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妖雑貨店  作者: 妖雑貨店
3/4

2人目:月の姫の恋心

幾千の生物が集い、交わり、そして別れる場所「裏庭」。いつも人で賑わい、そこかしこで行われたパレードに夜も忘れて踊り明かす、そんな裏庭が今日は一段と大きな賑わいを見せていた。

数百年ぶりの月の姫君の婚約者選びの儀式のため、月の宮から使節団がやってきたのだ。豪奢な天の川染めの反物に、銀河系でしか取れない特別な宝石、月のクレーターで取れた氷を溶かした水で育てなければ花を咲かせない幻の月氷花まで、沢山の交易品を携えて使節団の行列は1番街を進む。目指すは「星間ホテル支配人 GM(ジェミニ)」の営むホテルの中でもVIPだけが泊まることが出来る天空の楽園。何でもこの使節団の為に特別仕様にカスタムされたと噂で、月の姫君が泊まる部屋それはもうこの世の桃源郷もかくやといった様子なのだとか。

数百年に一度のお祭り騒ぎに裏庭全体が浮き足立ち、その余波が妖雑貨店にもやってきていた。使節団がやってきてから次々と依頼が舞い込み始め、普段は大合唱の軒先の閑古鳥も羽音ひとつ立てられないくらいの有様で、仕事がないと文句を言っていのた。逆に店主だって、昼も夜も関係ないお客さんの来訪に一時でさえ休めないのだから我慢して欲しい。


「対価を頂けるのは大歓迎なのだけれどね。こうも僕を便利屋のようにこき使われては、溜まったものではない」

「てんちょー、さっき言ってた人魂ランタン作ったら、人魂無くなっちゃった。この前きた死神さんが街灯用にたくさん買ってちゃったからかも」


ウパがひょっこりと暖簾から顔をのぞかせて番台で書類を整理していた店主に声をかける。


「どうしたものかねぇ。ああ、確かデュラハンの旦那が2番街に来ると言っていたから出来るだけ別嬪さんを連れてきてもらうよう頼もう」

「分かった!じゃあ、ウパちょっと別のやつ作っておこうかな」

「よろしくね。あ、もしできるなら先に星空イカのインクを用意しておいてくれると助かるんだけど」

「大丈夫!それならいっぱい材料あるから!」


パタパタと奥の作業場に消えていくウパを見送り店主は番台に幾つも積み上げられた注文書の束を確認する作業に戻る

積み上げられた注文書の殆どは月の使節団に関する品物で、その中でも半数は姫君が言いつけたのであろう無理難題が占めていた。

曰く、冬の季節に取れた朝露だけで作った化粧水が欲しい。

曰く、雲の糸を使用したドレスを毎日日替わりで着たい。

曰く、海の底の王国で作られた泡ぶどうを毎朝食べたい。

どれもが普通は直ぐに用意するのが難しく困り果てた従者が他の住人からの紹介で店主に依頼をしてきたのだ。いつ臨時休業にしてやろうかと考えながら店主が深く溜息を着いていると、戸に付けられたベルが爽やかな音を立てて厄介事の訪れを告げる。

