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■第六話 サブノック要塞

 ペトラ村から徒歩二時間余り。

 荷馬車に乗れば一時間と少し。

 そして、空を飛べば更に半分。


「うわぁ! 凄い、ほんとに飛んでます!」


 背中にしがみついたクレナイが興奮の声を上げる。


 僕達は今、木製の魔法の杖にまたがって、マクリア地方の空を飛んでいた。


 ただし空と言っても、高度はせいぜい十数メートル。


 王都によくある三階建ての集合住宅と同じ高さの低空飛行だ。


「初めて空を飛んだときって、大抵は怖がるものなんだけどなぁ」

「そうなんですか? こんなに気持ちいいのに!」


 本当、色んな意味で僕より魔導師に向いていそうな子だ。


 僕なんか、初めての飛行訓練のことは思い出したくないくらいなのに。


「コハク様が王都からいらっしゃったときも、魔法でビューンって飛んできたんですか?」

「さすがにそこまで長くは飛べないな。魔力的にも体力的にもね。風魔法で船を走らせる方がずっと楽だよ」

「馬に乗るより馬車に乗る方が楽、みたいな感じですね。分かります分かります」


 納得しているところ申し訳ないんだけど、僕は馬に乗れないからイマイチ共感できない喩えだった。


「その気になれば、雲より高く飛べたりするんでしょうか」

「鍛錬次第だね。できた人は何人かいるみたいだよ。会ったことはないけど。そんなことより、本当に良かったのか?」

「……? 何のことです?」

「魔石探しについて来たりして。亜人に魔獣に、色々と危険なんだろ?」

「平気ですよ。村の皆に恩返しする良い機会です」

「恩返し?」


 今度は僕の方がオウム返しに聞き返す番だった。


「実は私、まだずっと子供だった頃に、森で拾われたんです。それなのに皆、本当の家族みたいに育ててくれて。だから恩返しです。コハク様が魔導器をどんどん作ってくれたら、その分だけ皆の生活も楽になりますから!」


 自分の出生について語るクレナイの声には、辛い過去を口にしたときのような物悲しさは全く感じられない。


 底抜けに明るくて、底抜けに前向きだ。


 きっとクレナイにとって、ペトラ村の住人に拾われた過去は、悲話ではなく素晴らしい出来事として記憶されているんだろう。


 だからこその恩返し。多少の危険は物ともしないくらいのモチベーション。


「そっか……君は立派だね。僕なんか、自分が楽になることしか考えてないのに。こうやって動いてる動機も、魔導器を広めれば仕事が減るかもって魂胆だよ。身につまされるなぁ」

「そんなことありませんよ! 皆が幸せになるんだから、凄く立派なことだと思います! 先生も『きっかけより何をするかが大切だ』って言ってました! あっ、先生っていうのは、村に通いで来てくれた教師の人です」

「良いこと言う先生だな……っと、あれが要塞か。思ったより大きいな……」


 クレナイとそんな会話を交わしているうちに、目的地のすぐ手前までたどり着いていた。


 まさに要塞と呼ぶに相応しい無骨な城だ。


 居住性は二の次三の次。防衛力を第一に考えた軍事施設。

 サブノック要塞というネーミングからも自身の程が伺える。


 神話において、人類に魔法をもたらしたとされる『最初の魔法使い』――サブナックはその直弟子の一人で、土や金属を操る魔法を得意とし、瞬く間に城塞や大量の武器を生み出したと伝えられている。


