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妖雑貨店  作者: 妖雑貨店
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1人目:幽霊の宝物






 朝から降った花雨で閑古鳥が軒先で合唱会を開いていた「妖雑貨店(およずれざっかてん)」に今日も新しいお客さんがやって来る。足まで隠れる布を被った小さなお客さん。リンッとつけられた鈴が軽やかに音を立てて扉が開かれたことを教え、花の甘い香りが室内に流れ込んで焚かれていた香の煙と混ざって不思議な香りが店内に満ちていく。

 本日の妖雑貨店の香りは花曇りの匂い、店主はニンマリと口角を上げて怯えた様子で入ってきた客に声をかけた。


「おや、これは珍しいお客サンだ。なにか御用かな」

「───うぁ!?」


 店内に人が居たことにお客が驚き顔を上げると、謎の骨董品と何が書かれているのかもよく分からない掛け軸のその奥、番台でこちらを面白そうに見やる狐耳の生えた人物の姿があった。


「おやおやまあまあ、随分と若いお客さんじゃないか、少年?僕は君のような子が求める物は中々扱ってないのだけれど、ちゃんとお役に立てるか心配だ」


 大きなモフモフとした紺色しっぽに、丁寧に朱の引かれた端正な顔立ち、僅かに気崩された珍妙な服装、気だるげに煙管をふかす姿がやけに様になっている、かけた丸い形の眼鏡越しに見える瞳は少年をじっと見つめていて少し居心地が悪い。

 答えあぐねて少年が黙っていると、店主が先に口を開く。


「ああ失礼した。ここは妖雑貨店(およずれざっかてん)、歯ブラシも特注品も国だって買えちゃう不思議なお店だよ。僕はここの店主の狐田こんた。さてはて可愛いお客サン、きみの欲しいものはなにかな。僕に聞かせて下さいな」


 狐田こんたと名乗った胡散臭い狐耳の店主は、ギュとシーツを内側から握りしめ警戒した様子で扉の近くにたっていた少年を手招き番台に呼び寄せる。少年がおよび腰で番台にゆっくり近寄ると、何処からかポンッと椅子とクッションが現れ店主は彼に座るように指をさした。

 少年は促された通り椅子にすわろうと頑張った。が、被っている布が邪魔なのか椅子になかなか登れないようで、何度も滑って床に落ちる。そんな少年を流石に見かねて店主が踏み台を持ってこようかと尋ねると、少年は首を振り勢いをつけてピョンッと椅子に飛び乗った。


「僕ここへは始めてきたんだけどね、店長さん。何でもってことは、僕がなくしたものとかも見つけて売ってくれるってことなの?」

「勿論、できるよ。そんな事に大切な対価を払うお客さんはなかなかいないけれど」


 少し馬鹿にしたように煙管をふかして店主が答える。


「じゃあ、可愛い犬とか猫とか、毎日僕と遊んでくれるパパとか優しくて怒らないママとかを売ってって言われたら?」

「当然だよ、何でもと言ったらなんでもなんだから」

「お空に言っちゃった人を連れてきてっていわれたら?どうするの?」

「お代で頂けたぶんのできうる限りで善処をさせて貰うよ」


 少年は中々に疑り深い性格のようで、彼の考えるうる限りの不可能だと思う事を聞いてくる。そのどれもに店主は肯定的な返事をしつつ、少年が満足いくまで付き合ってやろうという気でいた。せっかくこんな天気の日に訪れてくれたお客さんだ、逃す手はないし、幸いに(暇なので)時間はたっぷりあるのだから。


「じゃあ、じゃあ、火山を売ってって言われたら!」

「人よりもそっちの方が簡単そうだね、気になるなら今僕が持っている火山の模型があるから持ってこようか、きっと君も気に入るだろう」


 店主は少年の目の前に小さな島の模型を持ってきてみせる。その模型はどんな仕組みになっているのか世界の一部を切り取って持ってきたように、模型の中で島の住人が動き、植物は風になびいていた。仕掛けは分からないが今まで見たことも無い精巧な模型を前にして目を輝かせていた少年に、店主は「これが欲しいかい?それとも他に欲しいものがあるかい?言ってごらん、望んだものをすぐに用意しよう。もちろんそれなりにお代は頂くけれど」と肩に手をおいて笑う。

