悲惨な過去が巡る日
寒っ・・・。
気付けば吹き付ける風が冷たくなっていた。
この間まで夏だったのに。
俺がこの四ヶ月程度の間に一介の高校生だった事を思い出したよ。
霊に関しても竜に関しても・・・何も無かったなぁ・・・。
いや・・・。
「寒いんですよ」
「私・・・私毎消して欲しいの・・・!!」
突然の冬に、突然の衝撃が舞い込んできた。
屋上に呼び出されたと思ったら、幽霊だった。
禍々しい黒いオーラを放っていらっしゃる黒いワンピースを着た女性だ。
・・・顔が真っ黒?
「幽霊さん」
「なんでしょう」
しかしオーラに似合わず、幽霊の態度や言葉は丁寧で威圧感や、不気味さを感じない。
いや、無。
何もかも無?
いや・・・それとも違う違和感、どこに何を隠しているのか。
と、言う感じで破天荒な日常が急に戻ってきましたね。
「理由・・・聞いても?」
「はい。私は昔、聖職者として働いていました」
聖職者、ねぇ。
まじまじと見てしまい申し訳ないが・・・。
オーラが毒みたいにブクブクと沸き立っているんだよなぁ。
「私は、人の全てを受け入れてきました。苦しみから、悪意から、殺意まで。皆が望のなら全て私が背負う覚悟でありました」
ああ・・・、と俺は眉間に皺を寄せたよ。
「そのオーラ。貴方が発したモノじゃ無くて、貴方が今までに受け入れてきた不満や悪意やらの結晶って事か」
「はい。私は皆の殺意を以て幽霊になった。幽霊になっても尚、私が望むのは、皆の願い・・・けれどもう私も限界・・・」
「怒りそう?」
「私は怒らない!!」
怒ってる・・・!
「今まで留めてきた全部が私の中から溢れ出しそうなの・・・もう・・・抑制が効かない・・・だから・・・」
「だから、消して欲しいって事か」
「はい・・・私が誰かを傷つける前に・・・貴方の力で私を消して欲しいんです!」
いつ広まったんだ、俺の力。誰かが噂流してる?
いやしかし、
「無理」
「え?」
「無理!!!」
俺はいつだって拒否する。
「こんな私辛そうなのに・・・」
「めっちゃメンヘラみたいなこと言うじゃん。無理!」
「それはどっちに対しての無理なの?えーと、この・・・不届き者!!」
「悪口のボキャブラリーが貧困なんだな」
「か弱い女の子なんですよ」
「今は凶暴だよ」
「貴方の辛いことも私が受け止めるから」
「尻拭い結局俺だろ、それ」
「・・・チッ」
聞こえるほどの舌打ち!?
本当に皆の不満受け入れる器あるの?
「本当に駄目なんですか?」
「無理だよ」
何度言ってもどんな姿勢をしても、俺が真面目にそう答えるモノだから、幽霊は俯いてしまった。
「別の方法考えようぜ」
かといって、その状況をどうもしないと言う訳では無い。
「あるの?」
「知らん」
分からんけど。
「・・・やる気ある?」
「やる気だけはね」
「何か案は?」
「今から考えます」
「遅いよ!自分が恨みに呑まれたらどう責任を取るつもりだ!」
「その時考えます!!」
「何でそんな首を絞めるような考えなんですか・・・」
「首を絞める?そう言うのなら君を消す選択の方が俺からしたら辛いんだが。君は善人なんだろ?だったら消す理由はどこにも無い。というか勿体ないだろ、そんな希な存在がこの世から消えてしまうのは。俺は消したくないの!誰も。だから別の方法な」
「・・・」
おっと、幽霊が押し黙ってしまい、気まずくなってしまったぞ。
「てことで考えます。しばし待たれよ」
ちょっと空気が悪すぎる故、足早に勝手口扉から校舎内に戻る。
「あーあ。どうしよっかな」
ノープランでしか無い。
「ねぇ・・・」
「ん?」
人居た!勝手口開けて三段しかない要るか要らないか分からない謎の階段に人立ってた!!
恥ずかし、独り言聞かれてたかな?
ってあれ?
