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■第八話 アルゴス山脈(2)

 僕がマクリア地方に到着したとき、ちょうどクレナイは野生の狼に追われていた。


 またあんなことが起きたときに使える魔導具を――そう思って作ったのが、この使い捨ての威嚇用魔導器だ。


 コンセプトは単純明快。

 爆発、つまり熱と閃光と炸裂音で相手を驚かせるだけだ。


 本体が筒状をしているのは、最低限の爆発でも効果を得られるようにするため。


 試作中は爆発が小さくて効果が薄かったり、魔石を増やしすぎて重くなりすぎたりと大変だったが、とりあえず実用レベルには盛っていくことができた、といった状態だ。


 これだけでも獣を追い払うには充分だし、人間相手でも不意打ちで使えば優位に立てるだろう。


 まだまだ作りが荒いのは百も承知。ここからどんどん改良を重ねていくための叩き台だ。


「お見事です、魔導師殿。近接戦闘も卓越しておられるとは」

「そんな大袈裟な。護身術もアカデミーの必修科目だっただけだよ。これくらいは魔導師なら誰でもできるさ」

「ご謙遜を。ところで、あの亜人がコボルトなのですか?」


 ホタルの口から予想もしない質問が飛び出してきて、思わず面食らう。


 何と返答すればいいか悩んでいると、クレナイが僕と同じ疑問を言葉にしてくれた。


「何言ってるの? どう見てもただの獣人でしょ」

「獣人? 君とは似ても似つかない外見をしていたが」

「私もあいつらも種族は同じよ。要塞の騎士ならこれくらい分かって……」

「不明は率直に詫びよう。私はつい最近、王都から赴任したばかりだ。よって、この地方の亜人の生態を把握しきれていない。魔導師殿、ご教授願えるか」


 とことん生真面目な返答だ。


 あの要塞に勤めている騎士なら、先程の亜人がコボルトでないことは一目瞭然のはず。


 さっきはそこが引っかかっていたのだが、事情を説明されたら納得するしかない。


 要するに僕と同じ。慣れた土地を離れ、新たな土地について勉強している真っ最中というわけだ。


「マクリア地方の獣人については、僕よりも地元の人の方が詳しいと思うよ。クレナイ、説明頼めるかな」

「あー、もう。しょうがないなぁ。他所の獣人がどうなってるかは知らないけど、少なくともこの地方の獣人の外見は、大きく分けて三つのタイプがあるの」


 露骨に渋々といった様子で、クレナイはホタルに向き直り、獣人の区分について指折り説明し始めた。


「一つは、二足歩行の動物に近い見た目。つまりさっきの連中ね。獣人達の間では獣貌(じゅうぼう)って呼ばれてる。二つ目は半獣……獣人の時点で半分獣だろって言わないでね。獣人の視点で見た呼び方なんだから。個体差はあるけど、半獣は耳や尻尾に加えて、両手両足も動物みたいになってるのが一般的じゃないかな」


 人間から見れば、獣人の方が人間プラス動物の亜人だが、獣人から見れば自分達の姿こそが普通の形。


 その特徴を半分しか持っていないのなら、確かに半獣と呼びたくなるのかもしれない。


「最後の三つ目は……薄血(はくけつ)。説明は要らないかもしれないけど、私みたいなタイプのことを、他の獣人はこう呼んでる。由来は想像つくでしょ?」

「血が薄い、か。領内で見かける獣人は三番目だけだな。他の姿は見たこともない」

「でしょうね。獣人社会の中心は、動物頭の獣貌連中だもの。そうじゃない獣人は脇に追いやられるか、最悪の場合は生まれてすぐに殺される。人里に住んでる獣人は、そんな扱いに耐えかねて逃げ出したか、森の外に捨てられた子供のどっちか、ね」


