1 私の、夢
気長にお付き合い頂けると嬉しいです。
「どうしても、好きだから。何かを作り上げて、それを見てもらうのが。自分が作り上げたもので、誰かを笑顔にするのが。」
私の夢は、小説家だった。僅かな売れっ子だけが本でご飯を食べられる。仕事にできるのはほんの一握り。そんな厳しい世界で生きる人達に、憧れた。その頭から、手から。紡ぎ出されていく沢山の感動に、私はどうしようもなく惹かれた。
文字は、奇跡だ。何千年の時を越えて、何万キロの距離を越えて、私に感動を伝えてくれる。何千年も前に消えた人たちと会話して、その人を知って。
本と同じくらい、人間も好きだった。愚かしくて愛おしい。欲と理性の間で揺れて、他の動物とは違う生き方をして。そんな人達を知るのが、その愚かさを知るのが、たまらなく好きだった。
なんて面白いんだろう。幼心に、そう思った。
知る、知る、知る。
人類の歴史を、その軌跡を。
本であれば、文章であれば、どんなものでも読んだ。同仕様もなくなったときは、いつも本に助けてもらった。古を生きた人々に、異世界を生きる人々に、未来を生きる人々に、助けてもらった。
同世代の子が恋に焦がれる中で、私は文章に、人類が創り出した「文字」という奇跡に、焦がれた。偉人たちに焦がれ、恋をした。
文章だけでは誰にも負けない。どんなことがあっても、本は、文字はずっとそばにいてくれた。
読むだけだったはずが、書き始めたのはいつだっただろうか。布団の中でこっそりペンを握って、ずっとずっと書き続けた。私が好きな、愚かだけれど美しい、人間たちを。たまらなく愛おしく憎らしい、人間たちを。
自分の手から新しい世界が生み出されるのが嬉しくて、その世界に色をつけるのが楽しかった。
書くことは、いつのまにか私の一部だった。
高校生になって、本気で夢を追い始めて。もし、なれなかったらって逃げ道を作る自分を叱咤しながら、書いて、書いて、書いた。
でも、憧れには追いつけなくて。
初めて応募した新人賞は、佳作で終わった。
どこかで、諦めようかとも思ったけれど、大学生活を送りながら、就活をしながら、ずっとずっと、書き続けた。
そうして私の中から絞り出された全力は、ちゃんと文壇に認められた。
二度目に応募した新人賞は、優秀作品として評価してもらえて。
憧れの先生たちに、会って、話して。
ー私、これからなんだ。これから、夢を叶えに行くんだ。
そんなとき、だった。初めてついてもらった編集者さんとお話した帰り道。舞い上がって、テンションがおかしかった。だからこそ、気づけなかったんだろう。脇道から出てきた、影に。
いきなり出てきた人にぶつかられて、お腹に鋭い痛みが走る。ぱっと自分のお腹を見れば、服は赤く染まり、みぞおちのあたりにナイフが刺さっていた。
「あんたさえ、あんたさえいなければ!私が、私が賞をとれたのに!あんたが私の夢を壊した!私はもう書けない!あんたのせいだ!あんたが悪いんだ!」
どこかやつれたその人は、そういえば表彰式のとき私の隣りにいた、佳作の人だった。
(私、この人のお話好きだったのになあ。誰かに元気を与えてくれる、素敵な話だったのに。なのに、なのに。創造主のこの人が、こんなことしたら、あの話まで汚れちゃう。あの人達まで汚れちゃう。)
「うる、さい。それ以上、しゃべるな。お前の話を、汚すな。」
自分でも不思議なくらいの、威圧感。相手は明らかに怯んでいた。
お腹だけだった赤は、いつのまにか足まで広がっている。なんだかくらくらしてきて、座り込んでしまった。
(これ、死ぬな。)
私の中の本能が、そう告げていた。その瞬間、ふつふつと怒りが湧いてくる。やけに冷静だったさっきが嘘のように、頭が、胸が、体が、熱くなっていた。
死ぬ。死ぬ、死ぬ。
今まで積み上げてきたものが崩れていく。
死んだら全部終わりなんだ。
もう、会えない。大好きだった人たちにも、大好きだった本たちにも。
生きたい、生きたい、生きたい!
