいきられるように、最大限の教育をしてくれた。感謝してる。とてもとても。
だけど俺は、この手に入れた知識をどう使うのが正しいのか、わからない。
俺にどうしろと言うのだろう。
澪なら、どうにかしてくれそうな気がした。
なのに。
ベッドに寝転がって、ケータイから一件のアドレスデータを引っ張り出し、電話をかけようとして、やめた。別にいいか。
俺は火をつけてしまった。
だんだんと燃え広がる炎のように。
俺は澪のスイッチを入れてしまったようだ。
「あぁああーっ」
奏と別れた後、夜の自分の部屋で、机にシャーペンがぶち当たり、芯が折れる。
ハートを攻撃する理由が見当たらない。なんでだ?俺ね知らない真実的なものがあるってことか?
むしゃくしゃしてノートをぶち当てたケータイが、ブーッと音を立てる。
『庭に出て』
短い一文。発信源は珠里。これは、まさか。
急いで庭に出ると、ジャージ姿で塀の上に立つ珠里がいた。
「……何やってんだ……」
あぁ……俺の美少女像が崩れて……
「あっ、あのね、登ったのはいいけど降りれなくなっちゃった。下ろして?」
……なかった。そこまでは。
「馬鹿かよ」
ひょいと抱えて下ろそうとして、二人してよろけてコケる。
「「ふぇえっ!?」」
俺が背中から倒れて、上から珠里に潰された。あれ?こいつこんなに軽いんだ……。でも圧迫感半端ねぇ。
「う……いたた」
「珠里、どいて」
「え?あっ、ごめんっ!?」
「……パニクりすぎ」
赤くなる必要ないでしょ。幼なじみなんだし。
「あー、ごめん血でちゃったね。入って、消毒ぐらいするから。ったく、なんで今更塀越えて入ってこようとするかな……」
珠里の家は俺んちの真裏で、庭が隣接してる。珠里んちの方が一段低いんだけど、塀一枚で区切られてる。昔はよく塀飛び越えて行き来したもんだ。
「えー、排水管まだ上れるかなぁ」
「夜上るなよ。真っ正面から入るって」
「おばさんに申し訳ないじゃない」
「だったら塀から入るな」
不法進入だぞ。俺が言うのもなんだけど。
とりあえず家に入って消毒薬と絆創膏を渡す。母さんは「いらっしゃい」と微笑んで風呂に向かった。
「……おばさんて、動じないよね」
「そういう人なんだよあの人は」
そうじゃなきゃハッカーなんてやってけないね。
リビングじゃ落ち着かないので俺の部屋に移動する。
「で、何か用があって来たんじゃないの?」
「あ、うん、図々しいの承知なんだけど、その……今晩泊めてくれないかな」
……は?
「あっ、いやその、ね?今日お父さん達出かけてて家誰もいないの。明日の夜帰ってくるらしいんだけど、ひとりじゃ寂しいし、せめて夜くらい澪んちにこっそり、とか、思って」
「来る時間帯が思いっきり間違ってるな。俺に襲われたらどうする気?」
「えー、別に裸くらい、澪相手なら今更だし」
「少しは抵抗してよ!!」
俺の美少女像どこいったし……。
「まぁ、それに関しては母さんにも聞いてみなきゃダメだし……」
「あ、うん、突然ごめんね」
「大丈夫だよ」
色んな意味で珠里なら。
「……でも澪学校のことで忙しいかな?」
「だから大丈夫だって」
まだ始まってないし、こういう日だってアリだ。
「なに遠慮してんの、それこそ今更」
「……そっか」
珠里が笑う。うん、この笑顔が俺好み。この笑顔がご褒美なら、多少のことはやらかすってくらい。
ま、多少だけどね。
「あ、じゃあ俺母さんに聞いてくるから。夕飯は食べたの?」
「うん。ありがとう!」
そう、と答えて部屋をでて、ため息をつく。
心臓に悪いよ色んな意味でーーーー!!!!
——あの頃の私は、まだ知らなかった
この行事を、単なる遊びだと思ってた
まさかまさか
大切な人が死ぬなんて——