 クレナイは可愛い顔を苦々しく顔を歪めた。


 ちなみに僕が魔導アカデミーで受けた授業によると、いわゆる『血の濃い』獣人から『血の薄い』獣人が生まれることはあっても、その逆はまずありえないらしい。


 獣人社会の主流派が純血主義じみた価値観になるのも、この辺の事情が影響しているんだろう。


「……二人とも、お喋りはそこまで」


 僕が声を潜めてそう言うと、クレナイとホタルは揃って口を噤んで押し黙った。


「洞窟の方から足音がする。多分、コボルトだ」


 身構えるホタル。静かに後ずさるクレナイ。


 足音は一つ。裸足とも靴とも違う硬い音。


 それから十秒と経たないうちに、一体の亜人が洞窟の外に姿を現した。


 端的に表現するなら、人型のトカゲだ。


 顔立ちはトカゲそのものというわけではなく、ドラゴンをデフォルメしたような印象で、何となく犬に似た愛嬌が感じられる。


 頭から後ろに伸びた二本の角も、見方によっては犬の耳のように見えなくもない。


 体格はかなり小柄。一般にイメージされるゴブリンと大差はない。


 革製の大雑把な服に身を包んでいることからも、ある程度の知性を備えた生物であることが伺える。


「コボルトだ。やっぱり洞窟に棲んでたんだな」

「確かに……ゴブリンのようでゴブリンではなく、獣人のようで獣人ではない……小型のリザードマンとでも言うべきか……」


 そのコボルトは周囲を用心深く見渡し、少し離れた場所にいる僕達の存在に気がつくと、奇妙な声を上げて洞窟の中に引き換えしていった。


「あっ、逃げた! コハク様!」

「魔導師殿、追いますか?」

「追いかけよう。警戒は絶やさないように。クレナイ、灯りは頼んだ」

「了解です!」


 クレナイは背負っていた袋から、手持ちのランタン型魔導器を取り出して灯りを点けた。


「魔導師殿、これも魔導器ですか?」

「一応ね。火の代わりに魔石を光らせてるだけで、後はただのランタンだよ」


 こいつは僕が最初に作った魔導器だ。


 構造は極めて単純だけど、個人的な思い入れはかなり強い。


「調査隊の報告によると、悪天候を避けるため洞窟に立ち入ったところ、魔石の鉱脈とコボルトの棲家を発見したとのことです」


 慎重に警戒しながら、少しずつ洞窟の奥へと進んでいく。


「コハク様、あれ……!」


 クレナイがランタンを掲げて小さな声を上げる。


 洞窟の先に小柄な人影が一つ。


 間違いない、あれもコボルトだ。

 入り口で見た個体よりも少しばかり大柄で、人間の子供くらいの背丈がある。


 腰の剣に手をかけるホタル。

 僕はそれを止めて、暗闇の中で目を凝らしてコボルトの様子を観察した。


 武器は持っていない。身につけているのも鎧ではなさそうだ。


 それどころか、目の前のコボルトは両手を肩の高さに上げていた。


 まさか降伏のジェスチャーか? 知性が高いタイプか? 油断させようというつもりなのか?


 予想外の展開に驚く僕達に、もっと驚くべき出来事が襲いかかった。


「オレのコトバ、ワかりますか!」

「しゃ、喋ったぁ!?」


 悲鳴も同然の声を上げるクレナイ。


 コボルトの非人間的な口から発せられた言葉は、紛れもなくアイオニア語だった。


「ま、魔導師殿、これは一体……!」


 ホタルは何とか叫ぶのを堪えたようだったが、表情からは完全に余裕が失われている。


 どうやら、この場で冷静さを保っているのは僕だけらしい。


「ゴブリンもコボルトも、個体によっては言語能力があるそうだよ。実際に見るのは初めてだけど……ゴブリンの場合は、言葉で人間を騙して油断させるんだったかな」

「ダマしません! ハナシをキいてください!」


 そのコボルトは、両手を上げたまま必死に呼びかけてきている。


 何も聞かなかったことにするか、それとも耳を傾けるか。


 洞窟を調べたいと言ったのは僕なのだから、判断するのも僕の役目だ。


 楽をするための下準備が、ここまで大変なんて。楽をするのも楽じゃないな。


「とりあえず、事情を聞かせてくれ。詳しい話はその後にしよう」

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

 

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