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■第二十二話 穏やかな日々

 メギ・グラフカの査察からしばらく経ったある日のこと。


 僕はクレナイが運転する自動車に揺られて、久し振りにペトラ村を訪ねることになった。


 車を降りて早々、変わり果てた村の風景に言葉を失ってしまう。


「凄いな! もうこんなに復興できたのか」

「皆で頑張りましたから! もちろん、コハク様の魔導器のお陰です!」


 ペトラ村はまるで別物のような復興を遂げていた。


 周囲の道路は綺麗に均され、畑は見事に蘇り、廃屋同然だった家々も着々と再建が続いている。


 この様子なら、運河の船着き場と水車小屋も立派に直されているに違いない。


 廃村としか思えなかったこの村が、たった数ヶ月でこんなに立派な姿を取り戻すなんて。


 感慨深さに浸っていると、奥の建物から村長が大慌てで駆け寄ってきた。


 トラブルが起こって慌てている……わけではさそうだ。


 むしろ喜色満面。これ以上ないくらいに喜びを露わにしている。


「これはこれはっ! お久しぶりです、魔導師様! ご活躍の程はクレナイから常々伺っております!」

「復興の順調なようで何よりです。まさかここまで好調だとは思いませんでした」

「魔導師様のお力添があってこその成果です。あの便利な乗り物を贈ってくださったお陰で、あらゆる作業が順調に進みました」


 村長が言っている『便利な乗り物』というのは、サブノック要塞製の輸送用自動車だ。


 荷台を広く取った縦長の車体。長距離を走れる大容量の魔石ストレージ。


 きっと建物の再建に使った資材も、あの車で他所から運んできたものだろう。


「ところで、クレナイはよく働いておりますか。以前からお手伝いをさせていただいておりましたが、このたび正式に助手としてお迎えいただけるとのこと。村民一同、ご迷惑をお掛けしないか不安で不安で……」

「ちょ……ちょっと! 大丈夫だって言ってるでしょ!」

「ええ、クレナイには何度も助けられていますよ。彼女がいなかったら、僕も今頃どうなっていたことか。だからこそ助手になってくれと頼んだんです。お陰で新しい護身用魔導器も開発できましたしね」


 僕が正直にそう伝える横で、クレナイは自慢気に胸を張っていた。


 さっきから年相応の反応ばかりで、なんだか微笑ましくなってきてしまう。


 こんなことを本人に言ったら、きっと『子供扱いしないでください』と唇を尖らせてしまうのだろう。


◇ ◇ ◇


 コハクがペトラ村を訪ねているちょうどその頃、領都リーリオンのアラヴァストス家邸宅で、領主のユキカは待ち望んだ客を迎え入れていた。


「お帰りなさい、ルリ。思っていたよりも早かったですね」

「そこはいらっしゃいませ、でしょう。わたくしを何だと思っているんですの?」


 来客こと、ルリは呆れた様子でユキカの反対側のソファーに腰を下ろした。


 獣人襲撃事件の後、ルリは査察官の仕事を完遂したということで、ひとまず王都に帰還していた。


 王都で何かしら動きがあったら報告する――そうユキカに伝えた上での帰還だったが、これほど早く戻ってくることになるとは、ルリもユキカも想像すらしていなかった。


「とりあえず、現状を報告いたしますわ。ひとまず魔法省は、矛を収めて経過観察に徹する構えのようです。もちろん魔導器を容認したわけではありません。上級貴族に介入できる大義名分を得られず、あまつさえ軍事省まで寝返ったわけですから、戦略を練り直す必要に迫られたのでしょうね」


 ルリは一連の報告を一気に済ませてから、あらかじめ用意されていた紅茶で喉を潤した。


「それで、ルリの扱いはどうなったんですか? 需要なのはそこですよ」

「……わたくしは監督官として、マクリア地方に駐在することになりました」

「やった!」


 ソファーの上でぴょんと跳ねるユキカ。


「でも、意外ですね。ルリが私達と懇意なのは分かりきっているでしょうに。どうして監督官を任せてくださったのでしょう」

「トベラ大臣お得意の策略ですわ。監視役はわたくしだけではありません。様々な角度から情報を収集し、万が一わたくしが貴女達の肩を持つようなら、わたくしごと糾弾して失脚させるつもりでしょう」

「なるほど。だったら心配する必要はありませんね。ルリは本当に真面目な人ですもの」

「またそんなことを言って。計算ずくでわたくしを送り出したのでしょう? この結果も狙い通りなのでは?」

「ふふっ。さて、どうかしら」


 ユキカは無邪気に微笑んで、ルリからの追求を軽やかにかわした。


 この可憐な少女の判断のうち、一体どこまでが計算のうちで、一体どこからがアドリブ的な対応だったのか、ルリはずっと測りかねている。


 少なくとも、コハクが派遣されたことは偶然の幸運だったようだが、以降の展開を全て読み切っていたとしても、あるいは全て運任せの勝負師だったとしても、ごく自然に納得できてしまう――そんな気がしてならなかった。


