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■第七話 アルゴス山脈(1)

 なにはともあれ、要塞の通行許可は得ることができた。


 目的地のアルゴス山脈との間に広がる大森林も、飛行魔法でひとっ飛び……のつもりだったのだけれど。


「狭いな。もう少し前に詰められないのか?」


 魔法の杖の最後尾にまたがった少女騎士ホタルが、真ん中に横座りで乗ったクレナイに注文をつける。


 ちなみに騎士というのはあくまで肩書で、今は騎士らしい鎧を身につけていない。


 そんなもの着用されていたら、きっと飛び立つことすらできなかっただろう。


「無茶言わないでよ。この杖、どう見ても三人乗りできる長さじゃないでしょ」


 クレナイが僕の背中に密着しながら反論する。


「民間人は要塞で待っていろと言っただろう。探索は私と魔導師殿だけで充分だ」

「私にだって、試作品のテストっていう大事な仕事があるんですぅー」

「背負っている袋の中身はそれか……道理で固いわけだ。試験なら私にも可能だろう」

「ちょっとだけ戦闘魔法の心得があるって言ってたじゃない。じゃあダメよ。魔法が全然使えない人でも使えるのか、実際に確かめるためのテストなんだから」


 現状、僕達は一本の杖で三人まとめて飛行するという、かなり強引な力技に打って出ていた。


 先頭は僕で後ろにクレナイ、そのまた後ろにホタル。


 飛ぶこと自体はどうにかできているが、高度は森の木々の背丈よりも少し高い程度、速度も生身で走ったくらいにまで落ちている。


 足を伸ばせば木の枝に触れそうな低速低空飛行だ。


 こうなった理由は二人が話している通り。


 最終的にホタルも連れて行くと決めたのは僕なので、狭さに文句を言うつもりは全くないが、それでもやっぱり三人乗りの飛行は大変だ。


「ところで、魔導師殿。領主様に赴任の挨拶はなさいましたか?」


 ホタルがクレナイの肩越しに、何気ない素振りで質問を投げかけてきた。


 それを聞いた瞬間、頭の中を色んな情報が一気に駆け巡る。


 領主? 赴任? 挨拶?


 ……数秒の間。それから質問の意図を理解して、思わず「げっ」と声を零しそうになってしまう。


 しまった。完全に忘れていた。


 僕はあくまでマクリア地方に派遣されたのであって、ペトラ村に派遣されたわけではない。


 村長に話を通しただけで満足している場合ではなかったのだ。


「ええと……その、アレだ。上層部の嫌がらせだと思うんだけど、前任者の失踪について何も聞かされてなくってさ。引き継ぎも何もできなかったから、まずは自力で現状把握と問題解決の準備をしたんだけどね……それにちょっと手間取ってたんだ」