迷いの無い足取りで入って来たのはここ最近よく来る月の宮の制服を身にまとった若い青年だった。


「おや、またなにか御用かな。今度はいったい全体どんな無理難題のご要望かな」


店主はいつものうさんくさ笑顔は何処へやら、心底面倒臭いと言った顔で言って目の前の椅子に座るように促した。


「あ、いえ、その今日はご依頼と言いますか、その……あーもう、姫様隠れてないで出てきてご自分でお話下さいよ」

「うふふ、ごめんなさい。 浩然(ハオラン)が困っているのが面白くて」


困ったように頭をかいた従者が言うと、従者の後ろから美しい雲糸で編まれた白の衣が良く似合う小柄な兎耳の生えた少女が顔を出して店主に会釈する。


(わたくし)、月の宮の第一継承者で 琳琅(リンラン)と申しますの。貴方がわたくしの願いを叶えて下さっていたおきつね様かしら」

「おやおや、まさか依頼主様が直々にご来店頂けるとは思っても見ませんでした。ええ、お客さんのおかげで僕は毎日テンテコマイでしたよ」

「あら、それは迷惑を掛けましたね。でも貴方の用意してくださった品物どれも素敵でしたわ」

「そう言っていただけるなんて昼夜問わず走り回ったかいがあったってモノです。ぜひ今後ともご贔屓に」


店主と軽口を叩いた姫君は従者の前に進み出て自分が今日の取引相手だと言うように、店主の指し示した椅子に座った。

店主は少し厄介事に首を突っ込んだかもしれないと思いつつ、王族の覚えめでたいのはいい事なので、ウパに何か茶菓子を持ってくるよう言いつける。しばらくして、鼻の頭を黒く染めたままのウパが今朝採れたての深海ぶどうとサンゴ礁マスカットの潮彩タルトを持ってきた。


「あら、とっても綺麗な青色のタルト。こんな不思議な食べ物は初めて食べますわ」

「これウパが朝食に作ったタルト!お客さん気に入ったなら買ってってよ」

「いいわね、わたくしの婚姻の宴のケーキは貴方に頼もうかしら。可愛い海獣のシェフさん?」

「いいよーあれ、お客さん婚約するの?結婚式ってこと?」


褒められて上機嫌になったウパが尋ねると、兎の姫は頷いて店主に向き直って話し始める。


「私、婚約者は自分で選びたいと思っていますの」


姫が言うには姫には愛する人間の男がおり、彼と婚姻をしたいと父王に申し出たが拒否されたと。今どき儀式で結婚する相手を決めるなんて古臭いし、自分の事を愛してくれて自分が愛する人間と結婚したいし、数々の婚約者候補から逃れる為に別世界の月の姫君の真似をして彼らに無理難題を押付けて拒否してきたが、ただ1人どんな無理難題を押し付けても持ってくる男が居たとか。


「それがそこの浩然なのですけれど。彼に問いつめたら貴方に助けて貰っていたと言うものですから、わたくしも助けて頂こうと思いまして」

「なるほど、なるほど。愛する彼と結婚したいと言うのがご依頼ですか?」

「うふふ、おきつねさん。わたくしは、わたくしを愛してくださる方と結婚したいんですのよ」


店主がはてと首を傾げると、兎の姫はチラリと後ろに控えていた従者を見やってから店主の方へ身を乗り出して小声で何か耳打ちをする。

姫が座り直すと店主は何を聞いたのか満足そうにうなづいていた。


「店長?何聞いたの、ねえ何聞いたの」

「姫様!お、俺の方を向いて何言ったんですか、そのお方に!?」


2人の内緒話にウパと従者が教えて教えてとコールをするが、店主と姫は互いに目を合わせ笑い会うだけだった。


「ご依頼は承知致しました、お渡しすべき商品の検討は付いています」

「よろしく頼見ますわね、おきつねさん。ところで貴方にわたくしは何をお支払いすればよろしいのかしら」


姫の問いかけに少し悩んでから店主は言う。


「そうですね、今回は貴方の願いが叶った後にいただくと致しましょう。こちらの書類へ記入をしながらお待ちください、裏からお客さんにピッタリな商品をお持ち致します」


姫は頷いて店主に差し出された書類に軽く目を通してから書き進めていく。店主は姫が問題なく書き進められている様子を確認して、文句ありげな顔をしているウパの頬をギュムギュムと潰して笑顔にしてから、暖簾をくぐった。暖簾の先は作業部屋になっており、作りかけの商品や、最近仕入れた商品になる前の一見してガラクタにも見える色々なモノ達が机の上や床や棚にも積みきれず転がっていた。店主がその雑多な物の散らばる作業部屋の1番奥、温室に繋がる扉を開くと探さすまでもなくお目当ての商品はすぐに見つかり、最近の花雨のおかげでずっしりと重い甘い香りを漂わせてなっていた果実を1つ手に取って、傷がないか念入りに確認してからフグ模様をした不思議な形の球状の袋に入れる。

トプんとふしぎな音共に果実は袋の中におさまり、果実に問題がないかもう一度確認してから店主はウパ達の所へ戻るため踵を返した。


「店長って本当はめちゃくちゃ厳しいんだよ!?ウパがサボるとすぐ怒るし、悪趣味だし」

「あらあら、そうなの?こんなに可愛い子を叱るなんて酷いわね」

「かわいい……?よく分かんないけどやっぱり店長は酷いよね」


店主が元の部屋へ帰ってくると姫は既に書類を書き終わっていたようで、ウパの作ったケーキと青紫の紅茶を片手に女子会、1匹は性別不明だが、が開かれていた。女子会?の1番の話題は店主がどれほど酷いかというものらしい。