一人で焦って、落ち着いて、まじまじと見ると見覚えのある顔だった。
すんごい無言で見つめてくるな・・・。
夏の公園に集められた時に居た女子の一人。
眩しい方だ。
まあいいや。取り敢えず階段に腰を下ろそう。
君もか、ギャル。
何故俺の隣に座った。
「何か・・・?」
「そう貴方に用があるの」
なんでまたこのタイミング。
「一体何でございましょう」
普通に話しているけどほぼ初対面なんだよな。
そんな彼女が俺に用があるって事は。
「貴方、霊と喋れるのよね?」
だよな。
クラスでは明るく人気のある子だって言われているけれど、俺が彼女の顔を不意に視界に入れる時、その顔はいつも険しい。
だから、いつも気になっていたし、今も真剣に話を聞こうとしている。
「まあ、人並みには?」
「普通の人喋れないのよ」
「あ、そっか・・・」
面白くなっちゃった。
「・・・」
いや、気まずくなってしまった。ここでもか。
まあ彼女から俺に用があるわけだし、彼女が切り出すまで待ってみよう。
「・・・」
「・・・」
「あのぉ・・・」
沈黙に耐えきれず不覚。結局俺から話しかけたのであった。
「どうしたの?」
それはこっちの台詞なんだが。
「幽霊・・・見えるんだな」
「人並みに、ね」
「人並み・・・ね。それで、結局何の用なんだ?」
「今も幽霊と話していたのよね?」
「ああ、そうだな・・・」
「何を話していたの?」
「えっと・・・浄化して欲しいよ~って言うから、無理だよ~って」
「幽霊はどんな表情だった?」
「表情は無かったからあれだけど・・・声の抑揚的には辛そうな感じかな?」
「そうなのね。浄化・・・なんでしてあげなかったの?幽霊が望んでいたのよね?」
すっごい質問攻め。聞いてどうするのかは分からないけれど、彼女の顔は真剣そのもの・・・てか近い。顔近い。
「俺が出来るのは浄化じゃなく、消す事なんだよ。存在をね。あの幽霊は優しいんだと思う。怨念とか恨みとかマイナスの感情を背負いすぎただけ。いや・・・怨霊も、誰かを傷つける幽霊でも消すのは嫌だけど・・・。自分が殺人鬼になる気がするし、悲しい顔するし・・・」
「そうなのね。やっぱり」
やっぱり?
悲しそうな顔・・・。
「どうしたら喋れるようになるの?」
「どうしたらって・・・俺は幽霊を視たときから話が出来ていたからなぁ」
「私は知りたいの・・・幽霊の気持ち。言葉を」
うーん・・・。
天井を徐に見見上げてーーー
「認識かな?」
なんとなぁく、漠然的な直感を言語化して伝えてみた。
「認識」
彼女は一生懸命だ。
聞く姿勢が出来ているので、俺ももう少し説明を頑張ってみる。
「最初の印象みたいなモノだと思うけど。幽霊をどういう存在として見たか、って重要なんじゃ無い?最初に見た幽霊が喋らなかったら、あ、幽霊って無口なんだって、世界を狭めるみたいな、さ」
「固定概念みたいな感じ?」
「ああ、そうかも」
「なるほどね。参考にしてみるわ」
「そうそう」
「それで?」
・・・それでとは?
「?」
「あの幽霊はどうするつもりなの?」
ああ、ちょっと頭から抜けてた。
「うーん。どうしようかなぁ」
「・・・」
何で睨むんだよ、俺を。
「取り敢えず彼女自身じゃなくて、彼女に取り憑いているというか、彼女が背負っている怨念やらを取り除く事が重要だとは思ってる。・・・それをどう取り除くかって話ではあるんだけど」
「彼女と切り離すことは出来ないの?」
睨んでいるのでは無く、真剣なだけだった。ごめんなさい。
「出来るのかなぁ?彼女自身も怨念やらに浸食されているかもしれないからな。その場合、怨念だけじゃ無く彼女毎傷つける事になりかねないかもなって」
「つまり彼女の奥深くまで入り込んでしまっている念を表に取り出す必要があるかもしれないって事ね」
「そうだね」
?
そうだよな?
俺は顎に手を置いて思い出す。
「どうかした?」
四ヶ月前、あの負を結集させた巨大な人型は負の感情から生まれ出たんだよな。
抑圧されて出現して・・・あの巨体苦しそうだったけど、感情全部表に現れてたよな。
「彼女の制御している感情を爆発させれば全部の念を表に出すことが出来るかも。少しずつってのが希望だけど、そう上手くはいかなさそうだなよぁ」
「確かに。感情を抑えているようには見えるものね」
「うん。で、どう感情を動かすか、だな」
「感情は何でもいいの?」
「良いと思う。感情って何か一つ沸き立てば、全感情沸き立つだろ、知らんけど」
「トライアンドエラーをしていくしか無い様ね」
「そう、やるしかない」
「じゃあ、やりましょ」
「え?」
「なによ」
立ち上がるの早っ。てか、そんなキツい目で見下ろさないで。
「いや、乗り気だなって」
「当たり前よ。傷つけるのはもう疲れたわ・・・」
彼女の表情に陰りが見える。
「さ、やるわよ」
「そうだな」
俺も膝に手を突いて立ち上がる。
「どうやって?」
俺の手を滑らすな。
「取り敢えず負の感情じゃない方が良いのよね?」
「運動とか?」
「それ・・・霊には過酷じゃない?」
「・・・確かに」
空気重っ。
「まあでも、身体を動かしていた時の喜びを思い出せる可能性も、ないか?」
「やる価値はありそうね」
ギャルは俺の手を引き、嬉しそうに屋上に戻る。
そして、幽霊に指をさして一言。
「運動するわよ!!」
「・・・は?」
そりゃ呆けた声も出ますわな。
ギャルに幽霊の声は聞こえていないけれど。
それで?
