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■第四話 ペトラ村(2)

 誰にでも使える魔法の基礎理論。

 論文の中では、小難しく『万人のための魔法基礎理論』と書いていた。


 僕は魔導師の定期資格審査のため、これを綴った論文を提出し、魔法省の上層部の怒りを買って辺境のマクリア地方に左遷され、今に至る。


 けれど、こいつは机上の空論なんかじゃない。

 僕なりに検討を重ね、試作品を幾つか仕上げたくらいに練り上げたアイディアだった。


 世の中には魔法使いが足りていない。魔導師はもっと足りていない。


 魔法の才能自体が希少なうえ、民間の魔法使いの多くは都会を離れたがらないし、魔導師は上層部の方針で採用が絞られている。


 だったら、特別な才能がなくても使える魔法を開発すればいい――そんな発想で生まれたこのアイディア。


 人手不足に喘ぐペトラ村のために使わない理由はない。


「それではさっそく、整地耕作用魔導器の試作品の運用テストを始めたいと思います。皆さん、説明した通りの配置についてください」


 ペトラ村で一夜を明かした次の日の朝。


 僕は村外れの荒れ果てた畑に村人を集め、魔導器の試作品を実際に使ってもらうことにした。


 テストの概要は次の通り。


 四本の魔導器の『杭』を四人に一本ずつに持たせ、大きな正方形を描くような配置で畑に突き立ててもらう。


 範囲はおおよそ十メートル四方。


 理論上はもっと広い範囲でも大丈夫だけど、今回はテストなので少し狭めに設定しておく。


 魔導器が設計通りに機能すれば、この範囲内の地面は僅か数十秒で掘り返されて、しっかりと耕された畑に姿を変えるはずだ。


「位置につきましたか? それじゃあ、次はダイヤルを指示書の通りに設定して……」


 準備を進めている間、テストに参加していない他の村人達が、遠巻きにヒソヒソと囁き合う。


「誰にでも使える魔法って本当か?」

「魔導師様はそう仰っていたけどな……いくら何でもありえんだろう」

「もしも本当なら、儂らにも魔法が使えるってことだろう?」

「そいつはとんでもないね。夢みたいだよ」


 杭型魔導器の一本を担当するクレナイも、半信半疑といった様子で隣の僕に横目を向けている。


「あの、コハク様。魔法を使うためには、特別な体質が必要なんですよね。普通の人にも使える魔法なんて、一体どうやったら……」


 そういえば、昨日は会話を中途半端なところで切り上げてしまった。


 他のテスト担当は準備に時間が掛かりそうだし、簡単に説明をしておくことにしよう。


「そいつの正式名称は、魔力貯蔵適性と言ってね。要するに、自然の魔力を体内に溜め込める体質のことだ。この体質を持たない場合、体に魔力を注ぎ込まれても、すぐに抜けてしまうんだ。底の抜けたバケツみたいにね」

「あっ、昨日のアレってそういうことですか!」


 クレナイが驚きと納得の声を上げる。


 昨日の夜、僕は魔法を学びたいと言ったクレナイに、魔力貯蔵適性の有無を確かめる簡単なテストをした。


 理屈は単純。体に触れて魔力を注ぎ込み、すぐに抜けなければ見込みアリ、というだけである。


「ただし、この適性だけじゃ魔法は使えない。もう一つ別の適性が必要になる」

「溜めてるだけじゃ意味がない、ってことですね」

「そういうこと。こっちの正式名称は、魔力加工適性。魔力に属性と特性を与えられる能力だ」

「属性の方は何となく分かりますけど……特性って何ですか?」

「火の玉を出す魔法で喩えるなら、炎を生み出すのが属性で、その炎を球状にしたり速度を与えて発射したりするのが特性だね。専門用語だから、普段はあまり来にしなくても大丈夫だよ」


 実際、僕も属性の方は『火属性の魔法』や『風属性の魔法』みたいな文脈で使うけど、特性の方は学術的な論文を書くときくらいにしか使わない。


 魔力の貯蔵と魔力の加工。

 この二つが魔法使いに求められる才能だと覚えておけば、それ以外を忘れてしまっても問題はないだろう。


「で、ここからが本題だ。魔法使いは体内の魔力を、感覚的に……つまり、自分の体を動かすのと同じ感覚で加工できる。理論上は頭でイメージするだけで魔法を使えるわけだ」

「えっ? じゃあ、呪文とか魔法陣って何のためにあるんです?」

「……理解が早いね。誰かさんとは大違いだ」


 自分が魔導アカデミーにいた頃はどうだったのかを思い出しかけて、慌てて記憶に蓋をする。


 当時の僕よりもクレナイの方がよほど優秀な生徒じゃないだろうか。


「もちろん現実的には難しいよ。あくまで理論上の話だからね。だからほとんどの魔法使いは、足りない分を補うために呪文を唱えたり、身振り手振りを交えた儀式をしたり、魔法陣や魔法の杖みたいな道具に頼るんだ」