「店長、自分は朝寝坊するくせにウパが遅刻すると怒るし、お散歩いっただけなのに行き先教えろって責めてくるんだよ?それにウパがせっかく可愛く作ったモノも売れないってケチつけるし……この前なんて───ウピャッ!」


文句を言うのに夢中で背後に近づく気配に気が付かないウパの頭に店主の手がゆっくり伸ばされえむぎゅりと掴まれる。


「ウパ?随分と楽しそうな話をしているみたいだけど、今朝頼んだ道具箱の片付けは終わったの?」

「うぱ?なんとことぱ?わかんないパ……うぱー!

痛い痛いたい、引っ張んないで角を!」

「はいはい、僕の文句ばっか言ってないで片付けしといで。君が大事にしていた大宿カリがさっき蓋の開いた水槽から逃げ出そうとしてたよ」

「えっ!?それは困るよ!まだ背中の宿建築途中なのに……すぐに戻してくるね!」


店主の言葉にするりと拘束から抜け出したウパは暖簾を勢いよく跳ね除けながらぺたぺたと作業部屋の方へとかけて行った。店主はそれを見送ったあと2人のやり取りを楽しそうに眺めていた兎の姫へ、商品の説明を始める。


「こちらがご用意した商品です。貴方を愛する者からうけとれば1口食べれば極楽に登り、2口食べれば真理を知る、代わりに食べた者は二度と他のものが食べられなくなると噂の蓬莱の果実、これがお客さんの望むものですよ」

「あら美味しそうなよく熟れた果実だとこと。でも、こんなもので私の願いが叶うのかしら」


小さな掌で果実の入った袋を包むように受け取った姫が店主を見上げて尋ねた。


「ええ、もちろんです。そちらの商品をお客さんの愛おしい彼にプレゼントだと沢山の果物をお渡し下さい。そうしたら次の日、お客さんは求婚しに来た彼にこういうのです『私、蓬莱の果実が欲しいわ』と」


ニンマリと口元に人差し指を当てて店主は答える。


「あら、悪い方ね」

「たまたま、彼は持っているでしょうね、蓬莱の果実を。だからお客さんは皆の目の前で、彼の持ってきた果実を1口齧るだけでいいのです」

「でもそしたら他のものを食べられなくなってしまうのでしょう?」

「ええ、ですからそれがお客さんの支払う対価です。愛を得るのにはちょうど良いでしょう?」

「なるほど、悪趣味な対価ってそう言うことですのね」


なにかに納得した様子で姫は手元の果実を見つめ少しだけ考える。


「ありがとう、狐の店主さん。もし宜しければ明日の朝に月の宮へいらっしゃって、私が対価を支払う所をお見せ致しますわ」

「ええ、もちろん伺わせて頂きますよ。ちゃんと対価のご確認もさせていただきたいですし」

「うふふ、そうね楽しみにしてらして」


席を立った姫はふわりと綺麗なお辞儀をしてそう言って、従者と共に店を去っていく。店主は2人を見送ったあと店にもどり、突然決まった明日の出張に向けて商品をかき集め始めるのだった。




◆◆◆




翌朝、店主とウパは言われた通りに月の宮にやってきた。

月面サンゴで作られた美しい支柱に美しく白く磨きあげられた壁、真珠で作られたカーテンは美しく、星の砂が敷き詰められた庭園は星の輝きを残したまま、月面の竜宮城とでも言うべき美しい月の宮は人であふれかえっていた。普段は空気が薄く月に住む兎達以外は過ごす事ができないこの宮も、今日は姫の連れてきた婚約者候補が別世界の人間なので空気を発生させる不思議な石をそこかしこに設置していて普通の世界と変わらない環境に近づけており、兎達以外の色々な世界の人々が中々訪れられない月の宮を一度でも見ようと訪れていたのだ。