 少年には店主が自分をからかっているのか本気で言っているのかまだ分からなかった。この模型は本当にある島のものなのか、それともただの精巧な模型なのか、分からないなりに暫く考えてみて、それでもやはりわからなかったので物は試しと本当に欲しいけど叶わないと思えた願いを1つ口にしてみることにする。

 僕の事が見えて僕に触れられる友達が欲しい、と。


「友達?できるよ、君の大切なもの──」

「できるんだ!?え、僕ね、今日までずっと寂しかったの。ある日から急に透明人間になっちゃって……」


 店主の言葉を最後まで聞かずにさえぎって、少年は早口で理由を話し始める。

 少年は小さな村に住んでいた少しだけイタズラが好きな子供だった。イタズラをして毎日を楽しく過ごしていたが、ある日に沢の近くで昼寝をしてしまい、目を覚ますと透明人間になって誰からも見えなくなっていた。最初は人の目に映らずにイタズラが出来ることを喜んでいた少年だったが、段々とどんなイタズラをしても誰にも気づいて貰えず、村で唯一のイタズラ仲間に何度話し掛けても無視されてしまうことに気づき始める。

 それに気づいてからはまるで世界に自分だけ居なくなってしまったみたいで、寂しくて寂しくて、毎日を泣いて過ごしていた。

 だから、誰でもいいから自分と遊んでくれる友達が欲しいと。


「人とお話したのも久し振りでね、店長さんは不思議な人だね。透明人間の僕が見えるなんて」

「なるほど、なるほど、それは君は透明人間になったんじゃないんだよ。君は幽霊族になったんだ」

「幽霊、族?」

「そう、透明人間は生まれた時からそうだけど、途中でなったってんなら幽霊族だね。人は誰しも最期には幽霊族になるのだけれど君はなるのがとっても早かったんだ」


 ウンウンと静かに聞いていた店主はそう言いながら手元の紙に人と人にシーツを被せた人のイラストを並べて書いて、人側から矢印をのばし、シーツを被った方のイラストの下に幽霊族と言う文字を追加する。まだピンと来てないらしい少年に「人から進化したようなものさ」と少年が好きだという育成ゲームに例えて説明して、更に矢印の下にパワーアップと書き足した。


「進化、そうなんだ……。じゃあ、僕以外にも幽霊族っているの?友達になってくれないかな」

「うーん、いるけれど、中々出会えないし、彼らはすぐに消えてしまうんだよねえ。僕も初めてこんな長時間話している幽霊族が君だし。それに彼らは君より何倍も歳をとってる」

「じゃあ友達にはなれないかぁ、僕は友達が欲しいのに」


 残念そうに少年が言うと店主は黙ったまま彼を見つめ、少し考えてから口を開く。


「さっきも言いかけた事なんだけど、その願いが本当に叶えたい願いならば、 お友達を連れてきてあげることは出来るよ。もちろん、君の大切なものと引き換えに、だけれども」


 店主の言葉に少年は何も言えなくなる。

 友だちを連れて来てくれるという言葉は少年にとって魅力的だったが、少年にはあげれるような大切なものに心当たりがなかった。透明人間になった時に自分の好きな物や大切な物は触れなくなっていたし、それからは何をしていても楽しいと思えなくなっていたから、今大切なものなんて手元に1つも残ってない。

 店主を見上げれば笑顔で少年の胸元を指さした。


「そこにあるじゃないか、君の宝もの」


 少年が視線を落とせばそこには親友の証として貰ったヒーローの缶バッジがあった。


「でもこれは、友達から貰った大切な……あっ!」

「そう、大切なものだよね。別に無理強いはしないけど」

「でも、でも、これは、その本当に貰った時嬉しくてだから……」


 自分で言ってその価値に気がついた少年に、店主は申し訳なさそうに首を振って言った「それならば、商品を売ることはできない」と。店主曰く、店主が求める対価というのは、 対価の持っている思い出やそのモノの形に関わらずお客さんの求める商品と同じ価値のある品なのだとか。店主がお客サンを見て求めたものに見合う価値を持ったものを請求する、 それが親友から始めてもらった大切な物だろうと金銭だろうとそれが店主に対価として認められたらよいだけで、むしろお客さんにとって価値が高ければ高いモノほど釣り合いを取るために良い品物を渡せるので店主自身は良い取引だとさえ思っていた。勿論、無理強いはしないし、それとは別の対価を払えばそれに見合った商品も渡す。だから従業員や裏庭に住む住人たちからは、「褒められた趣味ではない」と言われていることにもあまりピンと来ていなかったりする。