何故に体育館??
子供用のバレーネットを挟んで俺とギャルが対面する。
そして審判が幽霊。
・・・運動しねえのかよ。幽霊。
ここで始まったのは当然バレーと言うわけだが。
「弱・・・」
あまりに俺が弱すぎた。
いや、ギャルの運動神経が突出しすぎているのか?
ラリーすらまともに出来ず、なんならサーブで顔面をボコボコにされた。(絶対狙ってやっている)
何かと戦った時並に身体がズタボロなんだけど。
「幽霊もやる?」
やらんのかい。とんでもない速度の首振りだったぞ。何のための準備だったんだこれ。
「全然駄目じゃない」
「すみません」
何でそんな直ぐ俺を睨むんだよ。お前も一理あるって言ってたじゃないか。
「じゃあ、別の方法ある?」
「その前に片付けなさいよ」
「はい」
ギャルにモップを手渡され、隅から隅まで掃除したのでした。
「次どうするの?」
頭可笑しいのかこいつは。
掃除中、手ぶらでギャルが俺に話しかけてきた。
・・・なんだ、やるのか?
「恐らく幽霊はもと女性。女性って何が好きなんだ?」
「お話とか、お出かけかしら?」
「お話・・・」
「お話でいきましょう!」
盛り上がる気はしないが、ギャルが乗り気なのでお話に決定。
掃除しながらに幽霊と一緒に話す事に。
「最近何かあった?」
俺はギャルにそう振った。そして、ああこいつはやはり変人なんだと理解した。
「幽霊を消し倒したわ!!」
ないわ・・・。
幽霊の目の前でそんなドヤ顔見せつけて。
「・・・」
ないわ。
幽霊顔背けちゃっただろ。
見てみろ、震えてるぞ少し。
俺もどう返事して良いのか分からないだろ。
へぇ、凄いねと言う訳にもいかないし。
ギャルは俺と幽霊の顔を交互に見た。
雑談終了のお知らせ。
ついでにお掃除も終わりだ。
賑やかなのは人に止まらず、木々に絡まったり建物に装飾された電飾も。
辺り一帯にはクリスマスの雰囲気が漂っている。
学校から少し歩いて、教会を曲がったらもう直ぐ繁華街。
「お・・・雪」
「この時期に雪が降るなんて分かっているのね、天気。ま、私たちには関係の無い話だけれど」
「景色・・・ホワイト・・・じゃないしな」
俺達が見える景色が綺麗な電飾と真っ白な雪景色だと思ったら大間違いだ。
幽霊が・・・怨念が・・・黒い気が・・・。
「そうね・・・」
二人同時にポケットに手を突っ込み、他愛も無い話をして歩く。
幽霊はその背後から着いて来ていた。
「そこに入りましょう」
繁華街に踏み込んで直ぐの大型ビルに指を指すギャル。ってもう足がビルに吸い込まれてるわ。
俺に拒否権は無いのかい。
「入ってどうすんの?」
入りながら聞いても仕方ないけど。
「どうって、お出かけするのならプレゼント交換でしょ!」
当たり前でしょ、何言ってんのみたいな顔されてもその常識知らないんだが。
「お金持ってないぞ?」
「私が買ってあげるわよ」
堂堂たる姿勢、男よりも侠気の在る台詞。
それには格好良さを感じざるを得ないが、それに隠れて忘れてはいけない。
それはプレゼント交換と言わないのでは?
