無限石鹸
私は綺麗好きだ。
いや、少し良い言い方をしたので訂正しよう。私は潔癖症である。
ドアノブに触る時は必ずハンカチをするし、外ではマスクは外さない。
匂いが気になるので人と話す時も一定の距離を保ち、必ず車で出勤をする。
他人が聞けば異常だと思うかも知れないが、我が家ではこれが当たり前であった。
潔癖症の私は自分の部屋も隅々まで掃除をして、自分の体も入念に洗う。
自宅に帰ったらお風呂に入り、掃除をして、お風呂に入る。
食事よりお風呂という程に徹底しているのだ。
そんな生活繰り返している私の悩みはシャンプーの減りが早いという事である。
私が使っているシャンプーは体も洗えるという優れたものではあるが、デメリットとして使用量が多く、何度も買うことになってしまっている。
今使っているシャンプーの代わりになる品をネットで探していると出会ったのが【無限石鹸】という商品であった。
これ一つで全身洗う事が可能であり、一生使う事が出来るというキャッチフレーズで販売していた。
その値段はなんと10万円、名前の通り無限に使う事が出来るのであれば安くお得であるが、とんでもなく詐欺の匂いがしてならない。
そんな考えとは裏腹に私はこの無限石鹸に魅力を感じて気軽にネットの購入ボタンを押してしまったのだ。
後になってその安直な行動を後悔し、返金手続きを試みたが商品発送済みという無慈悲な画面が出てくるのみであった。
(私は一体、何をしているのだろう)
10万円を使って石鹸を購入など端からみれば明らかにおかしいにも関わらず、勢いで行動してしまった。
詐欺に引っ掛かった人はこんな気持ちであるのかと考えを何周も巡らせ、眠れない夜を過ごした。
そんな記憶も忘れかけていた、ある休日の昼下がり、チャイムの音と共にそれは届いた。
配達用の袋の中に水色の小さな箱が入っており、無限石鹸という名前が印字されている。
この無限石鹸は一般的なサイズよりも遥かに小さく消しゴムぐらいの大きさである。
無限なのだから大きさに拘る必要はないがその見た目から受ける印象は最悪であった。
私は馬鹿な自分を思い出しながらも早速使う事にする。
服を脱ぎ、洗濯機へ入れて、ユニットバスにある湯船の中で手に取り使ってみた。
すると使っている途中で石鹸は消えてしまい、全身泡まみれにはなったが一回のみで10万が溶けて消えた。
香りや肌触りなどの使い心地は良かった為に酷く残念な気持ちになりつつシャワーを使って体を流す。
すると不思議な事に泡が消える様子が無い、むしろ増えていっているのである。
慌てた私は一旦シャワーを止めて原因を探った。そしてその原因はシンプルであり、想像を絶する事でもあった。
私の体から泡が出ているのだ。
分かりやすく伝えると私が石鹸になっているという事である。
実際はつねれば痛いし、肌の感覚も正常である。ただ擦れば泡が出てくる、まるでマジックのように肌から無限に泡が出てくるのだ。
信じられない気持ちであったが目の前の事実がそれを否定する。
シャワーを使い泡を流そうとすれば余計に増えてしまうので、タオルで拭き取った。
それにもコツが必要であり、擦ってはならずとんとんと優しく上から叩くようにして体を拭きとった。
【無限石鹸】この商品との出会いが私の人生は一変した。
私は常に石鹸の匂いを纏い、シャワーを浴びるだけで泡が発生し汚れが落ちていく。
実際は常に清潔であり汚れなど付きようが無いが、気持ちの部分で毎日シャワーを浴び自分をリセットしている。
ただ最近になって新たな問題に直面した。
それは暑さである。
徐々に暑くなってきたこの時期、私は白い汗をかく、ハンカチで拭うと泡立ってしまうので大変だ。
なるべく外には出ず部屋の中で仕事をしようとは対策はするが現実はそんなに甘くない。
省エネ対策とやらでエアコンの温度が決まっており部屋の中でも蒸し風呂のようであった。
遂には私の着ている服も限界を迎え、洗剤に浸かっているようなドロドロとした状態である。
白い玉のような汗を額に滲ませ、溶けてしまいそうな私は限界を上司に伝え早退をお願いした。
普段から真面目な私が神妙な面持ちで話す姿に異常を察した上司は早退を許可してくれ、私は早々に家へと辿り着けた。
(早くこの状態をどうにかしたい)
服を脱ぎ、洗濯機へ入れ、私はお風呂へ入る。
ゆっくり休みたいという思いから今日は湯船にお湯を張り、自分を新しくしたのだった。
ーーー
昨日の今日で出社してこない彼を心配した上司は緊急連絡先へと一報を入れたが繋がらない。
心配になり彼の部屋へと向かう。
チャイムを押しても反応がなく警察を頼った。
中で倒れている可能性も考慮され、大家さん立ち会いの元、警察が彼の部屋入る。
その部屋は隅々まで綺麗に掃除されており荒らされた様子は無い。
玄関にある靴、出勤時に使っていたであろう鞄も綺麗に整った状態で置かれていた。
この部屋の主は神隠しにあったかのように突然と姿を消してしまったのだ。
だがそんな部屋の中で一点気になる場所がある。
それは湯船の中、ここだけ付いた泡の乾いた後が残っている。
部屋を見る限り綺麗好きな主がここだけ掃除を半端にしたとは思えない、寧ろここの掃除をしている途中で何かあったと考えるのが自然である。
頭を悩ませる警察が見た湯船の底。
乾いた泡の形はまるで人を模しているようであった。
(了)




