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■第二十一話 査察官の結論

 マズいマズいマズい。ヤバいヤバいヤバい。


 焦りが際限なく腹の底から湧いてくる。


 魔法使いにして軍人。魔導と軍事のエキスパート。


 その豊富な知識と経験を悪用すれば、魔導器の研究を邪魔する口実くらい簡単に捻り出してしまうだろう。


 どんな方向性から攻めてくるつもりだ? 一体どうすれば凌ぎ切れる?


 ここにマクリア伯がいれば、領主権限であれこれとやり返すことができたかもしれないが、いくら何でも無理な相談というものだ。


 さっきの獣人(イリオス)みたいに命を狙ってくる敵だったら、手段を選ばずに抵抗すれば凌げたかもしれない。


 けれど、この手の敵に強硬手段は逆効果。


 査察を暴力で拒んだということで、却って立場を危うくしてしまう。


 つまり言葉だけでやり合うしかないわけだが、三流魔導師の僕でどれだけ抗えるものか。


 ルリも口惜しそうに唇を結んでいる。


 友達であるマクリア伯の力になれないことを悔しがっているんだろう。


 今回ばかりは、ルリの助けは期待できない。


 あいつも魔法省側の査察官という立場、つまり表向きにはトベラ大臣の使者という扱いだったから、下手にこちらの肩を持てば逆に付け入る隙を与えかねないのだ。


「……魔導師コハク。まずひとつ聞きたい。何故、魔導器なるものを研究し始めたのだ。魔導師としては異端の研究だと分かっていただろう」


 冷徹な声が問いかけてくる。


 一瞬、どう答えれば安全だろうかと思考して、すぐに止めた。


 考えるだけ無駄に決まっている。

 取り繕えば取り繕うだけ、辻褄合わせが苦しくなるだけだ。


 だから、心からの本音を返す。


「最初は……自分自身のためでした。僕はアカデミーを卒業できたのが奇跡みたいな三流魔導師です。実力も何も足りていない。だから、少しでも足りない分を補うために、道具を改良し続けて……その末に、簡単な魔法であれば道具だけで行使できると気付きました」


 軍用車輌にもたれかかって座り込んだまま、顔を上げて長身のメギ・グラフカの顔をまっすぐ見据え返す。


 決して目は逸らさない。恥じるようなことは何一つないのだから。


「現状、この国は魔導師が……魔法使いが全く足りていない。だけど、この技術を使えば足りない分を補える。そう思って大臣に論文を提出したんですが、結果は御覧の通りです」

「……魔導への侮辱であると糾弾され、辺境に左遷された」

「まぁこの時点では、魔法省にアイディアを採用してもらうつもりであって、自分が研究開発をするなんて思いもしていませんでしたけどね」


 万が一にも採用されていたら、間違いなく大規模なプロジェクトになる。


 僕みたいな三流が主導することはなく、上級魔導師か特級魔導師の誰かが舵を取るだろう……なんてことを考えていたのも、今となっては懐かしい。


「マクリアに着いたときは本当に驚きました。何もかもボロボロで何もかも足りていない。僕一人だけが馬車馬のように働いても到底間に合いそうにないし、そんなことをしたら過労で死んでしまうなって思うくらいに。だから魔導器の試作品を使いました。僕が楽をするために」


 聞こえのいい言葉なんか使わない。


 なんて自分勝手な奴だ、と思われたって知るものか。


 魔法も『楽をしたい』という願望を叶えるために頼られるのだ。


 違いがあるとすれば、頼る相手が魔法使いか意志のない道具なのかというだけで。


「だけど、僕が思っていた以上に、マクリアの人達は喜んでくれました。足りなかったものが満たされた、見捨てられたと思っていたけど救われた……そんな風に思ってもらえることが嬉しくって、もっと皆の為になるものを作りたくなった。理由はこれだけです。納得してもらえましたか?」


 ああ、すっきりした気分だ。


 何もかも包み隠さずにぶちまけてやった。


「査察官殿。僭越ながら、私からも口添えをお許しください」


 僕の隣で治癒魔法を受けていたホタルも声を上げる。


「魔導器のお陰で、マクリア地方の情勢は飛躍的に改善しました。サブノック要塞の戦力は高まり、戦力供出で疲弊していた村落も回復しつつあります。全てはコハク殿の研究の賜物。どうかご一考を」