「幽霊さんは何が好きなの?」
「私・・・指輪」
「なんて?」
「指輪だって」
俺通訳みたいになってるしーー
「「重くね」」
声が重なった。
だよね、そう思うよねー。
「さ・・・プレゼント探しましょー」
「そうだなー」
今のはなしなし。聞かなかったことにして、っと。
俺達が棒読みと言う名の迫真の演技を魅せた事もさておいて。
それぞれがそれぞれでビル内を散策しプレゼントを探す事に。
人混みは苦手だ。感情の波や人の気で吐きそう。
俺と同じ体質の筈のギャルは何故あんなに張り切って動けるのだろう。
この状態で、しかもプレゼントなどしたこと無い男子一名。一人で散策。
難易度の高さが雲仙普賢岳くらい。
幽霊を喜ばせる為、しっかり考えたいし、良い物を買いたい・・・と言う気概だけはある。
しかし、気概だけではどうにもならないもので。
色んなお店を入っては出て、物色してと繰り返して・・・もう限界。
脳みそがパンクしそうだし、身体を動かすのも辛いし。
どうしたもんかなぁ・・・。
お洒落な洋服屋さん・・・。
洋服は好み出るし・・・って、そもそも幽霊に併せらんないだろ。
左手にはお洒落なコーヒーショップ。
コーヒー苦手なんだよな、俺。
二階のアクセサリーショップは・・・。
お。
一つ。
入って直ぐの所に良さそうなモノ。
幽霊、指輪が良いって言ってたしな。
これならまあ・・・ギリだろ。俺の体力もギリだし。
決まりだ。
よし、休もう。フードコートにでも座っていよう。
フードコートへの移動は今日このショッピングモールを散策した速度の数十倍速かったと俺は語っておく。
「あれ?もう見つけたの?」
・・・同じ袋。
声の主より先に目に入った購入品。そしてから顔を上げるとギャルの顔。
ほぼ同じタイミングでフードコートに着いて同じ場所を選んだようだ。
「まあ、直感だけどな」
「私もよ」
「幽霊は・・・」
居るな。既に居る。
「予定集合時刻より大分早いけど丁度良いね。どちらのプレゼントが良いか、選んで貰いましょう」
「だな」
ギャルは俺の隣に座り、幽霊が机を挟んで俺達の前に立った。
同じ包装紙に入ったプレゼントが二つ机に置かれる。
「同じ袋ね・・・」
「・・・うん」
誰もがもうお察しの通りなのかも知れない。
ギャルと俺の目が合う。
「同時に出すか」
「そうね・・・」
「「せーの」」
同じ箱・・・しかしまだ分からない。
正直な感想。もう面白い。
俺もギャルも目を何度もみ合わせ、笑いがこみ上げてくる。
「「まだ分からない」」
ハモるな。笑みが零れるだろ。
もう一度、「「せーの」」のかけ声で中身を幽霊に魅せた。
箱の中身は何じゃろな。
その答えは、指輪の着いたネックレス。
x2。
「だろうな!!」
分かり切っていた答えに声のボリュームが大きくなる。
「しかも同じ色?」
「ほんとね!」
結構な種類あった中でこれかい。
「「そんな被る??」」
どこまで被るんだよ!
「ふふふ」
「はは・・・」
駄目だ、限界だ。
二人の顔を見合わせるタイミングもまた同じ。
それはもう腹を抱えて笑うタイミングだ。
「いつまで被ってんだよ!!」
「私達、初めて喋るくらいの仲なのにね?」
二人は幼い子供の様に屈託の無い笑顔を見せた。
・・・幽霊は。
・・・幽霊は何を考えているのか・・・。
取り敢えず俺達二人をジーーッと不動で見ているが。
いや、二人の笑顔もだが、指輪を含めその光景を凝視している様だ。
その時、幽霊の中で記憶が一つ、蘇っていた。
それは雪の日。一生の中で最も幸福だった日。
最愛の人と教会に居る。私は笑顔を振り撒き駆け回る子供達。
リフレインした。この光景に。
今日一日の行動に。
それ=感情の波の最高潮。
幽霊が抑制していた箍が・・・外れる。
「ああ・・・」
「幽霊??」
突然の呻き声に震える身体。
俺はそんな異変に幽霊に近づくが、
「ああああああああああああああああああああ!」
館内に響き渡る程の奇声に行動を制限された。
「な、何この音!!」
耳を塞いでいないと辛すぎる。
幽霊は突然天を仰ぐ。そして、顔面がガバッと大きく開いた。
幽霊は感情を溜め込んでいた。それはどこからかと言ったら体内全域から。
即ち、開けた口からとんでもない怨念やら感情やらが禍々しい闇と化して現実に勢いよく溢れ出したのだ。
刹那。
ビル全体が一時的な停電を起こした。
「どうなっているの!?」
そんな俺に肉薄されても。
「知らんよ。・・・多分感情爆発しちゃった」
「今の状況、そんなドジっ子みたいな軽い感じじゃないわよね!?」
暗闇で何も見えないし、どうもせざるを得ないし、仕方ないじゃん。
周りにいた人々が静かにざわめく頃、アナウンスが入り、ライトが点灯した。
