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1話

「は~やる気でな~い」


 宿屋のベッドの上で天井を見つめながら、深いため息をついた。

 木の板が並ぶ天井には、長い年月を感じさせる汚れが染みついている。最初は気にもならなかったのに、何日も見ているとあの汚れが顔のように見えてきた。こんなくだらない事を考えるくらいにやる気が出ない。

 ここに来てから何日経ったんだろう。気分が上がらなかった。体を起こそうにも鉛のように重く、どうしても動く気になれない。


「いい加減、起きたらどうですか?」


 首にひっかけているペンダントから、呆れたような声が聞こえてくる。

 こいつは俺の相棒であり、運命共同体でもあるスライム、スーさんだ。普段は青くプルプルと動くモンスターなのだが、スライムが街の中にいると騒ぎになってしまうため、どこにでもありそうなペンダントに擬態してもらっている。


「そうは言ってもさ、やる気が出ないんだからしょうがなくない?」


 俺は寝返りを打ちながら答えた。


「セフラ。あなた自分の状況を理解していますか?」


 俺はスーさんの問いに答えない。なぜなら理解したくないからだ。


「さ~なんのこと~」


 スーさんはペンダントからスライムの形に戻ってピョンピョンと動き出し、何もない壁に映像を映し始めた。壁には数字が映し出されている。

【寿命:10か月5日23分14秒】【寿命:10か月5日23分13秒】【寿命:10か月5日23分12秒】【寿命:10か月5日23分11秒】。

 数字が一秒ずつ減っていってる。


「やめてくれ~。俺の短い寿命を見せないでくれ~」


 重い現実が心に刺さり、思わず枕に顔を押し付ける。

 これは俺の寿命だ。見ての通りあと10ヶ月ぐらいしか残っていない。

 どうして寿命がわかるのか。しかもどうしてこんなにも短いのか。それは俺が人造人間であることが理由なのだ。


 この世界にはマナという摩訶不思議なエネルギーが満ちている。大気中、土の中、水の中にも存在する当たり前にあるエネルギーであり、様々なエネルギーに変換できる便利な存在だ。

 生き物にも宿っており、生命エネルギーの一種として機能している。マナが少なくなれば疲れが出るし、完全になくなれば死ぬ。普通なら生きているだけでマナは消費され、自然と生成される。しかし、俺の場合は違う。マナを作り出す機能を所持していないため、マナは消費されるが、生産されることはない。つまり、体内に蓄えられた限りあるマナを使用しているだけ。マナを使い切れば、俺は人生からさようならだ。

 本当なら、マナを生産できる機能を持ち合わせる予定だったのだが……。


『実はのうセフラ。お前につけるはずだったパーツが盗まれてしまった。パーツが入ったカバンを持って、街で評判のパフェ屋に行ってな。あまりの美味しさに夢中になったんじゃ。そしてな、パフェを食べ終わったら、跡形もなく消えておった。はははははは。マジですまん!』


 俺を作ったクリード博士の遺した言葉だ。しかも生前映像の。3か月前にクリード博士が亡くなり、スーさんから保存していた記録映像を見せられた時、本当に驚いた。クリード博士のことはダメ人間だと思っていたが、ここまでとは想定していなかったからだ。

 俺は急いで例のパフェ屋に行き盗まれたパーツを探してみたが、見つかるわけもなかった。


 絶望的な状況だが、俺の寿命をどうにかする方法が全くないわけではない。この世界にはダンジョンと呼ばれるモンスターの巣窟が存在し、そこに潜むモンスターを倒すと「ステラ」という特殊な石を落とす。このステラには純度の高いマナが凝縮されており、摂取すれば俺のマナを補充できる。つまり、ステラを食べれば食べるほど、俺の寿命は延びるのだ。


「わかっているなら早くダンジョンに行き、ステラを取ってきてください。セフラに死なれると私も活動停止してしまいます。長生きしたくないんですか?」


 スーさんは俺の体を構成するパーツの一部として設計されている。俺が死ねばスーさんも死んでしまうということだ。そのため、いつもスーさんは口うるさくダンジョンに行けと言うのだが、気が乗らない。


「だってさ、ハンターランクの低い俺だと、入れるのはランクの低いダンジョンだけ。弱いモンスターを狩っても、気分が上がるわけないよ。死ぬのは嫌だけど、つまらないのはもっと嫌。楽しいことがあるなら話は別なんだけどね」


 俺のハンターランクは一番下のGランク。Gランクという1番簡単なダンジョンしか入れない。

 これが最大の悩みだった。俺の体はものすごく強い。腕力、脚力、反射神経、全てのスペックが人間の限界を遥かに超えている。クリード博士曰く、俺は世界最強の人間を目指して作り上げた〈最高傑作〉らしい。そのため死ぬかもしれない危険なダンジョンが、俺にとって安全でつまらない場所になっている。


「でしたら早くダンジョンを踏破するか、クエストをクリアするなどして、ランクを上げればいいでしょう。そうすれば強力なモンスターが棲む上級ダンジョンにも挑戦できますよ」


「上級ダンジョンが俺を楽しませる保証はないだろ? それにGランクダンジョンならもうクリアしたじゃん」


 Gランクダンジョンはハンター登録をしてすぐに行ってはいる。

 感想はあまりにもつまらなかった。あの衝撃以来、俺の気分はずっと泥沼の中だ。


「1回だけです。あなた……それ以来、1か月もベッドで過ごしていますよね。完全にニートじゃないですか。あなただけ死ぬなら構いませんが、そうではないから困ります。それに、クリード博士が残してくれた資金もほとんど底をついていますよね。国一番のクラブで何度も豪遊したせいで。もうじき宿代も払えなくなります。道端で野垂れ死にする気ですか? そんなことをしたらクリード博士の名に泥を塗ることになりますよ」


「うぐ!」


 スーさんの言葉が胸に刺さった。

 手元に残っている金貨はなく、銀貨は片手で数えられるほどしかない。あと1週間もすればホームレス確定だろう。なによりもその名前を出されると困る。俺の親みたいなものだし、感謝はしているのだ。さすがの俺も少しだけ危機感を感じてきた。


「わかったよ。行けばいいんだろ。行きます行きます行きますよ~。スーさんが口うるさいので~」


 俺は重い腰を上げて、ようやくベッドから起き上がった。すると横から鋭い刃物が俺の首にめがけて伸びてきた。このまま頸動脈に当たってしまう——そんなわけもなく、体を後ろにそらして回避した。

 伸びた刃はスーさんから伸びてきていた。


「やはり一度死んだほうがいいかもしれませんね」


「そんなこと言わないでよ、相棒。俺とお前は一蓮托生、死ぬまでの付き合いなんだ。仲良くしようぜ」


 俺はスーさんを手に取り、ペンダントとして首にひっかける。久しぶりの外出だが、まあ何とかなるだろう。

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