「死にたくない!」
狂ったように、叫ぶ。
「ふざっけんじゃない。私がいなくても、賞を取るのはきっと別の人だった。嫉妬に狂って書くことを忘れる、あんたみたいな人じゃない。あんたに、あんたに文章を書く資格はない!あんたに、わたしの人生は汚せない。ここで私が死んでも、私が書いたものは、あの本たちは、ずっと残るんだ!」
痛くてどうしようもないはずなのに、苦しいはずなのに、不思議と言葉は湧いてきて。死にそうなのが嘘みたいに、大声で叫んだ。そのうちに、すっと痛みは消えてきて、本当に死ぬな、と思う。
思いっきり叫んで、力が入ってしまったからか、余計に血が出てくる。止まらない。もう、止まらない。
「私が、死んで、も。私、は死な、ない。私は、ずっ、と、、生き、続け、る。千、年先も、万年、先も。」
私の言葉に、相手は怯んでいた。そして、逃げた。追いかけようにも、足に力が入らない。立ち上がれない。
人に言われたくらいで揺らぐ覚悟なのか。私を殺すのは、そんなくだらない感情なのか。
私が最後に見た人間は、全く踊らなかった。ただただ感情に振り回されるだけ。理性をどこかへおいてきた、言葉を話すただの獣だった。
私を殺したのは、人間じゃなくて、獣だった。
ー許さない。絶対に、許さない。
ありったけの憎しみを込めて、相手が消えていった方を睨んだ。
そうしているうちに、意識が薄れていく。目の前が真っ白になってくる。
「あ゛ー」
もう、かすれた声しか出なかった。
ーそういえば、東洋では転生の考え方が信じられてるんだっけ。もし生まれ変われるなら、また書けるなあ。
目の前が白くなっていく中でふと思い出したのは、まだ書けるかもしれないという、微かな希望。
少し前に読んだ本で、仏教がそんな考え方だったことを思い出した。回る輪廻の輪の中を、回り続ける魂たち。その中の一つであるわたし。
ーもしも輪廻の輪が或るならば、私の記憶は消さないで。私のままで、生まれ変わらせて。もっと、書かせて。
願った先は果たして神なのか、仏なのか、それとも別の、ナニカなのか。
とにかく、人智を超えた力を持つ創造主に、願った。
願って、願って、願った。
これまでにないくらい、強い強い感情で。
そうして願いの中で、だんだんと体から魂が切り離されて行く気がする。
ふわっとした浮遊感がおそってきて、自分の身体を見下ろすような、不思議な場所にやってくる。
血溜まりにふすソレは、確かに私なのに、私ではなかった。
////
『なるほど、面白い。お主、なかなかに強い欲を持っておるな。あやつらに勝るとも劣らぬぞ。』
いつの間にか私は、見たこともない不思議な空間にいた。まるで古代ギリシャの神殿のような場所で、すぐ近くにやけに貫禄のある白髪の老人が座っていた。
ーあやつら、って誰だろう?
老人の言葉に湧いてきた疑問。確かに頭の中で思っただけのはずなのに、声となってこの不思議な空間にこだました。
『お主が大好きな、偉人などと呼ばれる輩よ。まあ、儂もその中の一人であろうがな。』
ーえっ!私、偉人たちと同じ空間に来てるの?え、やば。っていうか、なぜ、私の考えたことが声になるの?
『今のお主は体を持っておらん。よって意識と声が同化しておる。』
ーなるほど。それで、あなた、いや貴方様は誰なのでしょうか。
神とかいう存在かもしれないので、一応敬っておいたほうがいいかもしれない。
『ふっ。今までも打算ありきで儂に接してくるものは追ったが、お主は群を抜いておるな。儂は知を司る神フィロソフオス。』
ーん?フィロソフオス?知を愛すもの!ということは、もしかして、、、
『お主の思っておるとおり、儂の現し世での名はソクラテスである。」
ーソクラテス!うわ、やばい。どうしよう。やばいやばいやばい。リアルソクラテス嬉しすぎる。え、やばい。まじでやばい。むふふふ。ふう、ふう、ふう。
ソクラテスは、私が好きだった哲学者の一人。数いる哲学者の中でも私は、ソクラテス、エピクロス、ルネ・デカルトの三人が大好きだった。今風に言うならば、もはや推し。好きすぎてその名を聞くだけで興奮する。
そんな相手に、生で、そう生で!会えるなんて!というのが、今私の心を占めるクソデカ感情である。
ーあっ、あの!ソクラテス様。ソクラテス先生って、お呼びしても?
