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■第十六話 査察(1)

 その後、僕は試作自動車のメンテナンスを済ませてから、サブノック要塞に引き返そうとした。


 クレナイが運転席に乗り込み、マクリア伯も自分の馬車に戻ったから、後は僕が後部座席に乗って出発を指示するだけ。


 ちょうどそのタイミングで、ルリが自動車に向かおうとする僕を呼び止めた。


「お待ちなさい。一つ、大事なことを思い出しましたわ。貴方に会ったら伝えようと思っていたことです」

「大事なこと?」

「以前、一ヶ月ほど休暇を取った、と申し上げたでしょう。本来なら、そろそろ王都に帰る頃合いなのですが、少々予定が変わりました。もうしばらく、この土地に滞在することになりそうです」


 言われてみれば、そんな話を聞いた気がする。


 つまり、僕がマクリア地方に派遣されて、かれこれ一ヶ月。


 前々から練っていた設計を実際に作っただけとはいえ、ボイラーや自動車の試作品まで形にすることができたのは、相当なハイペースだと言っていいんじゃないだろうか。


 もっとも、全部が手作業だったら、この数倍は掛かっていたに違いない。


 魔導器を作る過程では、僕が使える魔法をフル活用し続けている。


 例えば金属の素材を加工するときも、手作業で曲げたり繋げたりするのではなく、金属を操る魔法で良い感じに加工することで、作業時間を大幅に短縮している……といった具合に。


 しかしその辺りを差し引いても、自慢できる成果なのは変わらないはずだ。


「休暇の延長? よっぽど気に入ったんだね」

「仕事ですわ。先日、魔法省からの指示がありました。休暇が明け次第、マクリア地方で査察に当たれ、と」

「……ササツ? ササツって……査察、か?」


 聞こえてきた言葉が信じられなくて……いや、信じたくなくて、思わず間の抜けた聞き返し方をしてしまう。


「ええ、査察です。魔法省も貴方の活躍を無視できなくなったようですわね」

「う、嘘だろ!? もう目を付けられたってこと!? まだ一ヶ月しか経ってないのに!」

「残念ながら当然の結果です。たったの一ヶ月でこんな乗り物まで作っておいて、注目されないはずがないでしょう。ご自分が成し遂げたことを振り返りなさい」


 ルリの指摘が正論すぎて反論のしようもなかった。


 新しい環境。強力な後ろ盾。あまりに物事が上手く行き過ぎて、つい加減を忘れてしまったことは事実だ。


 けれど、さすがにここまで動きが早いのは想定外だった。


「ですがご安心を。さしもの魔法省も、地方伯クラスの上級貴族の邪魔をするのは簡単ではありません。今回の査察の対象も、あくまで『亜人との魔石の取引』である、という名目になっています」

「そ……それは確かに、査察して当然だよな……」

「ちなみに、査察をするのは魔法省だけではありません。軍事省からも査察官が送られる予定です。こちらの到着は、わたくしの査察の翌月になるそうですが」


 上級貴族が自分の領地で行動する分には、大体のことは自治権の範疇として容認される。


 王宮が強制的に介入できるのは、よほど目に余るほどの残虐行為か、王国に対する反逆行為やその準備くらいのものだ。


「なるほどね……亜人との取引が王国への反逆行為に当たるんじゃないか、って方向から攻めようって魂胆か。しかも軍事省まで巻き込んで。魔導器を作るな! っていうのは、マクリア伯が相手じゃ言いたくても言えないから……」


 トベラ大臣の苦々しい顔が目に浮かぶようだ。


 魔法省の上層部は僕に魔導器の研究をさせたくない。

 だけど、マクリア伯が研究させたいと言ったら邪魔はできない。


 苦肉の策として、もっともらしい屁理屈で足を引っ張れないかと考えたんだろう。


「ユキカは査察を最初から織り込み済みです。魔法省を納得させるだけの準備は整えてあります。わたくしは『問題なし』と報告するつもりですし、軍事省の役人は魔法に詳しくないでしょう。揚げ足を取るにも知識が必要ですわ」

「ええと、それはつまり……あんまり気にしなくてもいいってことか?」


 あっさり頷くルリ。


 疲労感というか徒労感がどっとこみ上げてきて、思わず肩を落としてしまう。


「何だ、それならそうと最初に言ってくれよ……無駄に疲れた……」

「大事な話であることに変わりはないでしょう。事前の情報共有は重要ですわ」


 いやまぁ、それはそうなんだけど。


 結局のところ、僕は今まで通りに過ごせばいいわけだ。


 マクリア伯は査察を予想していたらしいし、レオン司令だってちゃんと考えているに決まっている。


 二人からの要請を受けて魔導器を作っている限り、余計なことをしてしまう心配はないのだから。


「ただし! 勘違いなさらないでくださいませ! わたくしの判断は客観的かつ合理的に判断した結果です! それがたまたま、ユキカにとって好都合な報告になるだけですし、ましてや……」