「……ええと、それってつまり、魔力の加工を道具でやってるってことですか?」


 どうやらクレナイも、以前の僕と同じ発想に至ったらしい。


 仲間が増えたと喜ぶべきか、あっさり追いつかれたと悲しむべきか、判断が難しいところだ。


「大正解。魔力の加工は魔法陣なんかでもやれるし、魔力の貯蔵は魔石でどうにかなる。ということは、色んな素材や部品を組み合わせて、魔法の発動プロセス全体を再現することができれば、道具だけで魔法を発動できるんじゃないか……そう考えたってわけ」


 万人のための魔法基礎理論――それは即ち、魔法の発動を補助する道具を発展させ、道具だけで魔法を発動できるようにすること。


 僕は自他共に認める三流の魔導師だ。


 ルリみたいな一流に置いていかれないように、足りない実力を補うための道具を研究した結果、最終的にこんな発想に至ったのである。


「まぁ今のところ、再現できたのは魔法の初歩の初歩だけ。既存の魔法に追いつくのは夢のまた夢だね」


 ちょうどそのとき、テスト担当の村人が魔導器の準備を済ませ、声を上げて合図を送ってきた。


「魔導師様! 準備できました! 遅れて申し訳ない!」

「よし! それじゃあ始めましょうか! スイッチを入れてください!」

「は、はい!」


 クレナイを含めた四人の村人が、畑に突き立てた杭型魔導器のスイッチを一斉に入れる。


 迸る金色の魔力。四つの魔導器を結ぶ正方形を描くように閃光が駆け抜け、その内側の地面に魔力が浸透していく。


 杭の頭付近に取り付けられた黄色く透明な石は、土属性の魔力を溜め込んだ魔石。


 本来、魔石は魔導師が外付けの魔力タンクにしたり、不得意な属性の魔力を扱ったりするときに使われるものだ。


 魔石から溢れた魔力は、スイッチやダイヤルが付いた箱を通過して下に流れる。


 箱の中には幾何学的に圧縮した魔法陣が仕込まれていて、そこを流れる魔力に簡単な加工を施せる仕組みになっている。


 更にダイヤルを回すことで、内部の魔法陣の形が歯車仕掛けで切り替わり、加工の内容をある程度まで切り替えることもできる構造だ。


 そして杭本体は魔法の杖と同じ素材。


 魔力を先端に収束させることで、適切な場所にきちんとピンポイントで魔力を注ぎ込むことができる。


 ――魔力の貯蔵と属性の付与は魔石に。

 ――特性の付与は内部に組み込んだ魔法陣に。

 ――そして、適切な場所に狙いを定める技術は、魔導器の素材と形状に。


 魔導師が魔法を発動するプロセスのことごとくを、物理的な素材の組み合わせだけで再現する――万人のための魔法基礎理論。


 これが成功すれば、きっと世界が変わるはず――


「あっ……! コハク様! 畑が!」


 クレナイが畑を指さして叫ぶ。


 荒れ果て硬くなっていた畑の表面が、まるで波打つように形を変えていく。


 やがて魔導器が設定通りに動作を停止し、魔力の輝きが消えた後には、(うね)まで備えた畑が残されていた。


 田舎育ちで畑を見慣れた僕から見ても、文句のつけようもないくらいに立派な畑だった。


「や、やった! やりましたよ、コハク様! 本当に魔法が! 魔法が使えちゃいました!」


 クレナイは喜びに飛び跳ね、勢いよく僕に抱きついてきた。


 その力強さに押し倒されそうになりながら、僕も拳をぐっと握って喜びを噛みしめる。


 実験は成功だ!

 一人前の魔導師にとっては初歩的にも程がある魔法だが、それでも確かに、普通の人達が魔法を使うことができたのだ。


 歓喜に湧くペトラ村の人達の声を背に、僕は王都がある方角の空に顔を向けた。


 どうだ、やってみせたぞ! そんな勝利宣言を、王都のお偉方に投げつけてやりたいくらいに、気持ちが昂ぶって仕方がなかった。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

 

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