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■第二十四話 異端の魔導師の新たな人生

 物言わぬ死体が、突進の勢いを保ったまま僕に激突し、容赦なく下敷きにする。


「ぐあっ! ……っつ! どうにか……なったか……?」


 必死に体を捩って、大柄な獣人の死体の下から脱出する。


「……クレナイのお陰で思いついた魔導器だ。こいつで死ねるなら、あんたも本望だろ」


 肩で息をしながらイリオスを見下ろす。


 死体に鞭打つ趣味はないけれど、これくらいの皮肉は言ってやっても許されるだろう。


 爆発で相手を脅すのではなく、何かを筒の中で加速させて標的に叩き込む。


 クレナイが適当な破片で成功させたやり方を、筒に合わせて精巧に作った金属球で試みた――まだ名前すらない護身用魔導器。


 装填数はたったの一発限り。再装填には解体が必須。


 失敗すれば命がない状況で急所を穿つことができたのは、幸運だったと言うより他にない。


「トベラ大臣……貴方のことは嫌いでした。だけど、こんな形で死んでいい人じゃなかったはずだ……」


 きつく目を瞑り、理不尽な死を迎えた男を悼む。


 あの人はやりすぎた。魔導師の不幸を減らしたい余り、他の人達の不幸を膨らませてしまった。


 けれど、まだやり直せたはずだ。今からでも遅くはなかったはずだ。


 そんな可能性が根こそぎ奪われてしまったことが、今は無性に物悲しかった。


「ひょっとしたら、大臣に魔導器を認めさせてやりたかった……のかもしれない、な」

「光栄だな」


 ――聞こえちゃいけない声が聞こえた気がした。


 目を瞑ったまま顔を引きつらせる。

 幻聴か? 幻聴だな? どうか幻聴であってくれ。


「しかしそこは、認めてもらいたかった、ではないのかね? 貴様の七倍は生きた魔導師への態度ではあるまい」


 恐る恐る薄目を開け、油が切れた金属歯車細工のようなぎこちない動きで、声がした方に首を動かす。


 トベラ大臣が立っている。


 右の肩口から腰にかけて断ち切られたはずの傷口が、実体化した魔力の塊らしき何かで糊付けしたように接合され、再び人間の形を取り戻している。


「うわあああああっ!?」

「どうした、幽霊でも見たような顔をして」

「幽霊よりヤバいモノがいるんですが!? 目の前に!」

「目上の者に対する言葉遣いがなっておらんな。この程度で死ぬようなら、百年前の内乱で息絶えておるわ。せめて脳天から垂直に断ち切るべきだったな」


 いやいやいやいや、それはもう治癒魔法の域から完全にぶっ飛んでいるだろう。


 魔法を極めたらこんなことになるなら、いくら魔導器が発達しても魔法はなくならないんじゃないだろうか。


「それに、今となっては死んでも死にきれん。私の手でやらねばならんことが山積みになったばかりだ。コハク・リンクス、貴様のせいでな」

「僕の……?」

「……魔導器を野放しにすることはできん。開発と運用を統制するための法整備が必要だ。魔導師の数を適正にするための方策も練らねば。まったく、アカデミーの制度変更にどれだけ苦労するか、少しでも考えたことがあるのか?」

「えっ、それって……」


 トベラ大臣が心底忌々しげに吐き捨てた内容は、誰がどう聞いたって、魔導器が世間で使われることと、魔導師を増やすことを前提にしていた。


 言葉にならない感情が湧き上がってくる。


「ええい、気色の悪い顔をするな! 貴様がどうあっても諦めないことは理解した! それに、だ! たとえ貴様を殺したところで、マクリア伯と軍事省は魔導器を諦めんだろう! ならば法を整え、魔導師への悪影響を抑えるより他にあるまい! 貴様にも手伝ってもらうぞ! 覚悟するがいい!」


