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■第九話 コボルトの洞窟

 ――ガルヴァイスと名乗るそのコボルト曰く、アルゴス山脈の亜人種は一枚岩の集団ではなく、大小合わせて百前後の部族の寄せ集めなのだという。


 人類側は『敵対する亜人の集団』で一括りにしているが、実際は全ての部族が仲間同士というわけではない。


 この辺りは人間の国々と同じだ。


 協力して異種族と、つまり人間と戦うこともあれば、亜人の間で争うことも珍しくない。


 そして彼らの一族であるガル族は、犬型の獣人を中心とした集団に目をつけられ、執拗な攻撃を受け続けていた。


 僕達が入り口で戦った連中もその構成員だ。


 現状だと勝ち目は全くないが、このまま一方的にやられ続けるわけにはいかない。


 追い詰められたガル族は、ある大胆な作戦を思いつく――


「おネガいします! オレたちとトリヒキをしてください!」

「取引?」

「ニンゲンのブキがホしい! ヨロイがホしい! それさえあればタタカえる!」


 ――この作戦を思いつくきっかけになったのは、洞窟に迷い込んだサブノック要塞の偵察部隊だったという。


 彼らが身につけていた装備さえあれば、獣人達に抵抗することができるに違いない。


 そう考えたガル族は、人間と接触する機会を伺い続け、そして遂に僕達が現れた――ということらしい。


「魔導師殿、いかが致しましょう」


 ガルヴァイスの事情説明が終わったタイミングで、ホタルが僕に耳打ちをしてきた。


「少なくとも、この洞窟のコボルトが獣人と敵対している……それは間違いないはずです。洞窟の入口に武装した獣人がいた件にも説明がつきます。我々の来訪は予測不能だったはずですから、騙すための演技ということもないでしょう」

「どうしますかって聞かれても、僕が決められることじゃないと思うんだけどなぁ。亜人との取引だろ? 権限もないのに返事なんか……」


 ホタルと小声でヒソヒソ話していると、ガルヴァイスは焦った様子で懐から何かを取り出した。


「これ! タイカはこれです! ニンゲンはホしがるってキきました! ホカのイロもたくさんあります!」

「……っ! そいつは……!」


 深い赤みを帯びた半透明の石。間違いない。火属性の魔石だ。


 僕がこの洞窟を訪れた本来の目的。魔導器の動力源とするための魔石の確保。


 まさかこんな形で発見してしまうなんて想像もしなかった。


 ――いや、ただ魔石を発見できただけじゃない。


 魔石を取引の対価にするということは、コボルト達が採掘して人間側に渡すということだろう。


 つまり『鉱脈があるのは亜人の勢力圏の真っ只中なのに、一体どうやって採掘をするつもりなのか』という、これまでずっと先送りにしてきた問題を解決できるのだ。


「……悪いけど、僕の一存じゃ返事はできない。だから一度引き返して、こっちの偉い人に相談してみるよ。それでも構わないかな」


 逸る気持ちを抑えて、どうにか冷静な返答を絞り出す。


 本音を言えばこの場で了承したいくらいだったけど、いくらなんでもそれは拙い。


 後で大問題になること請け合いだ。最悪、首が飛ぶかもしれない。物理的に。


「あ、ありがとうございます! おネガいします! これで『メガス・キーオン』のヤツらとタタカえます!」

「だから気が早いよ。まだ決まったわけじゃないんだから。それにしても、一体どこで人間の言葉を覚えたんだ?」


 これはただの知的好奇心からの質問だ。


 言葉を覚えた経緯を突き止めて云々、なんてことは微塵も考えちゃいない。


「ジュウジンにオソわりました。ニンゲンとトリヒキするなら、やっぱりコトバをオボえないと!」

「獣人から?」


 ホタルが怪訝そうに眉をひそめる。


 そこにすかさず、クレナイが解説を加えた。


「半獣のことでしょ。顔は人間だから獣人社会では爪弾き。手足は毛むくじゃらで爪も牙も鋭いから、私達みたいに人間社会には溶け込めない。そういうタイプの獣人は、生き残るために何でもするの。コボルトに言葉を教えて日銭を稼ぐ奴もいるでしょうね」


