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アキレスと亀と無限

たくさんの休憩とたくさんの疑問で囲まれた世界

「アイは、自分の足に自信ある?」


ソフィアはケーキをフォークで切りながら問いかける。少し小さめのショートケーキ、そこに大きなイチゴが乗っておりケーキが頑張って支えているようで可愛らしい。


「んー、ソフィーよりは早く走れると思うよ」


「お前、いつも余計な一言が多いな」


ケーキを飲み込み、そこに温かいコーヒーを流し込む。心がホッとする甘さと苦さ。


「じゃあ、亀よりも早いと思う?」


アイリスは首を傾げ、ムッとした表情でソフィアを見る。しかしケーキを食べる手は止めない。こちらはチョコレートケーキだ。


「ソフィーこそ馬鹿にしてない?」


「余裕だから途中で寝そうだけどな、ウサギとカメみたいに」


「今までもそんな油断してこなかったでしょ」


「この前コーヒー溢しそうになった時は油断しかなかったぞ」


えへへと笑うアイリスにため息を吐く。


「じゃあ想像して、亀から1m離れた所から追いかけっこをしよう。亀に追い付いたらアイの勝ち」


「準備万端だぜ!」


「想像な。はいよーいドン。アイはあっという間に亀がスタートした場所に着きました」


「追い付いたね」


満足げな顔でケーキを口いっぱいに頬張るアイリス。ニコニコと嬉しそうだ。


「まだ追い付いてないよ。アイが動いた分だけ、遅いけど亀も逃げてるんだ」


「あ、そっか。油断してたなー」


「油断しないと言ったのはどこの誰だ」


ケーキを食べようとしたソフィアの肘がコーヒーに当たりそうになり、アイリスが手を伸ばし抑える。


「ソフィーも油断しない事だね」


「...ありがとう」


殴りたくなるような憎たらしいドヤ顔を無視し、ソフィアは話を続けた。


「アイは追い付こうとする。けどアイはさっきまで亀が居た場所に辿り着いた時には亀も進んでます」


「?」


「こういう事だよ」


ソフィアは紙とペンを用意し、2点で説明をした。それを覗き込むようにアイリスはじっと見て説明を改めてゆっくりと理解した。


「マジか...私は亀に追いつけないのか...」


「論理の中だとね。実際アイは私より早いんだから、亀に負けるはずないでしょ」


「あれ、本当だ」


「これはつまり、無限が関係してるんだ」


ソフィアは紙に無限の記号を描いた。アイリスは変わらぬボーッとした表情でペン先を追う。


「無限に関しては色んな人が議論してる。偉い人達はスイッチが2個点滅させたり、1個の球を分解して同じ球を2個作ったり、無限個部屋があるホテルや髭剃り始めたりした」


「...?」


「まぁ色んな視点で考えれるぐらい無限っていうのは意外と馴染み深いもので、よく分かってないものって事なんだよ。で、さっきの亀の話はゼノンっていう人が唱えたパラドックスの1つで『アキレスと亀』って話」


「ふーん。無限ってそんなに凄いの?」


「お前が今食べているケーキとコーヒーが無限にあったら嬉しいだろ」


「無限ってすげー!」


「(凄さが全然違うけどいっか)」


ソフィアは最後に残った大きなイチゴにフォークを刺し、口に運んだ。甘酸っぱくてスッキリする。


「この話は多くの人が反論をしたんだ。今でも多くの人がしてると思うよ。そもそもゴール地点が違うとか言われたり、時間の概念を取り入れてないとか」


「...実際追い付けちゃうからね。そう考えるとただの屁理屈に聞こえるかも」


「でもポイントはそこじゃないんだ。実はゼノンの師匠だったパルメニデスが『物事は不変なものだ』と唱えた事への指摘だからね」


新しい言葉にアイリスが眉をしかめた。


「今の感覚だと難しいけど、簡単に言えば師匠は今回の話だけ言うと『運動は変化しない』って唱えたんだ。そこでゼノンは師匠の主張が正しいならアキレスは亀には追い付けないと考えたんだ」


「んー。ん?じゃあゼノンって人はその...『アキレスと亀』は違うって言う人だったの?」


「専門分野じゃないから断言出来るわけじゃないけどね...」


「いっぱい本読んでるのにそこは濁すんだね、ソフィー」


「知識には限界があるし、全ての情報が正しいって訳じゃないからね。1番大事なのは鵜呑みにしないことだよ」


ソフィアは目を逸らしながらコーヒーを飲もうとし、既にカップが空であることに気付き手を下ろす。


「それに、師匠の主張を否定した訳じゃないよ。師匠の主張を元に問題を作って、証明出来ないかゼノンは考えたんだ。普通に反論っぽい所もありそうだけど...」


アイリスはへぇ〜と関心がありそうで無さそうな返事をする。


「それでこの問題は具体的にどういうものか、無限級数って言えば分かりやすいんだけど...」


「フッ、分かると思うのかい?」


「無知を誇るな。少し話はズレてしまうかもしれないけど分かるように説明するよ」


「簡単な説明が聞けるなんて得したぜ」


「無知を驕るな」


そう言いながらソフィアは1本の直線を引いた。


「この世界には無理数っていうものがあるんだ。√2とかのことなんだけど、1.41421356...って無限に続くんだ」


「出た無限!」


「アイ、√2cmを書いてみてよ」


そう言いながらソフィアは後ろの棚から定規を取り出した。


「分かった。えーっと?」


「まずは1.4cm引いて」


「はい」


大人しく、指示に従い線を引いていく。とても慎重に。


「そこから0.1mm、そこから0.04mm、そこから...」


「無理!」


アイリスは声を荒らげてペンと定規を放り投げた。


「じゃあ2cm引いてみて」


アイリスは床に落ちたペンと定規を拾い上げ、渋々線を引いた。


「アイ、今2cm引いたってことは引いてる途中で√2cmを通り過ぎたってことだ。約1.4cmだから」


ポカンと口を開け、上を見上げながらソフィアの言ったことを整理する。


「ハッ!本当だ!なんで?」


ソフィアは狙いが上手くいったかのように微笑んだ。


「無限って身近だけど不思議でしょ?今のを長さじゃなくて時間で考えたら『アキレスと亀』でも言えると思うけど」


「ホントだ...スッゲー!もしかして私に眠っていた力が」


「目覚めねーよ。まぁこんな感じに不思議なんだ。簡単に思い付くけど、今もパッと解決出来ないから面白いんだ」


誇らしげにコーヒーカップを手に取ったが、空だった事を思い出して静かに手を離した。


「じゃあこのあと少ししかない食べかけのケーキを少しずつ食べれば私は無限にケーキを食べれるのでは?!」


ケーキの乗った皿を持ち上げて目を輝かせていた。早速ケーキを小さく切り分け始めるアイリスを横目に、ソフィアは席を立ちコーヒーを入れに行った。


「最初から無ければ、終わりも無い。だから終わりっていうのは幸せな事なのかも」


ソフィアは静かに呟いた。

アイリス「ケーキグチャグチャになっちゃった...」


ソフィア「アホか...」

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