 その名前を与えるくらいに本気で作り上げた要塞というわけだ。


 辺境の地にこんな代物があるなんて、王都の一般市民は想像もしていないだろう。


「さすがに無許可で飛び越すのはマズいよな。ひとまず降りようか」


 飛行魔法の出力を少しずつ落とし、要塞の正門前にふんわりと着地する。


 それから間を置かず、正門を警備していた兵士の一人が慌てて駆け寄ってきた。


「待て! 何者だ! ……って、なんだ、ペトラ村のクレナイじゃないか」

「久しぶり! 元気してる?」

「まぁな。んで、そっちの人は? ていうかお前、一体どこから出てきたんだ。いきなり湧いてきたかと思ってびっくりしたぞ」

「ふっふっふ、聞いて驚け! こちらの方は、王都から来た魔導師様なのです!」

「な……! 魔導師様だって!? ちょっと待ってろ、司令官に報告を……ああいや、外では待ってなくていい! 要塞の中に入って、そこでお待ちいただけ!」


 慌てて走り去っていく見張りの兵士。


 さすがは地元民。僕が口を挟むまでもなく話が纏まってしまった。


 とりあえず、肌寒い屋外で待っている理由もないので、お言葉に甘えて要塞の中にお邪魔する。


 その途端、大勢の兵士が一気に集まってきた。


「魔導師様が来たって本当か!?」

「俺、ペトラの出身ッス! お袋からの手紙で色々聞いてます!」

「ペトラ村だけズルいじゃないですか! うちの村にも来てください!」

「誰でも魔法が使えるって噂、嘘じゃないですよね!」


 四方八方から興奮の言葉を投げかけられ、思わず気圧されてしまう。


 人の噂が広まるのは早いものだ。


 僕がこの地方に来て数日しか経っていないのに、もうこんな遠くまで噂が届いている。


 評価されるのは、もちろん嬉しい。


 だけどこんな大勢に囲まれていたら、身動きもろくにできそうにない。


 そんな状況を変えたのは、抑えのきいた重々しい男の声だった。


「お前達、何をしている。早く持ち場に戻れ」

「司令官! す、すみません! 今すぐ!」


 蜘蛛の子を散らすように走り去る兵士達。


 声の主は、厳格な威容を湛えた白髪交じりの騎士だ。


 司令官ということは、この人物が要塞のトップなのだろうか。


「魔導師コハク・リンクス殿だな。ようこそ、我がサブノック要塞に。私は要塞司令官のリョウブ・レオンだ」

「ど、どうも。マクリア地方の担当魔導師として……」

「把握している。アルゴス山脈に立ち入りたいとのことだったな」

「はい。魔石が採取できるか、確かめたいと思いまして。ええと、通行許可は……」


 サブノック要塞司令官リョウブ・レオン。

 堅物という概念が服を着ているような雰囲気だ。


 こういう人物を相手にするときは、できるだけ事務的な態度で接するに限る。


 魔法省のお偉方もそうだったけれど、下手にフレンドリーな素振りを見せたら逆効果になりかねない。


 威厳を大事にする人というのは、往々にしてそういうものだ。


「通行すること自体は問題ない。魔石鉱脈の有無についても、それらしいものを目撃したという報告がある。だが推奨はできんな」

「えっ? どうしてですか?」


 そう訪ねたのは、僕ではなく隣にいたクレナイだ。


「アルゴス山脈とその周辺の大森林は、文字通り魔獣と亜人の巣窟だ。しかも、魔石鉱脈が発見された場所はコボルトの巣穴。安易に送り出せるわけがあるまい」


 コボルト。

 最初に亜人がいると聞いたときに、どうせゴブリンはいるんだろうと予想していたが、まさかコボルトときたか。


「あの、コハク様? コボルトってゴブリンとは違うんですか? ゴブリンならたまに森の外でも見かけますけど」

「うーん、同じとも言えるし、違うとも言えるかな。元々は、どちらも小鬼タイプの亜人全般を指す言葉で、地方によって呼び方が違うだけだったんだ」


 クレナイの小声の質問に、ヒソヒソと囁き声で返答する。


「だけど、ここ百年くらいで亜人の研究と分類が進んできてね。学術的な呼び名としては、ゴブリンとコボルトがそれぞれ違う亜人を指すようになったんだ。ゴブリンは一般的にイメージされる小鬼タイプで、コボルトは……いや、直接見るのが一番分かりやすいか」


 コボルトは能力も外見も特徴的な亜人種だ。


 一度でも見れば、普通のゴブリンと見間違えることはないだろう。


「レオン司令。途中の森は飛行魔法で飛び越えられますし、コボルト程度なら問題ない程度の魔法戦闘術は修めています。通行許可をいただけますか」

「……責任は取りきれんぞ」

「構いません。魔石の確保が第一です」

「そうか……ならば護衛を一人連れて行け。それが通行許可を出す条件だ。聞こえたな、ホタル」


 司令官の言葉と同時に、物陰から一人の平服姿の騎士が現れる。


 女騎士だ。女性と呼ぶには若すぎる。美少女と言ってもいいかもしれない。


 生真面目さが滲み出た顔立ちで、何となく司令官と似た雰囲気を纏っている。


 短い黒髪を綺麗に整えたその少女騎士は、鋭い眼差しでこちらを一瞥してから、レオン司令に向かって口を開いた。


「お呼びですか、父上」


 その一言が聞こえた瞬間、クレナイが心底驚いた様子で司令官の方に振り返る。


 どう見ても顔に『こんな強面に美少女の娘!?』と書いてある反応だ。


 いくら何でも露骨過ぎるぞ。気持ちは分かるけど。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

 

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