「もしもし、そこの兎さん。姫様の婚姻の儀式が行われる場所はどこかな。是非美しい姫様にお会いしたい」


人が多く忙しいせいか店主が近くを通った侍従に声をかけると凄く嫌そうな顔をされる。


「あいあい、胡散臭い狐様。我らが大切な姫様に会いたいだなんて、如何様で?」

「いやなに、お呼ばれしまして。裏庭で姫様のお助けを致しました雑貨店の店主でございます」

「ああ、姫様がご贔屓にされたという……ご案内致します」


店主の顔を見て納得した侍従は店主とウパを婚姻の儀式で選ばれた婿の発表が行われる会場に案内してくれる。その途中、何人かの小さなうさぎが店主が用意した雲の糸で織られた反物を持って走っていくのを見かけた、きっとあの反物でこの後発表された婚約者と姫の婚姻衣装を作るのだろう。


「ここが儀式の宮でございます、丁度候補者たちが姫様から授けられた試練の品を献上しているところですね」

「既に残りの候補者は2人ですか、少し出遅れてしまったみたいだね」

「まだ婿様は決まっておりませんようですので、十分間に合っているかと思われますよ」


店主と侍従が話をしているとドラムの音ともに1人の男が入ってくる。栗毛の自信ありげな表情が良く似合う人間の男は儀式の作法など知らないとばかりに玉座に座り目を閉じて待つ姫の元へ一直線へ向かった。あれが姫が愛していると言った男だろう、確かに月の宮の姫の婿を務めるには少しばかり礼儀が足り無さそうだと店主は思う。


「ああ、愛しの月の姫。わたしが貴方にこの世で1番愛された男だと証明しましょう」


膝まづいた男は姫の手に口付けを落とし、後ろに控えた付き人らしき人物から果物を受け取りそっと姫の手に握らせた。男のあまりに無作法な振る舞いに一瞬どよめきが走るが、姫が片手をあげて制するとそのどよめきも小さくなり、やがて再び宮の中を静寂だけがみたす。

男から果実を受け取ったあと姫は一言も言葉を発することはなく、それが儀式の慣例らしい、両手に包み込んだ果実をゆっくりと持上げ一欠片くちにする。姫が飲み込んだところで男が勝ち誇ったように立ち上がると突然、ふらりと姫が体勢を崩して玉座に倒れこんでしまった。


「はっえ?何だよ、なんで倒れるんだ大丈夫か?」

「姫様っ!貴様、何を渡したんだ」


昨日、姫と共に店に来た従者が宮の外から飛び込んで来て玉座に慌てて駆け寄る。


「何もクソも、知るわけがない!俺は渡せと言われたもんを渡しただけだ、俺は悪くない!」


姫を抱きかかえ様子を確認しながら従者が男を問い詰めると、男は倒れた姫に動揺したのかそう吐き捨てて逃げるように扉に駆け出した。


「その男を捉えよ、姫に害なす者かもしれぬ!」

「知るか!俺は悪くないん──ぐぇっ!!」


叫びながら走ってきた男をたまたま扉の付近にいた店主が足をかけて転がす。少し遅れて男に追いついた月の宮の近衛が男を押さえつけ、従者の元へ連れて行く。


「貴様何を姫に食わせたかわかっているのか。我らが姫様は月の宮の正当な後継者であらせられるぞ、返答次第では重罪も覚悟しておけ」

「知るかよ、コイツに頼まれたもんがたまたま手に入ったから渡しただけだからな 」

「貴様が用意したなら何か分かっているはずだろう?言ってみろ、貴様が献上した蓬莱の果実とは何なのか知っているよな」


侍従が詰め寄ると男は小馬鹿にしたように唾を吐く。


「知らねえ、その姫さんから貰っただけだからな!クソ、やっぱり騙したんだなこの畜生風情が!月の宮の主になれば贅沢し放題って聞いたから優しくしてやっただけだってのに、誰がそんな高飛車で可愛くもない性悪女を好きになるか」