 ルリも治癒魔法を発動しながら、しきりに頷いている。


 メギ・グラフカは気難しそうに押し黙ったまま、しばらく考え込むような素振りを見せて、それからゆっくりと口を開いた。


「……先程、サブノック要塞を視察させてもらった。加えて、偶然の産物ではあったが、魔導器を用いた作戦行動も観察することができた。貴君への聞き取りも含め、判断を下すには充分な知見を得たと言えるだろう」


 つまり、この男の中では、とっくに結論が出ているということだ。


「結論から言おう。私は魔導器の研究開発を『有用である』と判断する」


 その一言に、迷いはなかった。


「魔法を用いることなく火を起こし、熱を生み、冷気を作り出し、明かりを灯す。畑を拓き、人を運び、物を送る。どれも人々が必要としているもの、心から望まれているものばかりだ。それを切り捨てるなど、できるわけがあるまい」


 予想もしなかった宣告に頭が追いつかない。


 都合の良い幻でも見ているんじゃないだろうか。


「軍事省と近衛兵団も、魔法省の方針には頭を悩ませている。魔法の使い手の不足に悩まされているのは、何も民衆だけではないのだ。魔導師の派遣の可否を交渉材料にされることも、決して珍しいことではないのでな」

「……いいんですか? トベラ大臣に歯向かうことになるんじゃ……」

「私は軍事省の人間であり、陛下をお守りする近衛兵だ。協力はしても服従はしない。我々自身の利益を損なうようなら、協力の対象外だ。軍事省(こちら)の大臣と兵団長もそう仰っている」


 メギ・グラフカの発言は一言一言が力強く、強固な意志が込められているようだった。


「魔導器は近衛兵団のためにもなる技術だ。これを握り潰すということは、近衛兵団の利益を損なうということ。ひいては国王陛下に背く行いに他ならない。我々は精強であらねばならんのだ! 陛下の御為にも! ……という理由で、御納得頂けたかな?」


 ここに来て初めて、メギ・グラフカの口元に微笑が浮かぶ。


 厳格さがほんの少しだけ緩み、その隙間からメギ・グラフカという人物の人間味が覗いたような気がした。


「正直なところ、トベラ大臣のやり口は前々から気に入らなかったのだ。判断に私情を挟んだつもりはないが、個人的には溜飲が下がった思いだよ」


 メギ・グラフカは軽く手を振って踵を返し、一番遠くに停められた軍用車の方へ歩き去っていった。


 まだ頭がついてこない。何が起きたのか飲み込みきれていない。


 研究を認められた……そう受け止めてもいいのか?


 ようやく喜びの実感が湧き上がってきたかと思ったところで、左右からルリとホタルが肩を掴んで思いっきり揺すってきた。


「やりましたわ! これで貴方……もユキカも安泰ですわね!」

「コハク殿! おめでとうございます! 一時はどうなることかと……!」

「ちょ、なんで君らの方が喜んでるんだよ」


 呆れながらも、唇が緩んでしまうのが止められない。


 緊張の糸がぷっつりと切れてしまって、しばらくは立ち上がることすらできそうになかった。


◇ ◇ ◇


 ――深夜。王都、魔法省庁舎、大応接室。


 コハク・リンクスとメギ・グラフカの邂逅から数日後、魔法省大臣のトベラ特級魔導師は、豪奢な内装の応接室で別の老人と対面していた。


「失礼。もう一度、お聞きしてもよろしいかな?」


 トベラ大臣の発言は、露骨に苛立ちを噛み殺したような響きを帯びていた。


「軍事省は魔導器の研究開発を全面的に支持する、と申し上げた。大臣としての権限で、この私が下した決定だ」


 面談の相手――軍事省の大臣は平然とそう答えた。


 怯む様子もなければ臆する気配もない。


 自然体のままの堂々とした応対であった。


「……ご協力頂けると伺っていましたが?」

「お恥ずかしながら、魔導器の有用性を見誤っておりましてな。いやはや、なにせ魔法には疎いもので。部下からの報告がなければ、せっかくの新技術を危うく見逃してしまうところでした」


 トベラ大臣から無言で睨みつけられながらも、軍事省の大臣は平然とした態度のまま席を立った。


「では、これにて失礼。マクリア地方伯に送る書状の準備がありますので」


 軍事省の大臣が立ち去り、応接室に沈黙が訪れる。


 トベラ大臣は怒りに身を震わせ、魔力の籠もった拳を応接室のテーブルに叩きつけた。


 真っ二つに砕け割れる応接テーブル。


 それでもなおトベラ大臣の怒りは収まらず、無言のまま歯を食いしばり、握り締めた拳を膝の上で震わせ続けていた。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

 

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