 だが、一つだけ確かなことがある。


「それはそうと! 本当に良かったですね、ルリ! コハク様とまた一緒に過ごせますよ!」

「ぶはっ!?」


 思わず紅茶を吹き出しそうになる。


「ななな……! 何をおっしゃっているんです! どうしてここでコハクさんが出てくるんですの!」

「だってルリったら、いつもコハク様を気にかけているでしょう? 端から見ているだけで丸分かりですよ」

「同期だからです! 厳しいアカデミー生活を乗り越えた者同士だけの関係というものがですね! ちょっと、聞いていますの!? 目を輝かせるのはお止めなさい!」


 ユキカ・アラヴァストスという少女は、他人の浮いた話が大好きだ。


 そこだけは、貴族という家柄も領主の地位も関係なく、ただの年相応の少女として。


◇ ◇ ◇


 ペトラ村を後にした僕は、続いてサブノック要塞の方へと車を走らせた。


 普段は要塞の兵士と、補給品を運んでくる領民くらいしか寄り付かないはずの、辺境中の辺境に位置する無骨な軍事要塞。


 ところが、どういうわけかその正門の前に、普段見ないような雰囲気の人々が長蛇の列を成していた。


 商人、職人、錬金術師。当然ながら魔法使いらしき人もいる。


 何なんだろうと首を傾げながら、正門以外の出入り口を通って要塞に入る。


 車を降りると、すぐにホタルが出迎えに来てくれた。


「おはようございます、コハク殿」

「正門前に凄い行列ができてたけど、何かあった?」

「何かも何も! あれはコハク殿にお会いしたいと集まっている人々です!」

「……はい?」


 突拍子もないことを言われた気がして、気の抜けた返事をしてしまう。


「魔導器の噂は既に他の地域にも広まっています。その上、魔法省と軍事省の共同査察までクリアしたとあって、是非とも協力したいという雇用希望者が殺到しているんです。お陰様で朝から大わらわですよ」

「な、なんだか大変なことになってるな」

「コハク様も当事者ですよー?」


 クレナイの冷静な突っ込みが突き刺さる。


 僕だって、いつかは人を雇わなければと考えていた。


 単純に僕一人でやれる作業量には限りがあるし、技術的にできないことは自動車のエンジン開発のときみたいに専門家を頼るべきだ。


 けれど、まさかいきなり、こんなにたくさん押しかけてくるとは思わないじゃないか。


「早く要塞の中に。コハク殿が見つかったら大騒ぎになってしまいます」

「そこまで大袈裟な話?」

「そこまで大袈裟な話ですとも。今やコハク殿は王国中の注目の的なのですから」


 そこまで大袈裟な話なのか? と、心の中で繰り返しながら、クレナイとホタルに背中を押されて裏口から要塞の中に入る。


 裏口に繋がる狭い廊下を歩きながら、軽く溜息を吐く。


 これも嬉しい悲鳴という奴なんだろう。


 人材不足に悩まされることがなくなりそうなのは喜ばしいことだし、評価されるのは純粋に嬉しい。


 だけど、これからしばらくは忙しい日々が続きそうな――


「――え?」


 いつの間にか、目の前にフードを被ったローブ姿の人影が佇んでいた。


 背筋がぞわっと粟立つ。


 視線を真正面から逸らしていたのは、ほんの一瞬のことだ。


 しかもこの廊下に人間が隠れられる場所はない。


 だったらどうして。一体どこから。


 周囲に兵士の姿は見当たらない。

 普段から人通りが少ない場所なうえ、正門の騒動への対応に人手が割かれているせいだ。


 つまり、これから何が起きたとしても、助けを求めることはできない。


「久しいな。リンクス下級魔導師」

「……っ! その声は!」


 恐怖が驚愕に塗り潰される。


 目の前の人物はもはや正体不明の存在ではない。


 嫌になるくらいに良く知っていて、それと同時に、今ここにいることが到底信じられない人物。


「トベラ大臣! どうしてここに――」


 最後まで叫び終えることはできなかった。


 完全な無詠唱で発動した転移魔法に飲み込まれ、僕の存在そのものが廊下から消え失せてしまったからだ。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

 

少しでも「面白い」「続きが読みたい」と思っていただけたら、ページ下部の「☆☆☆☆☆」から評価していただけると嬉しいです。

 

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