「神聖な婿選びの儀式を汚しただけでなく、姫様に向かってなんたる愚弄!訳を聞くまでもない切り捨ててやる」


聞いてもいないのに自分から魂胆を話し始める男に従者が憤り、手に持っていた刀で切りかかろうとするのを店主が間に入り込む。


「まあまあ、侍従さん落ち着いて。お客さんなら眠っているだけですぐに目覚めさせられますから」

「貴様は雑貨店の!姫様に果実を売りつけたのは貴様だろ貴様も同罪だ、むしろ貴様の方が重罪だ。なぜ姫様は倒れたのだ!」


刀の切っ先を男から店主に変えて侍従が怒鳴ると、店主は困ったように眉をひそめる。


「いやいや、だから落ち着いてって従者さん。お客さんがお望みだったのはあの果実ではなくこの出来事です」


まあまあと手で従者を手でなだめつつ、玉座で医師の診察を受けていた姫の脇に近づいて行った店主は、懐から薔薇のように美しい赤色の紅を取り出し姫の唇に丁寧に紅を引いてやった。


「このお客さんは眠っているだけです、あれは実は毒の果実ではないのですから。眠り姫を覚ますのは真実の愛の口付け、これを塗れば目を覚まします。まあ、此方の商品の対価は頂いておりませんが後で頂戴致しますので特別ですよ」


店主が言い終わるか終わらないか、ほぼ同時にけほっと小さな咳払いと共に果実を吐き出した姫が身体を玉座から起こして立ち上がる。


「ありがとう、狐の店主さん。きちんと貴方は私の望みの品を用意してくださいましたね」


しっかりと意識も覚醒したようで姫は脇に立っていた店主に礼を言い、近衛に捕らえられて恨めしそうに睨みつけてくる男にこえをかけた。


「私、貴方のことを本当に愛していたのよ」

「ぼ、僕だって愛してたよ。君が今でも愛おしい!動揺していただけなんだ、知らなかったんだよそれが猛毒の果実だなんて」

「うふふ……愛していた、の。あのね、浩然にも言ってなかったけれど、この果実は食べた者を極楽の眠りに誘い他のものを口にできなくするだけで、毒なんて無いのよ」


姫の言葉に栗毛の男はあからさまにホッとした顔をする。


「じゃあ倒れたのは眠っただけってことかい?なんだ、僕は君を殺してしまったた思ったよ、それなら良かっ──」

「でも眠っている間の出来事はよく聞こえるのよね、この果実。だから今更取り繕わなくていいわ……それに貴方、結婚したら私のこと殺すつもりでしたでしょう?」

「───え、は?」

「私、知っているのよ。貴方が毎晩私に飲まそうと躍起になっていたあの飲み物、一定量を摂取すると死に至るって。酷いわよね、愛した相手に殺されそうになっていただなんて」


急転直下、男は再び絶望の縁に突き落とされた。姫はゆっくりとした足取りで階段を降りて男に歩み寄り頬を撫でる。


「私はね、私のことを愛してくださる殿方の事が好きでしてよ。殺そうとなさる方は要らないわ」


姫の言葉と共に男は膝から崩れ落ち、そのまま近衛に引きずられてどこかに消えていった。

再び静寂に戻った宮に残された人々が儀式はどうなるのかと話し始めると、姫はたった1人残った候補の男、放心した様子で一連の出来事を見ていた侍従の手を取る。


「私、愛を囁いて下さる殿方がいるのに見落とすほど愚かでもなくってよ」

「え、いやその、どう言うことですか」

「あら、私の無理難題を全て叶え、最後の試練の品である、かぐや姫の首飾りを持ってきたのは貴方だけじゃないの」

「でもそれは、姫が望んで居たから……」

「うふふ、それを世間では愛と呼ぶのよ」


兎の姫の婚約者が決まったようだ。

そこからは早かった、ササッと婿の決まった宣言が行われ、現月の主つまりは姫の父王からも正式に婚約者として侍従の彼が認められ、月の宮ではその晩から一月は眠らない大宴会が始まった。

侍従は何度もこれでいいのか、自分でいいのかと確認していたが、考えても見てほしい、お相手は姫の裏庭への訪問にも付き従い、姫と二人きりで行動する事が認められている従者なうえ、幼い頃からの知り合いで従者の家は代々月の宮の主に仕える一族だという、そんな2人の婚姻を反対するものなど今更いる訳もない。むしろぽっと出の胡散臭い人間の男が婿になっていた方が反対があっただろう。きっとこれが最善であるのだ。

