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(2) In Tenebris

月光が、絨毯の上に幾重にも窓の形を写し出し、男の影が順番にその中をよぎる。彼が手に持つ魔水晶を燃料とした提灯は、ゆらゆらと揺れながら両開きの扉の前まで進み、扉を叩く手に油絵のような光と影を描き出した。


「ダーリン、私だ。」


彼は親しげに、扉の向こう側へ呼びかけた。


「お入りなさい、マクシミリアン。」


落ち着いた女声が彼に応えた。


男は慎重に扉を開け、一年中インクの匂いが漂う空間へと足を踏み入れた。女主あるじの趣味で、この書斎は夜になると、机の上の二つの蝋燭だけが灯される。その小さな炎は、遠くから見るとまるで夜の猫の目のようだ――この暗闇は、明らかに全ての訪問者にとって、小さくない試練となる。今にも崩れそうな羊皮紙の塔を一つ、また一つと慎重に避け、不意に足元に現れる分厚い革表紙の本をかわしながら、男はそっと、栴檀センダンの書机の後ろへと歩み寄り、提灯を置くと、事務椅子に座る女性の肩を抱き寄せた。


「ヴェルティケはもう寝たよ。」彼はついでに、抱えていた革表紙の本を机の上に置いた。「タリア、君も部屋に戻って休むべきだ。」


《天体百科全書》の文字が、蝋燭の光に照らされ、眩しいほど明るく浮かび上がる。タリアと呼ばれた女性は、その表紙を手早く裏返した。星屑のような細かな光が、その動作に合わせて彼女の指先に舞い降り、日向ぼっこをした後の布団のような香りを漂わせた。明らかに、これらは目の前にいる夫が、先ほど息子の寝床から没収してきた戦利品なのだろう。


「知っているわ、あの子はずっと頑張っている。」彼女はため息混じりに口を開いた。羽ペン先は署名の最後の画で止まり、インクが羊皮紙の上に小さな水滴となって滲んだ。月光と蝋燭の光が、心配そうな彼女の瞳を照らし出す。黄金色の奔流がその中で渦巻いている。「私が欲張りすぎたのね。あの子はただ、健康に育ってくれればそれで……」


たとえ二つの帝国の皇室の血を引いていようと、魔力が広大な海のように豊かであろうと、ヴェルティケはまだ八歳にも満たない、病弱な子供に過ぎない。運命は彼に、そのような高貴な出自を与えることこそが、すでに莫大な恩恵であると考えたのだろう。もはや彼に、その血統にふさわしい才能を、ほんの少しでも施してやろうとはしなかった。それどころか、彼にそれを十分に理解させるために、異母兄弟まで用意した――完璧すぎて、ほとんど恐ろしい存在を。


「天与の勇者」、アウレリウス=グラウィア=ルクスフォード。


公爵は妻の肩を抱いていた手を硬直させ、数十秒にも及ぶ沈黙が訪れた。もしできることなら、この話題が二度と持ち上がらないことを願いたかった――しかし、そんなことはありえない。いかなる精密で、そして悪辣な策略によるものであれ、彼の、一時の気の緩みと放埓が招いた結果は、今やルミナリス帝国、ひいては人類世界全体の星なのだ。抹殺することも、見て見ぬふりをすることもできない。ただ、家族の間にあった、かつては強固だった絆が、その光によって炙り出され、干からびたひび割れとなっていくのを、見ていることしかできない。


タリアの拭いきれない思い、ヴェルティケの絶望。その根源は、全て自分が作り出したものなのだ。


「その全ては、私が悪かった。」


もう何度目になるのか数えきれないほど繰り返された言葉は、あまりにも蒼白で、無力だった。それでも、それを口にすることこそが、彼の義務だった。今となっては、この問題は数え切れないほど議論されてきた。タリアもまた、このことをとやかく言うつもりはなかった。彼女は自分の肩に置かれた相手の手に触れ、そっと握った。「マクシミリアン、起きてしまったことは、もう後悔しても意味がないわ。」


これからも互いに支え合って生きていくと決めたからには、積極的に全てに対処していかなければならない――もし本当にこの事が原因で夫婦仲が裂けてしまうようなことになれば、それこそ相手の思う壺だ。勇敢と不屈の精神で知られるアルテス公爵家として、あの偽りの聖女や、女の後ろに隠れて人心を惑わす教会などに、決して負けるわけにはいかない。


