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■第十一話 領都リーリオン

 洞窟探索の翌日。僕はマクリア地方の領主に面会するべく、この地域の最大都市リーリオンを訪れた。


 都市……といっても、王都とは比較にならない。

 他の村よりは大きな街。城壁に取り囲まれた運河沿いの市街地。


 今回は、クレナイやホタルは来ていない。僕一人での訪問だ。


 二人とも同行を申し出てくれたのだが、どちらも他にやるべきことが――クレナイには村の道路や畑の整備が、ホタルにはサブノック要塞の騎士としての職務が――ありそうだったので、ひとまずはそちらに専念してもらうことにした。


 案内された先は、中央の丘に建てられた領主の館。


 街で一番大きな建物だが、城と呼べるほどの規模ではない。


 警備がやたらと厳重な豪邸といった雰囲気だ。


「ふぅ……緊張するな……」


 応接間の扉の前で呼吸を整える。


 魔導師という職業柄、貴族から招かれて仕事をすることはあったけれど、何回やってもなかなか慣れないものだ。


「失礼します!」


 館の従者が扉を開けたのに合わせて、応接間に足を踏み入れる。


 室内にいたのは二人の女性。

 応接室のテーブルを挟んで談笑に花を咲かせている。


 一人は服も髪も真っ白で、年齢は少女と呼んで差し支えないくらい。

 穏やかに微笑んだその神秘的な姿は、まるで絵画から抜け出てきたかのようだ。


 そしてもう一人は――


「あらあら! お久しぶりですわね、コハクさん!」

「ルリ!? どうしてここに!」


 ――ルリ・ディアマンディ。


 お嬢様の典型例(テンプレート)を地で行く、青い目の女魔導師。


 王都で別れを告げたはずの同期の女が、さも当然のような顔をしてそこにいた。


「勘違いなさらないでくださいませ。ただの休暇ですわ。ここ一年ほど働き詰めでしたから、一ヶ月ほど長めの休養を取ろうと思いましたの」

「休暇? 辺境だとか色々言ってたじゃないか。何でそんなところに」

「都会の喧騒を離れてゆっくりしたかっただけです。職務として派遣されるなら島流しも同然ですが、静養目的ならむしろ快適ですわ。貴方の様子が気になったなんて、これっぽっちも考えたりはしていませんから、勘違いなさらないように!」

「何の話だよ……」


 呆れと一緒に懐かしさが湧き上がってくる。


 魔導師のアカデミーに通っていた頃は、毎日のようにこんなやり取りを繰り返していたものだ。


「そんなことより、領主様は? ここで面会する予定だったんだけど……」

「領主様? それでしたら、目の前にいらっしゃるではありませんか」


 何だって? ここにいるのは僕とルリと、あと一人……おしとやかに微笑む白い少女だけで……


「ま、まさか」

「はじめまして、魔導師様。マクリア地方伯、ユキカ・アラヴァストスと申します」

「えええええっ!?」


 僕の驚きっぷりが面白かったのか、ルリとマクリア伯はクスクスと笑った。


 だって無理もないだろう。

 普通、領主と聞いたらそれなりの年齢の人物を思い浮かべるものだ。


 まさかこんなに若い女の子が領主だなんて、一体誰が想像できるというのか。


「魔導師様のお話はリョウブ卿とホタル卿から伺っています。誰でも魔法を使えるようになる道具を発明なさったとか。本当に素晴らしい発明だと思います」

「リョウブ卿……あっ、レオン司令のことですね」


 貴族の敬称は領地の名称に『伯』をつけ、騎士への敬称は個人名かフルネームに『卿』をつける。


 マクリア地方を治めるユキカ・アラヴァストスなら、マクリア伯。

 騎士に叙されたリョウブ・レオンなら、リョウブ卿かリョウブ・レオン卿、といった具合だ。


 ちなみにルリも貴族の家柄の出身ではあるが、本人が爵位や領地を持っているわけではないから、伯とか卿とかをつけて呼ばれることはない。


 何か敬称をつけるなら『嬢』あたりだろう。


「お褒めに与り光栄です。それにしても、うちの失礼な同僚が押しかけてしまったみたいで、本当に申し訳ありません」

「失礼な同僚? まさかわたくしのことですの?」

「さっきから、人様の領地を辺境だの島流し先だの、失礼なこと言いまくりだろ」

「ふふっ、迷惑なんかしていませんよ」


 今のやり取りのどこが面白かったのかは知らないが、マクリア伯は口元に手をやってくすりと笑った。


「ここが辺境の地だということも、都会の方々にとっては左遷地に等しいことも、単なる事実です。私自身もそう思っていますからね。それに、ディアマンディ家の魔導師の方とお近付きになれるのは光栄ですし、何より楽しくお喋りできました」