 早口気味にこちらの言い分を並べ立てる。


 嘘は吐いていない。

 ここ数日、僕が忙しなく右往左往している原因は、色んな意味で前任者の失踪だ。


 前任者を恨むつもりはないけれど、予定通りに進められていない理由は何だと聞かれたら、こうとしか答えようがない。


「理由は尋ねていません。現時点では未報告なのですね」

「……ハイ、マダシテナイデス、スミマセン」

「何故謝罪を? 私はただ、現状を把握しておきたいだけだったのですが……未報告なのでしたら、ひとまず私の方から到着を報告しておこうかと……」


 心底不思議そうに小首を傾げるホタルを、クレナイが呆れと納得混じりに評価する。


「あー、生真面目が行き過ぎて敬遠されるタイプかぁ。いるよね、こういう人。部下の兵隊さんからも圧が強くて怖いって言われてるでしょ」

「な、何故それを。どの部隊の兵から聞いたんだ。後で厳重注意せねば」

「聞かなくっても分かるってば」


 クレナイの言う通り、ホタルは良くも悪くも真面目で愚直な性格のようだ。


 そのせいかは知らないが、相手に与える印象を考慮して言葉を選ぶといった気遣いは、あまり得意ではないらしい。


 遠回しで婉曲的な話し方より、端的で率直な表現を好む。

 軍人らしいといえば確かその通りだ。


 ――そんな会話を交わしながら、森の上をまっすぐ飛ぶこと数十分。


 三人乗りの魔法の杖は、予定通りアルゴス山脈を構成する岩山の中腹に着陸した。


 振り返ってみると、要塞が森の向こうに小さく見える。


 徒歩なら直線距離でも一時間、道なき道であることを考えればその数倍は掛かるであろう森林を、たったこれだけの時間で飛び越えたのだ。


 僕の魔法もなかなか捨てたものじゃないだろう。


「空を飛ぶ魔法も魔導器に落とし込めたらいいんだけどな」

「難しいのですか。戦略的に有効な移動手段だと思ったのですが、残念です」

「今後に期待ってことで。そんなことより、魔石が見つかったっていう洞窟は?」

「あちらです。ついてきてください」


 ホタルに道案内をされながら、未舗装の岩山を歩いていく。


 しばらく進んだ先に、それらしい洞窟が見えたかと思った矢先――突然、狼のような咆哮と共に、四体の獣人が洞窟から飛び出してきた。


 クレナイのような獣の耳と尻尾だけの獣人じゃない。


 完全に二足歩行の狼としか言いようがない姿形で、革製の鎧と粗雑なポールウェポンを携えている。


 その四体の獣人達は、僕達の存在に気が付くや否や、武器を振りかざして猛烈な攻撃を仕掛けてきた。


「ようやく来たか! 遅かったな、亜人!」


 ホタルが素早く剣を抜き放ち、先頭の二体を瞬く間に切り払う。


 だが残り半分は、一体ずつ僕とクレナイに。


「魔導師殿!」

「分かってる!」


 要塞の司令官に『戦える』といい切ってここに来たのだ。


 この程度で怯んでいられるものか。


装甲魔法(アルマトゥーラ)!」


 かなり省略して唱えた呪文が、前腕部に魔力の装甲を作り出し、ポールウェポンの刺突を防ぎ止めて受け流す。


 詠唱が万全ならもっと堅牢な守りになっていたけれど、今は速さの方が重要だ。


 受け流した勢いのまま獣人の懐に潜り込み、片方の掌を獣人の胴体に押し当てる。


雷光(フルグル)!」


 迸る閃光。注ぎ込まれた電流の衝撃で、獣人が大きく後ずさる。


 有効打には程遠いが、怯ませるだけなら充分だ。


「……クレナイは……!」


 騎士(ホタル)は剣で、魔導師(ぼく)は魔法で獣人を退けた。


 そしてただの村娘だったクレナイは――


「いきます!」


 背負った袋から棍棒のような形状の魔導具を取り出して、先端を獣人に振り向ける。


 全長はパン生地を伸ばす延し棒(ローリング・ピン)と同程度。


 先端から三分の二程度は太い筒状で、残る三分の一が棒状の持ち手。


 持ち手の根本にはクロスボウから流用した引き金がひとつ。


 そしてクレナイの細い指が引き金を引いた瞬間、筒の奥で小さな魔力の爆発が発生し、その爆風が筒を通じて獣人の顔面に浴びせかけられた。


「ガアアアアッ!?」


 慌てふためいて逃げ出していく獣人達。


 ホタルに斬られた二体も、深手は負っていなかったらしく、傷口を押さえながら岩山の麓へ駆け下りていった。


 深追いは厳禁だ。僕達の目的は亜人の討伐ではないのだから。


 ホッと胸を撫で下ろした横で、クレナイがへなへなと地面にへたり込む。


 その手には煙を噴く魔導具を抱えたままだ。


「よかったぁ……コハク様! やりましたよ! ちゃんとできました!」


 クレナイは持ち手だけ残った魔導器の残骸を誇らしげに掲げながら、無邪気で屈託のない満面の笑顔を僕に向けてきた。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

 

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