「わかっている、タリア。」妻を抱きしめる腕に力を込め、マクシミリアン=カステッルス=アルトゥス公爵は、厳かに誓った。「私は、決して屈しない。」



父の足音が静かに遠ざかっていくのを確認すると、ヴェルティケは布団を跳ねのけ、ベッドから起き上がった。ベッドマットと床板の隙間から羊皮紙の巻物を取り出すと、灯りもつけずに読み始めた。あの偽りの勇者に勝たなければならない、と彼は心の中で念じた。自分に備わっているもので、"才能"と呼べるものがあるとすれば、奔流のように巨大で、制御不能な魔力と、知識を学ぶ能力くらいしかない。


分厚いカーテンが月光を遮っていたとしても、難解で晦渋な古語は、やはり彼の金色の瞳の中に映し出される。封印されていた知識は、羊皮紙の上で絵巻を広げるように、素直にその姿を現し、若き公爵に、世の道理を一つ一つ明らかにしていく。そしてまた、彼の意識を徐々に脳の中から引き剥がしていく。ぼんやりとした意識の中、彼は羊皮紙の上に、まるで千年前、勇者とその仲間たちが旅立った時の後ろ姿が浮かび上がってくるのを見た。防御術式が織り込まれたマントがゆっくりと揺れ、風が薔薇と乳香の香りを巻き込み、顔に吹き付けてくる。子供たちが高らかに歌う祈りの言葉が、何度も何度も鼓膜を叩き、あの"選定の剣"の鞘に刻まれた銘文さえも、はっきりと目に映る――


“Ἄστρων Πεπρωμένον” (アストロン・ペプロメノン)


彼が持っている古語の知識があれば、一目見ただけで理解できるはずなのに、ヴェルティケには読むことができなかった。まるで文字と意味の間に、目に見えない障壁が築かれているかのようだ。取り憑かれたように、彼はその短い言葉を、何度も何度も呟いた。羊皮紙の絵巻の中で、一行の中心にいる勇者とその仲間の一人が、びくりと身を震わせた。誰かが話しかけているのに気づいたように、不思議そうに振り返った。ああ、これは違う、こうなるはずではない。その二つの顔を見た瞬間、ヴェルティケは、舌の根元が酸っぱくなるのを感じた。まるで千斤もの重石が心臓の上にのしかかっているかのように、呼吸すら困難になる。


彼の目に映ったのは、まさに今、一番会いたくない人物と、その人物と肩を並べて立っているフェリックスだった。間違いない、年格好は今よりも少しばかり大きく、体格も成長しているものの、あの二つの顔なら、灰になったとしても見分けられるだろう。


なぜ、お前がその男のそばに立っているんだ?私は一体、何なのだ?


もう何度目になるのかわからないほど、ヴェルティケは、あの"偽りの勇者"と呼ぶ男から、身をもって"嫉妬"という感情を味わってきた。目の前に広がる光景に、彼は理解することも、干渉することもできず、ただ無力に枕を叩きつけ、声にならない嗚咽を喉の中で転がすことしかできなかった。


「ダッ、ダッ!」


聞き慣れた、木剣がぶつかり合う音が聖歌を遮り、香りを吹き飛ばし、羊皮紙の上の絵巻は唐突に終わりを告げ、静寂へと帰した。まるで夢から覚めたかのように、ヴェルティケは嗚咽を止めた。目を擦り、音をたよりにベッドから這い出すと、重いビロードのカーテンを開け、バルコニーへと続く窓を開け放った。降り注ぐ月光が目に眩しく、庭の全てを薄いベールで覆っている。ヴェルティケは手すりの石柱に寄りかかり、隙間から下を覗き込み、ついに音の根源を見つけた。


そこにいたのはフェリックスと、もう一人、少し年上の見習い騎士だった。体格と力で劣っているにも関わらず、フェリックスは少しも怯んだ様子を見せない。彼は身軽に相手の攻撃をかわし、誰かが見ていることに気づいたのか、剣を花のように旋回させる余裕まで見せた。稽古の時間に、自分のような未熟者が足を引っ張っているにも関わらず、彼の剣術はすでにアウレリウスに引けを取らない――ヴェルティケはそう考えながら、脳裏に再び、羊皮紙の絵巻に描かれていた、肩を並べて立っている光景を思い浮かべた。


「お前は私から離れていくのか、フェリックス。」


彼は夜風に紛れるように、そう呟き、踵を返した。もし今、彼が振り返ることができたなら、フェリックスの、湖の緑色のような瞳と視線が合わさったかもしれない。

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