しかし。
「あれ?居なく無い!?」
幽霊の姿がそこには無かった。
「ええ!?」
「どうするのよ!」
ギャルは随分と焦燥しているが、俺は落ち着いている。
久々に見えたな。
「・・・糸を辿るから安心しろ」
「糸?」
そう、糸。
四ヶ月前に辿ったあの糸。
どういう訳か重要で必要なときに必ず現れるんだよな。
「迷子になったり、人を探すときに現れるんだよ」
「成る程。ストーカーが出来るって訳ね」
「全然違うよ?」
本日の糸は紫色でとっても細い。手で簡単に引き千切れそうだ。
糸はビルのガラスを貫通して外まで伸びていた。
「分かり易いわね」
ギャルがそう言うように糸が指し示している目的地は分かり易いにも程があった。
目的地の建物が主張している。私が目的地ですよ!って。
いやしかし、それはもう建物と呼べる代物では無いぞ。
恐らく教会のあった場所だが。
先程幽霊の口から飛び出した闇が教会を丸ごと包み、紫色のドーム状になっている。
なんて分かり易いんだ。
「あれ全部感情なのかしら」
「恐らくな」
「一人であれだけのモノを押さえ込んでいたのね」
「行くか」
「そうね」
俺達は心には余裕を持ちながら、しかし足取りは速めながら教会へと向かう。
「痛っ」
「何してるのよ」
「ごめんごめん」
転けたわ。
急に気合い入れて、身体動かすから。
糸を辿ると教会。
の裏手にある墓地に着いた。
沢山の幽霊が逃げ惑っている・・・。
ドーム状の闇から涙の様に流れるドロドロの液状の触手に似た何か。
それが幽霊が逃げ惑う理由。
あの紫色のドロドロは自分を流れ地面を伝い、ゆっくりと幽霊に向かっている、かもしれない。
「おっと」
そのゆっくりさに餌食になる奴はいないだろなんて高をくくっていたが、俺の目線の先で幽霊の一体がドロドロから逃げ遅れていた。
まずい!
そう思うのが一瞬遅れたが、大丈夫そうだ。
隣に居た筈のギャルが既に幽霊とドロドロの間に割って入っていたから。
ギャルは腰に手を当て、抜刀するようなモーションを行う。
腰には何も無いけど??
腰辺りを見ても、刀も何も持っていない。
しかし、ドロドロには一刀両断された様な綺麗な断面図が出来ており、ギャルの手には、いつの間にか日本刀が握られていた。
「sだj;あふぁ:fけあjふぁぽf;あ!!!!!!」
意味の分からない言語で叫ばないで欲しい。
五月蠅い!!
先程同様、咄嗟に耳を塞いでしまう程の断末魔。
触手を斬られたことに寄る悲鳴か?
ギャルは刀を苦虫を噛み潰した様な顔で睨む。
触手の悲鳴にギャルの刀との関係性が?いや、今はそんなことを気にしている暇はないな。
ギャルの背後からドロドロの魔の手が襲いかかる。
ギャルはそれに気付いていない。
ゆーっくりと動く触手。なのにも関わらず幽霊が逃げ遅れた理由はここにあった。
触手の量がとんでもない事。そして、音沙汰も無く視界から忍び寄る事。
「気をつけろよ」
今回は俺が気付いていたから良かった。
「え?」
そして、上手く身体が反応してくれたおかげで、お姫様抱っこが出来た。
ギャルからしたら困惑の嵐だろう。
距離の離れた場所から急に接近されたら誰でも怖い。
「へ?何?何が?」
「あ、やばいかも」
「へ?何?怖いわよ!?」
「止まれないかも!!」
ギャルをキャッチしたのは良かった。しかし、その後のことを考えていなかった。
俺の身体可笑しいんだよ。
勢い余って、墓に突っ込んだ。
また墓壊しちゃった。
「いってぇええええ」
墓にぶつかった衝撃でギャルを手から離してしまった。
あ、ギャルが宙を舞って墓に頭ぶつけてる。
「頭打ったんですけど!?」
大丈夫そうだね。
「ごめんごめん」
「一体全体、何が起こったの!?」
四ヶ月前、あの巨体を倒してからと言うもの身体に異常が出ているのだ。
動作一つが軽過ぎるというか、強過ぎるというか。
要は身体能力がバケモンなんだ。
そしてそれを制御出来ない。ないし、制御が難しすぎると言う。
力を入れれば全力、抜けば脱力という極端な身体を手に入れてしまったのだ。
バレーボールも先程転けたのも全部その所為だ。
しかし、今のはその身体のおかげでギャルを助けられた。
超スピードでギャルの元へ飛んで、お姫様抱っこでキャッチ。
その後の事を考えていなかったからスピード緩められずに墓に突撃しちゃったけど。
「痛い」などとパッションで言ってしまったが、全く身体が痛くないのも意味が分からん。
別の墓に手を置いて立ち上がろうとしたが、墓がまた折れた。
「何やってんのよ」
「いや、なんともならんのよ」
自分を支えられるのは自分だけ。
膝に手を突き起き上がろう。
そう思った瞬間だった。
「うっ・・・」
心臓が・・・痛い・・・?
