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折々な日常の中で  作者: 仲村遊一


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明るくて強い


これほどに感動するとは思ってもいなかった。




競馬が好きだ。

毎週、週末になるとやってくる「それ」は私の思考回路とお金を容赦なく奪っていく。

勿論、たまにヒットを打って小金を得ることはあるが、ホームランとなるとそうはいかない。

本当にギャンブルという奴は上手くなっているなと感心しているが、感心しているだけでは一向に儲からないので、無い知恵を振り絞りながら、毎週末を楽しみにしている。


そんな中、先日日本ダービーが開催された。


当日は資格試験当日だったが、こちらとしてはそれどころではない。

何せ全競馬民がこの日の為に日夜予想をし、血眼になって競馬場やテレビの前で祈る日だ。

「競馬の祭典」と言われているだけあって、競馬をあまり知らない人でも日本ダービーと有馬記念は知っている。

ダービーの馬券を取れればそれでOKぐらいの感覚すらある。

例外なく1週間前から予想をし、頭の中でひたすらシミュレーションを繰り返し、軸となる一頭を選び当日を迎えた。


勉強の方が大事なのはわかってはいるが、気持ちは完全に競馬に向かっていた。

資格試験をすぐに解いて終わらせ、家まで帰るとなると放送時間に間に合わないため、近くの喫茶店でコーヒーを飲みながらダービーを観戦した。


私の本命はクロワデュノールだった。

競馬の祭典に生半可なお金では失礼と、奮発して単勝に1万円、後は馬単と三連単も勿論クロワデュノールを軸にして合計2万円で勝負した。


結果は、見事1着だった。

完勝といっていい内容の競馬だった。

無い袖を振って捻出した2万円は、6万円になって返ってきた。

馬券が当たったことも勿論嬉しかったが、それ以上に今回のダービーで勝った馬に乗っていた騎手が馬上ですごく嬉しそうにしていたのに心の底から感動した。


その騎手は数年前に落馬で大きな怪我をし、背骨が8箇所骨折したと動画で見た。

怪我をした箇所を映していたが、傷跡が生々しく怪我をしてから2ヶ月は起き上がることすら出来ない状態だったらしい。

そこからまた馬に乗りたいという一心で辛いリハビリに耐え、また競馬に戻ってきた。

怪我をしてから1年以上経ってからだった。


私もバイク事故で骨折した経験があるが、骨にヒビが入ったくらいで、次の日から普通に生活をしていた。

流石に痛く痛み止めを飲みながら生活していたが、何ヶ月もリハビリをしていたわけではない。


仕事、といえばそれまでだが周りをサポートや家族の献身的な介護がなければ、馬に乗りたいだけでは挫けていただろう。

その感情がダービーに勝った際に笑顔となって表れていたように思う。


人間、辛い期間を乗り越えて色々な経験を重ねた際に前の自分より強くなっていると思っている。

土壇場、経験が物を言うとも思っている。

ボクシングの世界戦、オリンピック、大観衆の前でのコンサート。

身近で言えば上司の前でのプレゼンや、顧客との商談もそれに当たるだろう。

私も話し下手の人見知りだったが、年齢と経験を重ねたお陰で昔よりは多少緊張などはしなくなった。


それでも絶対に勝つと思われている馬を勝たせる、というのは並大抵のプレッシャーでは無いはずだ。

それがダービーなら尚更。

それを自分と馬を信じて勝ちに持っていく、というのはやはり大きな挫折や悔しい思いをエネルギーに変えて来たからだろう。


スマホの画面に映るその騎手は自分が勝ったことよりも馬が強いと言わんばかりに馬の方を指差していた。

初めて勝つダービーで自分の感情よりも馬を誉めるというのは本当に優しく周りの関係者や馬券を購入したファンを大事にする人なんだろうなと想像した。

馬を指差して「コイツが一番強いんだ」と誉め称えている騎手を初めてみた。

馬券が当たった喜びより感動の方が大きかった。

喫茶店で涙が出そうになった。


インタビュアーが泣かせようと何度も質問を繰り返していたが、全て笑顔で真摯に対応していた。

そこには経験の無い人には絶対に出ない表情と受け答えが詰まっていた。


「明るくて強い」

こういう人間になりたいと心から思った。

自分の芯が一本通っているような、好きな事を仕事にしてそれで生きていくんだという意志も感じた。


果たして自分がどれくらい近づけるのだろうか。

やってみないとわからないがやれる事は日々こなしていこう。

小さい事の積み重ねが大きな成果として表れるように。


今日も好きな競馬を予想しながら過ごす。

画面にはあのダービージョッキーの名前がある。

馬柱はそれほど強くない。

だがおそらく買ってしまうだろう。

競馬なのに騎手買いしてしまう。

応援の意味も込めて、そしてあなたに少しでも近づけるように。


画面には「北村友一」と表記されていた。





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