第二話「虚な目は俺を見つめていた。」
残酷な血の匂いと暴走する俺。愛する妹ユイの、悲惨な最期の結末だ。
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辺りを包む轟音に紛れて、意思を持った風の嵐はユイを打ちつけた。
吹き付ける突風に飛ばされて、妹は舞い上がる。
妹の足が地面を離れた瞬間、嵐は突然鳴りを潜めた。
風が消えて、音が止まった。
ユイは夜空に放り出されて、そのまま路面に…
足が悲鳴をあげた。筋肉を切断させてでも、救いたかった。
目の前の彼女を助ける…
彼女の元へ突き出した両手がユイを掴む前に、それはぐちゃりと地面に沈んだ。
潰れた果物の甘い匂いが漂う。
俺の両手はただ、虚空を掴んでいるだけだった…
倒れる妹に駆け寄る母親。
生きてる、よな…
力んだ俺の右手は爪が食い込み、血が滴り落ちた。
「ユイ!お家までの競争、勝手にやめないでよ。どっちが早いかって、言ってたよね…言ってたよ、ユイ…返事して…ねぇ、どうして…」
母の叫びが、立ちすくむ俺の耳を壊す。妹の血の、ツンとした匂いが鼻腔をくすぐる。
目の前で血を流して倒れる妹は、ぴくりとも動かない。瞳孔は見開き、口から泡が漏れ出ている。
嘆きか絶叫か自分でもわからないような声で叫び続ける母。
ユイの光の消えた虚な目が俺を見つめていた。
…ユイは俺が、助けることを…信じて…
けど、妹は、死んでいて…もっと早く気づいていれば、結果は…
ちゃんと見ていれば…救えていたのに、なんでだよ…
全部…俺の、せい…
声にならない衝撃が俺の心を焦がす。
…何も、できなかった。
母が妹の肩をさする振動も、俺の視線も、ユイに届くことはない。
数分前まで会話していたユイは、俺の妹は。
…すでに死んでいた。
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俺の頬を濡らす、離別の涙は出なかった。
彼女があっさり死んだことよりも、何もしなかった自分に吐き気がする。
色を失った世界。彼女のいない世界に生きる価値などないと、本気でそう思った。
二人を包み込む夜11時の夜空。
星は消え失せ、空間は歪んでいた。暗い風が死んだユイの頬を撫でる。
混沌世界から舞い降りた死神。奴は俺に告げる。
「我と契約し、悲願を果たせ。代償は命よりも重し。汝、覚悟はあるか。」