いや、痛すぎる・・・立っていられない程には痛すぎる。
「あいつ・・・再生の力まで・・・」
おーい、ギャル。後ろで一人倒れてますよ~。
俺がギャルの向いている方向の反対、背中側に居るから、ギャルの視界には再生する触手しか見えておらず、痛みが増して立ち上がれない恐怖を味わっている俺を見てくれていない。
「うぅ・・・」
「!?大丈夫!?」
あ、ちょっとオーバーな呻きに気付いてくれた。
そして近くにまで。
「いや、心臓が痛すぎて・・・」
「立ち上がれないほど!?・・・って貴方、肩に怪我なんてしてた?」
「・・・え?」
確かに肩に何かが擦った痕がある。
そして、その擦った方向の延長線上、背中側にドロドロの一部が付着していた。
つまり心臓に痛みを感じるのはアイツに触れられた所為??
ああ。ならまあ・・・。
「大丈夫です」
「どこがよ!!」
心配無用。
霊障やら怨念やらにはめっぽう強い事はお忘れではないだろう??
あ。でも・・・。
「水持ってる?」
「ないわよ」
「・・・やっばいかも」
「どっちよ!!」
そうだ忘れてた。俺、水ないと無敵じゃなくて無能だった。
いや、まて・・・。落ち着け。
今水がなくてもいけると思っていたのは、あの時、水なんて要らなかったからだ。
そうあの巨体の中に居た時。
出会ったあの人が肩から力を流してくれた時だ。
身体全身に流水が巡るような、そして流水が徐々に熱を帯びて沸騰するようなあの感覚。
肩から・・・。
深呼吸だ。
腕に駆けて・・・全身に水を流して・・・。
全身が熱い。汗が噴き出る程だ。
指先に伝った。
更に温度が上昇する。
ああ、この感覚だ。
指先でしか浄化は出来ない。だから俺は、指先をゆっくりと心臓に充てる。
「大・・・丈夫なのよね?」
俺が指先を充てると言う事、それは絶対的で完全なる消滅を意味する。
痛みはすんなり引いて、何度深呼吸をしようが荒かった呼吸が正常に戻った。
「大丈夫」
何事もなかったと言っても過言ではない。
今度こそ、「よいしょ」と膝を手に当てて立ち上がる。
「さ。それであれをどうするか・・・だよな」
「刀で切っても再生。あれに触れたら身体の内部に悲痛なダメージ。やりようがあるのかしら。・・・全部を浄化した方が早いんじゃ・・・」
「駄目だ」
「即答に頑なね。私だって本当はそれだけは避けたいけれど・・・どうにか出来るの?」
「どうにかするの!!!」
「座ってんのね、肝。嫌いじゃないわ」
・・・体言止め?
「感情が表に・・・あのドーム状が全部怨念やら負の感情だとしたら、その中にあの幽霊が引きこもっている可能性があるよな」
「あり得るわね。けれど、あれと同化している線もある」
「あるなあ・・・。でも一旦、切り離す体で動きたいな」
「私の刀で切り離す?」
「出来たらやって欲しい」
逃げ惑う幽霊を守りながら、触れた瞬間に胸の痛みを消しながら、会話するのって大変だな。
身体のコントロールもままならないし。
平然とそれをやってのけるギャルってマジ凄いって感じ。
触手の切断による断末魔に何度も顔を歪ませてはいるものの、幽霊の一体も触手に接触させていない。
「でもどう切り離すの?本体が見えないと、私たちが無謀に飛び込んでも、心臓が逝かれてお陀仏よ?」
「そうだな」
そうなんだよ。でも、さっきから何か・・・こう違和感があるんだよな。
「俺だけ・・・触手に襲われてなく、て・・・?」
俺が心臓の痛みを消した後の数分、何度か触手と交わる事はあったが、それは触手が意図してと言うよりかは、俺が勝手に幽霊の前に飛び出して喰らっているだけという感じだ。
ギャルの方を見る余裕どころか、解説する余裕もあったし、触手と幽霊が少し距離のある所で俺が割って入ると俺を迂回して幽霊だけに襲いかかっている気がするし。
俺、綺麗だもん。
何回も消される覚悟なのに、純真よ?
「あんた・・・状態良いわね」
そう思われるくらい。だってギャルボロボロのドロドロだもんな。
「しらんがn・・・まって」
俺がこいつらの能力を受ける前は俺を襲って、俺が心臓の痛みを消した後、俺を避けるようにって・・・。
つまり?
