胡蝶の夢
曖昧な現実
しょんぼりとした表情のアイリスにソフィアが声をかける。
「起きて早々どうしたんだアイ」
先ほどまでアイリスは「おいしー」という寝言を繰り返し言いながら、笑顔で自分の髪をモシャモシャと食べていた。しかし起きてから元気がない。
「絶望したんだよ…」
「絶望?」
「さっきまであんな幸せだったのに夢だという事に!」
「ハァ」というソフィア。とても呆れた表情でコーンスープを飲む。
アイリスの意識はコーンスープに向く。
「珍しい、なんでスープ飲んでるの?」
「悪い?」
「ぜんぜん」
次第にアイリスも同じようにスープが飲みたくなり、裏にあるスープの素をガサガサとあざく。クラムチャウダーだ。
そして作り始める様子をソフィアは覗き見ながらアイリスは話しかけた。
「お前マジか」
「良いじゃんクラムチャウダー」
「だからってルウから作らねーよ。勝手に冷蔵庫から具材入れてるし」
「あれ、ダメだった?」
「良いけどさ。私あまり料理しないし」
「だよね。けど、なんで冷蔵庫いつも色々入ってるの?」
「…関係ないからじゃないかな。描かれなければ無限っていうか」
「?。まぁいいや、ソフィーも食べる?」
「ちょっとだけ」
アイリスが調理しながらソフィアは先ほどの夢について聞いた。
「そういえばどんな夢みたの?」
「あ、そうそう聞いてよソフィー!私さっきまで猫だったんだよ!」
夢の話ともなるとアイリスのよく分からない思考回路に拍車がつく。開始早々意味が分からない。
「猫?」
「そう猫。雲に乗れる猫だったんだ。それでよく分からないけど、いつも雲の上に行ってご飯食べてたなーって思って飛んだの」
「ジャンプ力が凄まじいな」
「それで雲の上に数え切れないぐらいケーキがあったの!」
「まぁ猫用ケーキってあるし…」
「しかも私の大好きなチョコレートケーキ!」
「猫なら絶対食べちゃダメだろ」
「それで食べて幸せ〜って思って、少し昼寝しようと思って寝たら夢だったって感じ」
「へ〜」
アイリスはクラムチャウダーをルウを溶かしながら、グルグルと鍋をかき回す。とても良い匂いがソフィアまで届く。グルグルと回す動きを目で追っている間に、アイリスはある事を閃いた。
「いや、こっちが夢で向こうが現実なのでは?!そしたら現実ではケーキ食べ放題。ふっふっふ、ヨダレが止まらないぜ。ソフィー、ここってもしかして猫の私の夢?」
突飛な質問にソフィアは頭を悩ませる。夢かどうか人聞くか?と思っていたが、ある話を思い出した。
「ここが夢かどうかは知らないけど、どっちが夢でどっちが現実か分からないって話はあるよ。『胡蝶の夢』って言うんだ」
「なにそれ」
「荘子って人は蝶になる夢を見たんだ。夢の中では自分が蝶だと思って飛び回るんだ。でも目が覚めると自分が荘子だと自覚する。ここである疑問が浮かんだ。それがアイと同じ疑問だよ。本当はこっちが夢なんじゃないかって」
「荘子もお菓子いっぱい食べたかったのかな」
「それはお前だけだ」
アイリスは「そっかー」と呟きながらクラムチャウダーを皿に注ぎ、ソフィアと一緒に食べ始めた。アイリスはスプーンで掬い、持ち上げて1口目食べようとしたが、手が止まった。
「じゃあ、もしここが本当に夢だったら、私が何かをしても意味無いのかな...」
ぼーっとした表情でクラムチャウダーを見つめる。クラムチャウダーの真っ白な色は、彼女らの世界を表しているようだった。
「そんな事ないよ」
優しくソフィアは語りかけた。
「たとえ夢だとしても、この世界でした事を覚えてくれる人がいる。少なくともアイ自身がそうだよ」
「それは私だからね」
「そう、夢でも現実でも過ごした時間や経験はアイの中にちゃんと残ってるんだ」
アイリスは少し考え込み、そしてクラムチャウダーを口にした。その美味しさと温かさは体に広がり、彼女の表情も柔らかくなっていく。
「えへへ、おいしいね。このおいしいっていう思う気持ちも残るよね」
ソフィアは少し微笑んで頷く。
「逆に、夢なら夢で気楽で自由に過ごすのも良いかもね」
「たしかに!じゃあ、出てよ〜ベッド!」
しかし、何も起こらなかった。
「そこまで自由な夢じゃないらしいよ」
「んー残念」
美味しそうに2人で、温かいクラムチャウダーを食べていく。
「そういえば、胡蝶の夢の話だけど。荘子は結局明確な答えを出してないんだ」
「荘子も分からなかったのかな」
「いや、どっちかって言うと答えを出さない答えを出したって感じ」
アイリスの頭の上にはハテナが浮かんでいるのが分かるぐらいキョトンとした顔を見せた。
「荘子の考えは道家に基づいているんだ。だから無為自然、疑問を抱えながらも自然に生きようって答えになった」
「んー、なんか堅い言い方。つまり分からないことは分からないで、ゆる〜く生きようよって事?」
「まぁ簡単に言えばそうだな」
「ふーん、でも私はそれで良いな〜」
アイリスはそう言いながら、ホッとしたようにクラムチャウダーをパクパクと食べ進めた。
「みんなもそれぐらいゆる〜く生きればいいのにね。だって夢かもしれないし」
「そうだね」
「あ、じゃあ自由だから先におかわり取ってきちゃおっと!」
そう言ってアイリスは鍋の元へと向かった。
「真っ白な世界。夢か現実か分からない。けど、だからこそ私も自由に過ごすとするかな」
ソフィアは独り言を小さく呟いた。
窓からの景色は、青みがかった黒色だった。
アイリス「ソフィー何か言ったー?おかわりほしいのー?」
ソフィア「私は猫舌だからまだ食べ終わってないよ」