「これを、あげれば友達ができるの?」


 少年の問いに店主はにっこりと目を細め頷く。


「……わかった。その代わり僕と遊んでくれるお友達が欲しい!」

「しかと承りました。では、準備するのでちょっとお待ちを」


 少年の答えを聞いた店主は満足気に頷いて、羽織った上着の袖口から巻物を取り出し広げ始める。少年が覗き込むとその巻物には物の名前と人物名、使用方法のようなものが書かれており、どうやら目録のようだとわかる。店主はその中から少年の求めている商品が手元にあるかどうか探しているようだった。


「あったあった。これがいい、この人形を君にあげよう、背にあるゼンマイをまいてご覧」


 少年にピッタリの商品が見つかったらしくカランコロンと軽快な音を立てて奥にかけていった店主が、彼と同じ背丈で服装までそっくりなゼンマイ仕掛けの人形を持ってきた。少年と同じように大きな布を被った下から覗く足は木製で、履かされた緑の靴は綺麗に磨かれていて一目で店主に大事に手入れされてきたのだとわかる。

 促されるままに少年がゼンマイをまくと人形は動き始め、喋る事は出来なかったが意思はあるようで、少年に礼をして見せた。


「わあ!初めまして僕のお友達、君に僕が名前を付けてあげる!オートマタだから、トーマってのはどうかな」


 少年が名前を付けると人形もその名が気に入ったようで、話す代わりにクルクルと踊るように周り小さく飛び跳ねて喜びを表現する。少年が彼を遊びに誘えば、もちろんというように頷き少年の手を取って踊り始めた。

 それからしばらく2人は互いの手を取り踊って、それに飽きたら店の中で隠れんぼをして過ごしていたが、だんだんと店の中だけでは物足りなく感じて、とうとう店を出て遊びに行こうと扉に向かって手を繋いだまま駆け出した。扉を開けていざ外へ、少飛び出そうとしたところで2人は店主に呼び止められる。


「お客サン、お代を払い忘れているよ」


 忘れてたと言いたげな顔で振り返った少年に店主は胸元にあった缶バッジを指さす。少年は友人から貰ったものを渡すことに少し躊躇ったが、それよりも目の前に現れた新たな友人と早く外でも遊びたくて、店主に缶バッジをポイッと投げるように渡して店を出ていってしまった。



◆◆◆



 少年が店を出たのを見送った店主が店の中に戻ると裏から出てきていたふわふわとした髪の触覚が生えた少女、店の従業員(兼ペットと店主が勝手に思っている)のウパが声をかけてくる。


「店長〜今の幽霊の男の子に何あげたの?」

「何って、彼の望んだ友達さ。人間ではなく彼と同じように遊び相手が欲しかった忘れられた玩具、だけどね」


 店主は満足気に少年から受け取った缶バッジを磨き、ガラスケースに収めながら「最近たまたま外で出会った彼の望みもどう叶えようか迷っていたのでちょうどよかった」と言った。


「にしては、対価安くない?大丈夫なの?」

「そんなことも無いよ、幽霊にとって生前の宝物は記憶みたいなものでね。彼は僕にこれを渡してしまったから、少しずつ昔の友達のことを忘れて言ってしまうのさ」

「つまり、店長が貰ったのは……」


 何となく返答の予想がついてしまったウパは、店主の拭くガラスケースの中をみて顔を顰めた。


「そう、彼の友人との思い出だね」

「うへぇ、悪趣味。店長ってそう言うゲテモノ好きだよねえ」

「ちょうど釣り合いがとれて良いだろう?それに彼にはこれから機械仕掛けの友人との新たな記憶が出来ていくんだからいいじゃないか」


 非難の目を向けてくるウパに店主が肩を竦めていると戸に着けたベルがなる。どうやら新しいお客さんが来たようだ。

今日は珍しいお客さんが沢山来る日だな、店主は笑顔を貼り付けて振り返る。


「おや、ようこそ妖雑貨店へ。あなたの望むものならなんでもあります、ここでは値段はプライスレス! 最近仕入れた、幽霊の宝物なんていかがですか」

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