俺の消す力を恐れてる??
「いけるかもしれないぞ」
「?」
「俺に心臓の痛みを消されて、怯えて寄ってこないんだよ、あいつら」
「自分が消されるかもしれないって言う危惧かしら」
「かもな」
「じゃあやりようがありそうね」
どうやらギャルも理解したようだ。
俺から逃げるなら、俺からドーム状に突っ込んでやれば良いじゃないか。
勝手に避けてくれるって事は、幽霊の元に案内してくれるのと同義。
それは思った通りだった。
悉く触手は俺を避けていく。
ドーム状のそれも同じだった。
俺が歩けば、入り口を作り、通路を作り。
モーゼのようだぜ!
俺とギャルが居ない間、幽霊達には逃げ惑ってもらって。俺らも足早に動くから。
「凄いわね」
ギャルは俺の後ろをぴったり着いて来ていた。
歩きづらいわぁ。
「気持ち悪いわね・・・」
それは視覚的にも体調的にも。
どちらかが吐いても可笑しくないし、目を背けても可笑しくない。
「あっ!居た・・・」
幽霊を早々に見つけたのはギャルだった。
俺の目では未だ見えていないが・・・。
ギャルが指を指して教えてくれるが・・・やっぱ見えないよ。
「あれ!?」
驚いた。さっきまで目の前には居なかったのに。急に目の前に現れた!!
幽霊はその場に脱力し、項垂れて動かない。
怨念と幽霊の境は分かり易く、背中から密集した蜘蛛の糸のようなモノが幽霊から怨念へと放出を続けている。
さて、ここまで分かり易ければ切断できるだろう。
ギャルも俺が何も言わずとも刀を構える。
未だ出続ける怨念だ。幽霊の中には未だ怨念は残っているが、それはまあ置いておいて。
ギャルは幽霊の肩に手を触れ・・・。
固まった?
あれ?
「動かなくなってる」
時間停止でも受けたかの何をしても(何もしていない)動かない。
ギャルが異世界に行ってしまった?
・・・。
この間の出来事をギャルはこう語る。
幽霊に触った瞬間なんだけどぉー。
・・・ギャルに怒られたので真面目にやります。
彼女に触れた瞬間、ギャルは幽霊の過去を覗いたんだと言う。
雪の日。教会に幽霊と一人の男が居た。
男は殺人鬼だと語る。
そして、幽霊の家族を皆殺しにしたと懺悔する。
そして、
「私は貴方も殺したい」
殺人鬼は幽霊も殺す気だった。
殺したい理由は分からない、ただ殺したいその気持ちを幽霊は笑顔で受け入れた。
彼女はそうして人生を終えた。
・・・なんで!?!?
そう拳気を強く握るギャル。
何で・・・自分の命をそんな軽々しく・・・!家族も訳分からず殺されて、なんでそんな笑顔で入れるの!?
「なんであなたは・・・」
死ぬ寸前、殺人鬼が代弁してくれたかの様にそう聞いた。
「私が・・・そうしたいから・・・。自分の幸せは、誰かが幸せであること。貴方が殺して幸せになれるのなら、私は喜んで死を選ぶわ・・・。私は貴方が嬉しいと嬉しいのです・・・」
「「わからない」」
本当に?
殺人鬼と同じ言葉を吐きはしたけれど・・・。
死後、幽霊になってすら同じ行動を取る。
誰かの苦しみを受け入れ、悲しみを受け入れ、罵倒を受け入れ、ずっと笑顔で・・・。
結局、笑顔を失った訳だが。
人が辛いのが嫌・・・誰かが辛いのが辛い・・・誰かを悲しくさせるなんて・・・嫌・・・!嫌なのに・・・。
それなのに・・・。私の行為は、「嫌」の塊。
嫌だと思えば思うほど・・・嫌が溢れてくるの。
幽霊は心の中で泣いていたとギャルは言う。
そしてギャルは自分の過去も思い出す。
霊は悪だ。
昔から変わらない感情と気持ち。
だから私は幾度となく霊を消した。
過去を辿って辿って、辿って――
消した過去をずっと辿った場所に居たのは、唯一の友達・・・だった女の子。
神社で二人。私は願った。
二人でずっと仲良く、と。
しかし、無慈悲にもその仲はその時、その一瞬で切り裂かれた。
願いを否定するように。
友人は私に牙をむいた。
「きゃっ!!」
友人に身体を強く充てられ、その衝撃で尻餅をついたギャル。
そんなギャルが見たのは、腕をも足のように扱う獣の様な友人の姿だった。
「・・・あっ!」
友人はギャルを警戒して距離を取り、獣の如く人気のない森へ入り、行方を眩ました。
後日、友人は霊に取り憑かれたと知った。
そして、そのまま帰らぬ人となった事も。
友人どころか家族も居ないギャルにとってその人は、家族同然で唯一無二の存在だった。
そんな状況で、霊や神、そう言った存在に憎悪を燃やすなという方が難しいだろう。
しかし、対象の霊ではなく、霊そのものへ憎悪を抱いてしまった事は過ちだった。
振り返れば、私、迷子だった。
「分かっているのよ・・・」
?