「貴方のためではありません、だろ? 言われなくても分かってるよ。こういうときに私情を挟まないのは、ルリのいいところだからね」


 だからこそ、魔法省もルリを担当に選んだんだろう。


 さもなければ、要注意人物に目を光らせるための査察に、そいつの同期を送り込んだりはしないはずだ。


「……分かっているなら、結構ですわ。同期と友人が相手だから手を抜いた、などと誤解されてはたまりませんから」


 何故かルリは不機嫌そうなように見えた。


 褒めたつもりだったのに。一体何が不満だったんだろうか。


 それなりに長い付き合いだけど、ルリの考えていることは時々よく分からない。


◇ ◇ ◇


 ――王都、魔法省。


 魔導師コハクが査察について知ったちょうどその頃、トベラ大臣の執務室を一人の軍服姿の若者が訪ねていた。


「お呼びですか、大臣閣下」

「うむ。よく来てくれた、メギ・グラフカ近衛小隊長」


 その男は背筋をまっすぐ伸ばし、両手を背中側に回して組んだ体勢で、直立不動のまま大臣と対峙している。


「まず確認しておくが、マクリア地方伯領について、貴官はどの程度まで把握している?」

「王国領の最西端の貴族領。四大貴族ゼフィロス公の影響下にあるものの、魔獣および亜人の群生地と隣接していることから、昨今は荒廃の一途を辿っている。私が知る情報は以上です」

「よろしい。では、この資料に目を通してもらおう」


 メギは大臣から受け取った書類を一読し、怪訝に眉をひそめた。


 そこに記されていた内容は、魔法省の密偵によって調べられた、コハクとマクリア伯のこれまでの行動についての概要だった。


 魔導器。コボルト。百眼同盟。魔石の取引――第三者視点で調べうることは、おおよそすべて記されていると言っても過言ではない。


「……信じがたい情報です」

「忌々しいことに真実だ。あの男、異端の思想を捨てるどころか、現地の領主に取り入って研究を認めさせおった。まさか左遷が裏目に出るとはな」


 トベラ大臣は吐き捨てるようにそう言った。


「無論、我々も手をこまねいているばかりではない。その資料にもある通り、亜人と魔石を取引していることを口実に、魔法省と軍事省の共同査察をねじ込むことには成功した。これを足がかりに切り崩してやるまでよ」

「しかしながら、閣下。魔法省の査察担当がコハク・リンクスの同期というのは、人選に問題があるのでは。手心を加える可能性が高いでしょう」

「構わん。それも計算のうちだ」


 躊躇のない断言だった。


「魔法省の査察官は身内も同然。軍事省の人間は魔法に疎い。ここまで有利な状況が重なれば、奴らは間違いなく油断する。そこで貴官の出番だ。近衛兵団所属の軍人にして、公認資格を持つ正規魔導師。稀有な人材である貴官に、軍事省の査察担当として現地に赴いてもらいたい」


 ルリ・ディアマンティによる査察は囮。

 本命は一ヶ月の間をおいて行われる、軍事省側の査察。


 最初から手強い妨害だと分かっていれば、魔導師コハクもマクリア伯も相応の対策を練って迎え討とうとするだろう。


 不都合な事実の隠蔽を図ることも充分に考えられる。


 その裏をかき、簡単に乗り切れる妨害だと思い込ませた上で、魔法にも軍事にも精通した人物を送り込み、魔導器研究を潰すための口実を作り出す。


 これこそがトベラ大臣の講じた策であった。


「私は魔導師である以前に軍人です。魔法省からの指示で動くことはできません」

「心配は要らんよ。既に貴官の上司には話を通してある。じきに正式な辞令が出るだろう。今日こうして呼び出したのは事前説明のために過ぎん」

「……正式な命令であるのなら、拒む理由はありません」

「結構。期待しているよ。下がりなさい」


 メギ・グラフカは略式の敬礼をして、大臣の執務室を後にした。


 扉を閉め、声も姿も大臣に届かなくなったところで、初めて表情らしい表情を――蔑むような顔をする。


「暇さえあれば足の引っ張り合い……これだから魔法省はいけ好かない。軍を選んで正解だったな」


 魔導師の資格を持つ近衛兵。確かに稀有な人材だ。


 しかし裏を返せば、それは魔導師として魔法省の下で生きることを拒否し、畑違いの分野を選んだということでもあった。


「だが、正式な命令だというなら致し方ない。コハク・リンクスとやらの手腕、見せてもらうとしよう」

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

 

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