 不快感を噛み殺しているような声だった。


 今の流れの一体どこが、クレナイの神経を逆撫でしたのだろうか。


 何となく予想はできるけれど、断定はやめておこう。


 クレナイも軽々しく踏み込まれたくないはずだ。


「と、とにかく。今回は一旦話を持ち帰るということで。それでいいかな? 個人的には大歓迎だから、偉い人を説得できるように、できるだけ頑張ってみるよ」

「は……はい! よろしくおネガいします!」


 繰り返し頭を下げるガルヴァイスに見送られ、僕達はひとまずガル族の洞窟を立ち去ることにした。


 さて、もう寄り道をしている暇はない。


 まずはサブノック要塞のレオン司令に報告。

 その次は、マクリア地方の領主に話を持っていくことになりそうだ。


 きっと領主も驚くに違いない。

 派遣された魔導師がようやく挨拶に来たかと思ったら、コボルトとの取引なんていう、とんでもない案件を持ち込んできたのだから。


 そんなことを考えながら、往路と同じように三人乗りの魔法の杖で低空飛行をしていると、一番後ろのホタルが真ん中のクレナイに話しかけてきた。


「『メガス・キーオン』だったかな。文脈から察するに、ガル族と敵対しているという獣人の組織名なんだろうけど、君とも関わりのある集団なのか?」

「何? どうしてそう思ったの?」

「コボルトが『メガス・キーオン』という名を口にした瞬間、妙に辛そうな顔をしたように見えた。それが理由だ。改めて尋ねるが、お前とメガス・キーオンとやらの間に、一体どんな関係が……」

「……その質問、何か意味ある?」


 クレナイの声は露骨に刺々しかった。


 現状、クレナイは僕の背中にしがみつく形で杖に乗っているので、僕の視点からでは表情を窺うことはできない。


 だけど、不機嫌な顔をしているのは間違いなさそうだ。


「関係があってもなくても、どっちにせよ『ない』って答えるに決まってるじゃない。亜人のスパイみたいに疑われたくないんだから。いくら獣人だからってさ」

「い、いや、そんな風に疑っているわけでは……」


 想定外の反応に焦るホタル。


 クレナイはむすっと押し黙り、ホタルとの会話を打ち切ってしまった。


 ……気まずい。とても気まずい。


 ホタルの質問は確かに不用意だった。

 本人にはそんなつもりはなかったのかもしれないが、あれでは亜人側との内通を疑って追及しているように聞こえてしまう。


 けれど、クレナイの態度もさすがに過剰だ。

 疑われたと感じて不愉快になるのは分かるけど、こんな風に突っぱねてしまったら弁明も何もあったものじゃない。


 僕は杖の飛行速度を精一杯に上げながら、二人の不器用さに嘆息するのだった。


◇ ◇ ◇


 サブノック要塞に到着してすぐ、僕は一連の出来事をレオン司令に報告した。


 幸いなことに、司令は驚きながらも僕の意見に――コボルトのガル族との取引を行うという案に賛同を示してくれた。


 現状、この要塞で雇われている魔法使いは二人だけらしい。


 どちらも戦闘特化の傭兵的な連中で、戦闘以外の魔法の需要には全く応えられていないそうだ。


 もしも魔導器が実用化したなら、すぐにでも要塞の設備に採用したいので、魔石は潤沢に確保しておくべき――それがレオン司令の返答だった。


 司令の賛同は得られた。

 次に必要なのは領主の許可だ。


 とはいえ、さすがに相手が相手だ。事前連絡もせずに押しかけるわけにはいかない。


 レオン司令がその手続きをしてくれている間に、僕は要塞の一室を借りて、領主に見せる資料の準備を進めていた。


 そんなときだった。ホタルが神妙な表情で部屋を訪ねてきたのは。


「あの、魔導師殿……個人的な問題で申し訳ないのですけど、折り入って相談したいことが……」

「来るだろうと思ってたよ。クレナイが怒った理由を知りたいんだろう?」

「……参りました。魔導師殿に隠し事はできませんね」


 困ったように目を伏せるホタル。


「恥を忍んでお願いします。どうすればクレナイとの関係を改善できるのか、助言をいただけないでしょうか」

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

 

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