事故
いつ死んでも構わないと本気で思っていた。
先日、会社の人とツーリングがてら、モーターショーを見に行こうと誘われた。
誘われた日は特に予定もなかった為、行くと返事し、バイクの簡単なメンテナンスを進め、当日を迎えた。
住んでいるところから会場まで3時間、初めての県を跨いだツーリングが順調に始まった…訳では無かった。
家まで迎えに行き、とりあえずインカムの設定をする。
私の方は設定がうまく行き、携帯と繋がったが、一緒に行く相手方のインカムの調子が悪い。
音楽は流れるのだが、電話となると繋がらないといった現象に陥り、出発予定時刻を30分以上過ぎていた。
2人とも繋がらないことにイライラし、そして少し焦りも感じていた。
結局繋がらないまま出発することになり、私がナビを持っていないため、先導してもらう形でツーリングが始まった。
ツーリングの最初は順調だった。
田舎道を選んだことにより、比較的スムーズに走れ、予定通りの軌道に戻す勢いだった。
だが、県を跨いだ後、道路状況は悪化し、選んだ田舎道は大渋滞を引き起こす道へと変貌した。
車なら渋滞に巻き込まれても何もすることは出来ないが、バイクなので横からすり抜けして通ることができる。
実際に会社の方はスルスルと脇を通って抜けていく。
私も続けと言わんばかりに必死になりついて行く。
その時、事故は起こった。
渋滞している中、側道を走っていた為、対向車からは死角になっており、交差点で突然右折車が突っ込んできた。
マズい、当たる。
咄嗟に急ブレーキを掛けた。だが右折車は気づいていないのか、スムーズに右折していく。
あぁ、当たらない。そう思っているとロックされた前輪がスリップを起こし、バイクごと路面に叩きつけられた。
その際に右肩と右膝を強打した。
痛い。と同時に自分に意識があり、生きていることを実感する。
とりあえず起き上がれるかを確認し、起き上がる。
倒れているバイクを起こし、状態を見る。
右側のフットブレーキがステップ部分に捻じ曲がり、セルからは異音が鳴っていた。
危ないためエンジンを止め、側道にバイクを寄せると遠くから「大丈夫ですか」の声。
突っ込んできた右折車のドライバーが慌てた様子でこちらに近づいてき、片手にはスマートフォンを手にしている。
そしてこちらの様子を伺いながら警察に電話を掛けていた。
警察が来るまでのしばらくの時間、ドライバーの方と話をし、双方に過失は無いことを確認する。
ドライバーの方はこちらのバイクを見て、平身低頭で謝っていた。
いや、明らかに死角から出てきたこちらが悪い。
謝りあいの押し問答となっていると、警察が現場に到着し、現場を確認する。
現場を確認し終わった後、時間があった為、家族と会社の方に電話をし、状況を説明する。
実況見分も終わり、今回は自損事故という形で収まった。
一応相手方との連絡先を交換し、その後会社の方が調べていた近くのバイク屋で応急処置をしてもらい、なんとか走れる状態までにしてもらい、ツーリングの続きをするか否かを2人で相談した。
その結果、バイクも自分も大丈夫なことならツーリングを続行するという決定に至った。
結局その日はモーターショーには行かず、次の日に行く予定に変更し、宿を適当に取って、都会の夜の街へと消えていった。
次の日起きてみると体は案外大丈夫だった。
モーターショーの会場までバイクで向かい、楽しみにしていたモーターショーを見る。
会場まで3時間以上掛かったが、結局モーターショーは2時間で見終わり、トンボ帰りで自宅まで帰った。
帰ってきて、玄関先にいた妹に事故の状況等を説明する。
いつもはあっけからんとしている妹だが、今回ばかりは真剣な目をして話を聞いていた。
そして彼女から一言。
「生きていてよかった」
心の底から出たその声は、事故を起こしたというメンタルと、最近身の回りで起きたことについて含みを持たせながら、私の心の奥深くに突き刺さった。
あぁ、生きていて良いんだ。
何故かそういう気持ちになった。
当たり前なのだが、私が生きていていいに決まっている。
誰かを殺したり、自殺などで死んでしまったりするわけではなく、ただただどんな状態であれ、生きていて良いんだなと感じた。
離婚という問題で、半ば自暴自棄になっていた私に取って、これほど必要とする人間が近くにいた事に気付いていなかった。
そして、同時に誰かに必要とされることへの渇望が、この瞬間思い出されたように感じた。
やはり人間は一人では生きていけない。
一人で生きていこうと心に誓い、もっと強く生きなければと思っていた事に反省する。
恋愛や結婚を無理に遠ざけていたが、自然にそうなった場合、もし相手の方が自分の生きてきた足跡を見て軽蔑などなく受け入れてくれたら、これほどの幸せは無いだろうと思った。
トラウマのような結婚生活にピリオドを打ち、これから少しずつだが前を向いていけるような一言だった。
誰かに必要とされる人間でありたい。
願望でも切望でもなく、これからの生きる希望となって、自分自身に期待を持とう。
周りにいる大事な人を守れるように。
明日からの日々は一日たりとも無駄には出来ない。
自分を研鑽する日々が始まったような気がした。