月の宮で今日も人々は夜も忘れて踊り続ける。


「うふふ、見た?浩然の驚いた顔、今思い出しても笑っちゃう」


婚約者が決まり全てが落ち着いたあと、店主と途中から宮を探索して姿を消していたウパは姫の自室に招かれていた。目の前では姫が出来事を思い出しては笑い転げている。


「ありがとうね、店主さん。本当に何もかもあなたのおかげだわ」

「お気に召して頂けたようで何よりです。婚姻のお祝いも当店でご用意致しましょうか?」

「あら、厄介な対価を請求されそうだからやめておくわ」

「そうですか……残念です。ですが姫様を目覚めさせた茨姫の口紅の分の対価は頂いても?」


店主が残念そうに言うと姫は少し考えてから部屋の天井に吊り下げられた大きな石を指さす。


「そうね、もしよろしければなのだけれど、彼の為に用意したこの石はいかがかしら?月で過ごせない彼の為に用意したのだけれど要らなくなってしまったから……」


月の宮で何度か見た空気を生み出す不思議な石、月面の一部の場所でしか取れないどんな環境にも馴染む生命の石の巨石は、加工されて美しい玉になっているから気が付かなかったが姫の自室の天井にはめ込まれている石は全て生命の石のようだった。


「ええ、そんな貴重なもので良いのであれば十分ですが……よろしいのですか?」

「いいの、もう必要ないし。ああ、そうね、彼との為に作らせていた婚姻服も差し上げますわ、作り直さなければ行けないもの。浩然はどんな衣装が好みかしらね」


そう言って姫は出来上がって部屋の隅にかけられていた薄桃色の婚姻衣装を店主に差し出す。

店主が受け取るりよく見ると、その衣装は雲の糸で作られた1級品で、ついでとして貰うには大きすぎる対価だった。


「よろしいのですか?当店としてはありがたく頂戴致しますが……」

「うふふ、私の願い、愛してくれる方と結婚したいという願いを叶えて下さったんですもの。それに、私にとってそれはもう価値が無いものだわ」


姫が言うにはこの婚姻衣装は、婿の事を思って姫が直接織り上げるのだとか。だから、従者とは別の人を思って織り上げた衣装はもう使えないのだと。


「なるほどそういう訳ですね。では、お客さんの失恋記念にその恋心戴きます」

「もう!あなた、やっぱり意地悪ね」

「そうですか?とても綺麗ですよ、姫様の恋心」

「あら、口がお達者だこと。ええ、でも、そうね、綺麗なのね、ありがとう」


恥ずかしそうに背を向けて言った姫に店主は頭を下げて答える。


「いえ、ご満足いただけたなら何よりです。またのご来店お待ちしております」




◆◆◆




月の宮の出来事から数日、忙しさはどこへやらすっかり元の様子に戻り閑古鳥が合唱し始めた雑貨店で店主とウパは暇を持て余していた。


「そういえばさ、店長めずらしくなんか普通のもの貰ってたね」


ガチャガチャと散歩した時に拾ってきた素材で商品を作りながらウパが店主に尋ねる。


「そうかな?僕は結構楽しませてもらったしそれのお礼かな」

「ふーん、普通の店長なんかこわい」

「ウパはいつも失礼だな。まあ、アレらも彼女にとっては大切なものだしそれに……彼女の父上からも褒美を戴く約束をしてるからね。ほら、生命の石の定期契約」


店主は言いながら懐から巻物を取り出しウパに見せる。そこには、生命の石定期販売契約 恋の石毎月5キログラムとムーントリウム1キログラム 毎月1日にお届け と書かれていた。


「むむむむむ、これはなかなか店長指数が高い行動!やっぱり貴方は店長です!」

「こら、ウパ。人に指をささないの、それに店長指数って何その単位」

「ニンニンは貴方ですね!アテクシの目は誤魔化せませんよ」

「ニンニンって、セリフもうろ覚えじゃないか。ごっこ遊びしてないで、作業台の片付けしておいで散らかしっぱなしでしょう」


 最近ハマっている探偵ドラマのようにビシっと店主を指さしてふざけ始めたウパを店主が叱り付けていると戸に着けたベルがなる。

 どうやら新しいお客さんが来たようだ。


「おや、ようこそ妖雑貨店へ。あなたの望むものならなんでもあります、ここでは値段はプライスレス! 最近仕入れた、月の姫の恋心なんていかがですか?」

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