完璧な人生とは
証明が出来ない問題が数学にはある。人生はどうだろうか。
本をペラペラとめくるソフィア。
冷蔵庫にあるものでまた何か料理を作っているアイリス。
まだお腹が空いているらしい。
先ほどクラムチャウダーを作った鍋を洗い、そこに水と鍋の素を入れていた。
野菜やキノコをざく切りにし投入していく。
「ねぇアイ」
ソフィアが口を開く。鼻歌を歌っていたアイリスは「なーに?」と聞き返した、
「好きな事だけをして生きた人生は、完璧な人生って言えるかな?」
鍋に具材を入れたあと、蓋をしたアイリスは少し考えた。
「なんでそんなこと聞くの?」
質問に質問で返す。
ソフィアは本をパタンと閉じ、遠くを見るような目で小さく息をつく。
「私は、いつも本を読んでいる。だからいろんな事を学んだり、いろんな物語を見てきた。だからこそ自分自身について考えると疑問に思うんだ。『完璧な人生』って何なんだろうって」
「ふーん」
「だからアイの思ってる事が聞きたくなったんだ」
アイリスはよく考える時上を向く。天井を見上げるほどでは無いが少し上に顔を傾け、笑顔で応える
「完璧かは分かんないけど、美味しいもの食べたり、遊んだりして楽しく過ごせたら私的には十分かな〜」
ソフィアは目を閉じ、少し黙り考えた。アイリスの意見を咀嚼しているのだろうか。
「確かにそれも良いね。何か美味しいものを食べた時って幸せだし満たされてる気がする。だけど…」
「だけど?」アイリスは首を傾げた。
「だけど、楽しいだけ良いのかなって思うんだ。私の人生において、『完璧』って、きっとそれ以上の何かを指してるんだと思う…」
「ソフィーは強欲ってこと?」
「なんだか言い方が嫌だな」
「ははは」と笑いながらアイリスは繋げて言った。
「でもさ、荘子って人も気楽にゆるく生きようぜ!って言ってたじゃん」
「そんな感じでは言ってないけど、確かに自由で、無理せず生きるのが理想的だと思う。アイの言った人生みたいにね」
「だったら…」
アイリスの言葉を遮るようにソフィアは続けた。
「でも、そんな風に生きてると「これでいいのかな」って感じると思う」
ソフィアは両手で優しく持った本の表紙を見つめる。
「楽しいだけだと何か足りない気がすると思う。私は何かを成し遂げないと、生きてるからこそその人生に深い意味がないといけないって焦ってるんだよ」
アイリスは思わず笑ってしまう。そんなアイリスにソフィアがムッとした顔をして怒りのあまり机を叩く。
「なんで笑うんだよ!」
「ごめんごめん。なんか、やっぱりソフィーはすごいなーって」
笑った意味をイマイチ理解出来ない返事に眉をひそめる。
アイリスは笑いがひと段落ついて、深呼吸をする。
「きっと今も昔も、哲学者の人ってそういう事をいっぱい考えてたんだろうなーって思ったんだ。私はすぐに満足しちゃうからさ」
ソフィアはため息を吐いて頬杖をついた。
「アイみたいな考えの哲学者もいるよ。エピクロスは欲望を減らして心の平穏を追求するっていう考え方をしていたんだ。私みたいに何かを求めている人にとっては物足りなく感じるけど、アイみたいな人だったらすぐに満足出来るかも。それもきっと、大事な事なんだろうね」
アイリスは驚きと共に目を輝かせてた。
「うおー!それってつまり私もエピクロスって人ぐらい凄いのか!」
「それは違う」
アイリスの顔はすぐにしゅんとした。
グツグツという音を立てている鍋の音が近づいてくる。ミトンをはめたアイリスが鍋を掴んでこちらにやってきたのだ。ソフィアは机の上に鍋敷きを置いた。
アイリスはとりわけ皿を用意しながらソフィアに聞いた。
「でも、その人もソフィーみたいにいっぱい考えたんだったら、同じ悩みを抱えはかったのかな?」
「きっとエピクロスもそういう悩みは抱えたんじゃないかな。哲学者として、理論的に心の平穏を追い求める事が重要だけど、実際もっと深い意味を求めてしまう葛藤に直面するものだと思う」
ソフィアはふと自分の机の上にとりわけ皿がある事に気づく。
「私はいらないぞ」
「でもいつも「少しちょうだい」って言うじゃん」
「見てるとお腹減るんだよ」
「じゃあ一緒に食べよっか」
ソフィアは満更でもない表情で自分の皿に具材を入れた。
ソフィアはアツアツの鍋が冷めるのを待ちながら話す。
「結局、完璧な答えなんてないのかもしれないけど、探し続ける事が人生の一部になってるんじゃないかな」
「じゃあソフィーの悩みはずっと解決しないのか。なんか悲しい」
寂しげなアイリスにソフィアは静かに微笑んだ。
「悲しいことはないよ。結局、誰かが解決してくれるというより、自分で答えを見つけていくものなんだと思う。アイみたいに満足することも大切だし、そうなったら楽になる。それでも私はその先を探し続けたいって思う何かがあるんだろうね」
「なんだか難しい…でも、すごいなぁ。私はお話聞いてるだけで楽しいよ」
「こうやって話すことで少しは楽になった気がするよ」
完璧とはなんなのか。なぜ人は求めるのか。
アイリスは最後の刻まで考え続ける。
ソフィア「キノコ全部あげる」
アイリス「あーまた好き嫌いしてる」
ソフィア「元々お前の鍋だろ」