赤い薬と青い薬
現実と幻想。無知と幸福。
「『赤い薬と青い薬』って知ってる?思考実験だけど、元々映画で出てきたものが元ネタなんだよ」
「なにそれ」
アイリスが小さく一口、コーヒーを啜る。その瞬間、ソフィアは真剣な眼差しでアイリスを見つめた。
「アイ、この世界は現実だと思う?」
ソフィアはその真剣な眼差しに対するようにゴクリ、と生唾を飲み込み見つめ返す。
ソフィアは握り込めた拳をアイリスに向け、変わらず真剣な眼差しでコチラを見ながら選択肢を与えた。
「ここに赤い薬と青い薬がある。赤はこの世界の真実を知れる。青は真実を知ることなく平穏に過ごす。アイ、真実か平穏か。どっち選ぶ?」
「ソフィー...」
「...アイ、お前がどちらを選ぶか当ててやろう。青だ。別に興味無さそうだし、今はコーヒー飲みたいから真実なんてどうでもいいだろ」
緊張感していた空気が緩む。しかしアイリスその緊張感のあるような雰囲気でコーヒーを飲んだ。
「正解だ...」
「こんな事言われてなんでまだカッコつけれるんだお前は」
アイリスは真剣な眼差しを崩さず、逆にソフィアへと質問をした。
「ソフィー、君はどっちを選ぶんだい?」
「うーん、私は...難しいなぁ。時と場合に寄るかも。」
曖昧な解答につまんなそうな表情をするアイリスに、自分を正すかのようにソフィアは続けた。
「今の自分に満足してたり、余裕があったら青の薬かな。でも、自分が何かに迷って、どうしようもない事態に陥ったら自分の世界は嘘だったっていう、自己の正当化のために赤を選ぶかも。現実逃避を正当化してくれって感じで。」
ふーんというアイリスの興味の無さそうなから返事に、ムッとする。
落ち着かせるためにゆっくりコーヒーを飲む。苦味の中に含まれる深い香りが鼻を抜ける。
「まぁ、こんな感じの思考実験が『赤い薬と青い薬』だよ。私みたいに赤い薬を選ぶ人もいるけど、知識には価値があるって考えたり、無知は一時的な安心だからいざという時危険だった人は赤を選ぶんだ」
「じゃあ私みたいにコーヒー飲みたい人は青ってことか!」
「そんなわけないだろ…。例えば、さっき無知は一時的な安心って言ったけどさ。知識が増えても困る事には変わらないだろうし、ストレスも増えそうで辛い日々を生きるなら今の平穏な人生で良いって人が青を選んだんだって」
「ふーん難しいね」
くあ、という声が聞こえそちらに視線を向けると、窓際の猫は欠伸をし、二度寝を始めた。その姿に微笑みを浮かべる2人。
「ソフィー、難しい事を考えると猫みたいに生きられないからさ。メリットがあっても私は青で良いかな」
「あの子の姿を見るとそう思っちゃうね」
うーんと唸り、少し考えてソフィアが新しく答えを出す。
「さっき私は現実逃避で赤を選ぶって言ったけど、その時自分が必要な知識って、自分の中で欲しい知識しか無かったかも。都合の良いもの欲しさに、全てをひっくり返すような真実はいらないかな。それでアイリスと会えなくなると…話し相手がいなくなるからね」
ハハハと笑うアイリス。それに応えるようにソフィアも微笑んだ。
「じゃあ私たちどっちも青で良いね。変わらない事も良いことだと思うなー。コーヒー飲めないの嫌だし」
「結局それかよ」
そう言いながら、ソフィアは次のページを開いた。