ギャルが急に呟いた。
「分かったのよ」
「??」
「私が友人を失ったように、幽霊も私に・・・」
親友の為?そんなんじゃない。私のやるせない感情の為だ。
断ち切りたい。
憎悪にまみれて、何も見えていない自分を。
ギャルはその思いと共に、幽霊と怨念を繫げる糸目掛け、刀を振るった。
刀がコツンと床に当たる音がした。
それは、幽霊と怨念の繋がりを断ち切った音だ。
先程も言った様にこれで全ての怨念が彼女の中から消えるわけではないが、それでも最初の状態より、幾分かマシになっただろう。
そして、ここからは俺の出番だ(一瞬だけど)
断ち切られた糸を右腕で掴む。
感覚も掴んでいる。だから大丈夫だ。
・・・ほら。
もう消えた。
暗雲のような紫がかったドーム状の何かは消え去り、青空が一面を支配する。
項垂れてはいるが、幽霊も無事。
上手くいったな。
一部を除いて。
「ははっ!そいつ凄ぇじゃん!!!」
誰だ?
俺もギャルも喋っていない第三者の卑しい笑い声。
そいつはいつの間にか幽霊の首を片手で掴み、持ち上げていた。
意地悪そうな顔をしている。・・・ああ、見覚えのある、あの。
それはギャルにとっても馴染みのある顔。
しかしギャルは顔を見ていなかった。だから、幽霊の危機と悟って刃をそいつに向かって振るえた。
「おっと・・・。危ねぇなぁ。昔の恩を仇で返すたぁ、いつからそんなに愚かになったんだぁ!?」
「!?」
危機馴染みのある声、そして、顔を上げてやっと気付いたようだ。
「師匠・・・」
ギャルは震えた。
「少し調教が必要か?」
男の腰にはギャルと同じ刀だ。
男は腰に手を掛け、容赦なく抜刀する。
矛先はギャル。しかしギャルは身動きが取れなくなっていた。
どうやら上下関係が身体に刻まれているようだ。
ま、関係のないことだけど。
「俺のこと覚えてるか?久しぶりだな」
「・・・!?」
俺にはな。
ギャルに向かって横一線に抜刀された刀。
の手首を掴み寸での所で止めた。
良く上手くいったモノだ。
「・・・は、ははは!おお!!誰かと思えば無能の兄貴じゃないか!!」
「あ・・・兄???」
ギャルは呆気にとられていた。
「お前がこいつに何かを吹き込んだな?・・・いや、お前は霊が見えなかった筈だ。まさか・・・我々家族に嘘を?いや、どうでも良いかぁ・・・。金にならない男は無価値。ここで死ねっ!!」
手を自分の身体の方に寄せ、俺の手を振り解く。
そして、刀をもう一度横に振るう。
俺は、天高く飛んでそれを避け、弟と距離を取る・・・取り過ぎた・・・。
「大丈夫か?」
「ええ・・・」
「無理すんな」
完全に放心状態で、目が据わっていない。
ギャルにこれ以上頼るわけにはいかないな。
「え?」
「刀借りる」
俺は今にも落ちそうなくらい緩く握られていた刀を手に取った。
「なんだよなんだよぉ。兄貴。いつからそんな攻撃的になったんだぁ!あの時は反抗の一つも出来なかったのに・・なぁ!!!」
何でそんな嬉しそうに言うんだ弟。
弟の身体能力も馬鹿げているな。
取り過ぎた距離が一気に縮まる程には。
俺は刀を下から振り上げる弟に対抗する様に、上段から刀を振り下ろす。
「「!?!?!?」」
二人の剣が交わり、火花が散った時、その場に居た全員が目を見開いた。
閃光手榴弾でも放たれたかの様な眩い光が、交わった刀の中心から俺達の視界を包む。
「何をっ・・・」
俺が聞きたいんだが!!
至近距離に居る筈の弟の声が遠のき、フェードアウトしていく。
光が強すぎて目が開かない。
瞼の裏からでも感じる光が消滅するのには数分を要した。
そして次に目を開けた時、視界は当然ぼやけていた。
そんな目を擦り、フォーカスを合わせて驚いた。
「銀・・・世界!?!?」
一面雪のレンガを基調とした西洋風の街だったから。
「・・・はぁ!?」