◇ ◇ ◇


 ――その後、トベラ大臣は宣言通り、魔導器が適切に使われるための法整備に奔走した。


 安全性を名目に、基本的な魔法の再現に限定するべきだとか。

 研究開発と製造に王室の……というか魔法省の認可を必要とするべきだとか。

 魔導師一族の相伝の魔法は法律で保護するべきだとか。


 まぁとにかく、魔導師を守りつつ一般市民も幸せにするための議論を、王国議会で精力的に重ねているらしい。


 ほとんどはまだ審議されている段階で、これからどうなるのかは誰にも分からない。


 僕もトベラ大臣が出している法案に対しては、賛成半分反対半分といった感想で、応援したい気持ちもだいたい半々だ。


 一方で、そんなトベラ大臣と喧々諤々の議論を重ねている相手が、他ならぬ軍事省だった。


 軍事省は魔導器をどんどん採用していきたい方針らしく、規制しようという意見にはだいたい全部反論しているとか何とか。


 こちらも僕にとっては有難半分、迷惑半分といったところだ。


 魔導器を積極的に推してくれるのは助かるけど、何分あちらは魔法の素人。


 実現不可能なプランを持ち込んできては「こんな魔導器を作ってはくれないか」なんて粘ってくるものだから、断るだけでも一苦労だ。


 最近はメギ・グラフカ隊長が間に入って、どう考えても無理なリクエストは弾いてくれるようになったから、最初と比べれば割と楽にはなっている。


 ……とまぁ、ここまでは王国の『中央』の話。


 僕が現在も拠点を置くマクリア地方伯領は、相変わらずの独立独歩が続いている。


 やる気満々なマクリア伯と、真面目な監督官のルリの下、各地から集まった人材が日進月歩で研究開発の真っ只中だ。


 自分の知識と経験を魔導器に落とし込む魔法使い。

 新素材の合成に余念がない錬金術師。

 各種部品の性能向上に明け暮れる機械技師。


 この調子なら、領都のリーリオンが『魔導の都』なんて異名で呼ばれるのも、そう遠い未来の話じゃなさそうだ。


 そうやって作られた試作品は、テストのためにサブノック要塞に持ち込まれることが多い。


 だけど次から次に持ってこられるものだから、最近は順番待ちが増えてきて困っている、とホタルが愚痴をこぼしていた。


 研究熱心なのも考えものだ。


 今度、マクリア伯にテスト専門の部署でも作れないか、相談でもしてみよう。


 サブノック要塞といえば、コボルト達の魔石鉱山。


 魔導器の研究が盛んになるということは、魔石の需要も右肩上がり。


 ガル族以外にも鞍替えする亜人が増えてきて、最近はちょっとした博覧会みたいに色とりどりで賑やかだ。


 仮想的だった百眼同盟は近頃ちょっと大人しい。


 大攻勢の準備がトベラ大臣に吹き飛ばされたのもあるだろうけど、何やら内輪揉めで忙しくなっていて、人間にちょっかいを出している暇があまりなくなってきたのだとか。


 ……さて、皆の近況はこんなところだ。


 肝心の僕が今どうしているのか。これまで何をしてきたのか。


 全部を説明するのはちょっと難しい。というか内容が多すぎる。


 ばっさりと一言でいうなら、いつも通りにやっている。


 思いついたアイディアを形にしてみたり、誰かの悩み事を解決できる魔導器を考えてみたり、その過程で大事件に巻き込まれては命からがら切り抜けたり。


 近頃はマクリアやその周辺地域に留まらず、あまり縁のない遠くの地方まで足を伸ばしたりしてみている。


 お陰で三流魔導師と赤毛の獣人少女の二人組は、色んな土地でちょっとした語り草だ。


 そうやって好き勝手していたら、遂にとんでもない厄介事に――


「なーにがとんでもない厄介事ですか。当然の評価ですよ。むしろ遅いくらいです」


 少し背が伸びたクレナイが、元気に笑いながら肩越しに僕の手元を覗き込む。


 手元にあるのは、最近気まぐれで書き始めた手記のノートと、やたらと豪華な装飾が施された一枚の手紙。


「その申し出、受けるんですか? 受けるんですよね? 受けましょうよ!」

「でもなぁ。あんまりガラじゃないっていうか」

「何言ってるんです。そんなことありませんよ。いいじゃないですか!」


 クレナイは僕の手元からその手紙を取り上げると、テーブルに腰掛けて高らかに読み上げた。


「差出人、アイオニア王国叙勲審議会! コハク・リンクス殿の大いなる功績を讃え、名誉騎士の爵位と魔導卿の称号を与える!」

「未だに下級魔導師なのに魔導卿ってどうなのさ」

「魔導器の魔導に決まってるじゃないですか。こんなのコハク様しか名乗れませんよ? すっごく似合ってると思うんだけどなぁ」

「いいからいいから。それより、今日は雲一つない快晴なんだ。アイツを動かすにはもってこいだろ」

「それもそうですね! 準備してきます!」


 ノートを閉じて作業小屋の外に出る。


 小屋の前には、僕とコハクが取り組んでいる最新魔導器の試作品。


 かつては無理だと諦めたけれど、今ならきっと実現できる。


 空を飛ぶための魔導器。今は世界でただ一つ、飛行機のプロトタイプ。


「さぁ、飛行試験だ! 今度こそ成功させるぞ!」

「おーっ!」

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

 

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