『あ、ああ、良いぞ。お主はいちいち、儂の初めてを更新してくるな。今までもこの名をきいて驚く奴らはおったが、お主ほど興奮したものは初めて見たぞ。』
ーえ、えへ。そうですかぁー。じゃあ私は、今まで来た偉人たちの中で一番ソクラテス先生のことが好きってことですね。
『あ、ああ。そういうことになるやもしれぬな。いや、ちょっと待て。話が脱線しすぎだ。全く本題に入れておらん。』
ーえ?本題ってなんですか?私もう、ソクラテス先生に会えただけで頭がいっぱいいっぱいで、、、、、、
って、そうだった!ここはどこ?私はナニ?
『もう遅いわ。普通儂が名乗ったあと、その流れに行くんじゃが、、お主、勢いがおかしいのよ。』
ーくっ。否定できませんね、、
『さて、ここは儂の領域だ。お主らが住んでいた現し世1とは切り離された空間である。』
ーえ、現し世1ってことは、2とか3とかあるんですか?っていうか、番号は流石に雑すぎません?
『む、別にそんなことはない。して、2とか3についての答えだが、もちろんある。我ら神の長であるゼウス神が作り上げたこの世界の中で、枝分かれしたそれぞれの宇宙に住むのがお主ら、そしてかつての儂である。この世界に人間を作るにあたり、ゼウス神はある規約を設けられた。それこそが、それぞれの現し世で規格外の才能や欲を持つ’人間の鏡’たちに、特権を与えるというものである。普通の人間は輪廻の輪の中を回り続けるのじゃが、儂ら’鏡’は神により拾い上げられる。そして、記憶を持ったまま転生することができるという特権を授けられるのじゃ。その特権による生で更に神の目に止まれば、ゼウス神の傘下の神となる特権を授かる。ゼウス神以外の殆どの神は皆、もとは人間であったのだ。』
ーえ、ていうことは、ソクラテス先生以外にも、神様になってる偉人たちがたくさんいる、っていうことですか?
『ああ。お主の言う“推し“は皆おるぞ。現し世のだいたいの偉人たちはそろっておるし、他の現し世の偉人たちもたくさんおる。』
ーやった!ソクラテス先生、会いに行きたいです!
『まあ、まて。先程話したように、’鏡’たちは特権を与えられる。お主もその鏡に選ばれておるのよ。そして、次の生が一度目の特権によるものなのだ。だいたいの鏡たちはすぐに現し世に降りていくが、お主はどうするのだ?』
ーえ、そんなの、決まってるじゃないですか!偉人様たち全員に会って、いろんなことを吸収してから現し世に降りたいです!ついでにいうと、次の生も満喫して神様の目に止まりたいけど、神にはなりたくないので、ずっと転生し続ける権利、というか、神様たちの偵察部隊にみたいなのにしてもらえませんかね?
『いや、つくづく欲深い’鏡’よ。まるで昔の儂を見ているようじゃなあ。よし、偵察部隊に関してはお主が次の生を全うできたらゼウス神に掛け合うとしよう。して、他の神々に会うのは良いが、本当にすぐに降りなくて良いのか?降りられる現し世の選択肢が少なくなっていくぞ?もうそろそろいかねば、お主がもともといた現し世には降りられなくなるぞ?』
ーもちろん大丈夫です。どんな世界であっても、本が書ける環境であれば、知が得られる環境であれば構いませんから!
『まったく、欲深いのか、無欲なのか、よくわからんやつじゃのう。』
ーなっ!私はただ、好きなことに対する執着が強いだけです!他の偉人の方々とそう変わらないと思いますが。
『まあ良い。とにかく、お主の願いは聞き入れた。儂も久しぶりじゃが、神々に会いに行くとしよう。早速、出発するか?』
ー待ってください!まだソクラテス先生とちゃんとお話できていません!
『そういえばそうじゃなあ。良かろう、存分に語り合おう。』
ーしゃっ!むふ、むふふふ。
『っ、その気色悪い笑い方はやめよ!」
ーうっ、すみません、、、
こうして、私は一度目の人生に終止符をうち、二度目の人生の準備を始めたのだった。
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