「まったく……わたくしのことよりも、まずはご自分の用件をお済ませになっては? ユキカとお話がしたかったのでしょう?」


 そうだ、僕はルリと駄弁りに来たわけじゃないんだ。


 やるべきことをちゃんと済ませてしまわないと。


「マクリア伯。実は……」


 ここに来た理由を、マクリア伯に一つ一つ詳細に説明していく。


 魔導器の開発と量産のために大量の魔石が必要になること。


 供給源としてアルゴス山脈に目をつけていること。


 そして、現地の下見に赴いたところ、コボルトのガル族から取引を求められたこと。


 一連の出来事を伝えている間、ルリは信じられないものを見たような顔で絶句し、マクリア伯は興味津々に目を輝かせていた。


「呆れて言葉も出ませんわ! 例の研究を実行したのみならず、魔石欲しさに亜人との取引まで!?」

「大変興味深いお話です! 考えたこともありませんでした!」

「考える方がおかしいんですの!」


 酷い言い草だな。全くもってその通りだけど。


「……それにしても、驚きました。まさかこんなに好意的な反応が貰えるとは。説得のための資料も作ってきたんですが、取り越し苦労でしたね」

「資料、ですか?」

「どのような魔導器を考えているのか、一通り書類にまとめておいたんです。もしも反対されたときは、これを見せて説得しようかと」

「えっ!? そ、それ、見せていただいても!?」


 マクリア伯は応接机の椅子から立ち上がり、綺麗な顔を僕にぐいっと近付けてきた。


 予想以上の食いつきように思わずたじろいでしまう。


「構いませんが……単なるアイディアスケッチみたいなものなので、実現性は期待しないでいただけると……」

「ありがとうございます!」


 これはあくまで僕の夢想を描いたもの。


 ずっと前から書き溜めていた、いつかこんなものが作りたいという構想図を、万が一の場合の説得材料としてまとめ直したものに過ぎない。


 正直、他人に見せるのは恥ずかしいくらいだ。


 けれどマクリア伯は、そんな代物にすっかり目を輝かせて魅入っていた。


 例えば、クレナイにも話していた、魔力による加熱装置。

 魔法使いが少ない地域では、火を起こすのもお湯を沸かすのも、手作業で地道に調達された薪や木炭、あるいは泥炭に頼り切りになっている。

 これを魔石に置き換えることができれば、人々の生活もぐっと楽になるだろう。


 例えば、魔石ランタンを発展させた照明システム。

 王都のような都会なら、魔法使いが街中の街灯に灯りをつけてまわることもできるが、片田舎ではそんなことすら難しい。

 夜になったら自動的に点灯する魔導器を作ることができたら、集落の中どころか、村と村を繋ぐ道を照らし続けることだってできるかもしれない。


 例えば、水晶玉を使った遠隔会話を応用した通信器。

 正直、こいつは前の二つと比べたら夢物語だ。

 というか僕自身、この手の魔法は得意じゃない。

 自分でも使いこなせない魔法を魔導器に落とし込むのは、どう考えても現実的とは言い難い。

 だけど万が一、本当にこれを作ることができたら、間違いなく世界が一変するはずだ。


 そして、例えば――


「あら、自動車ですか。懐かしいですわね」


 ルリがマクリア伯の肩越しに視線を落とす。


 自動車――呼んで字の如く、馬や人間が引っ張らなくても動く車のことだ。


「ご存知なのですか?」

「わたくしが魔導アカデミーの学生だった時期のことです。あの頃、男子学生の間で妙な遊びが流行していました。車体だけの荷馬車に乗り、魔法を使って走らせることを『自動車』と呼び、その速さを競っていましたの。実に魔導師らしくない遊戯でしたわ」


 懐かしい話だ。


 それぞれが一番得意な属性の魔法を使って車を加速させ、他の奴より一秒でも速くゴールにたどり着く――たったそれだけのことがとても楽しくて、夢中になって繰り返していたものだ。


 今になって思えば、この経験が魔導器というアイディアの源流になったのかもしれない。


「もっとも、最終的には金銭を賭けた賭博にまで発展した挙げ句、アカデミーから厳しく禁止される末路を辿ったわけですが。根こそぎ退学にならなかったのは、当時の理事長の温情ですわね」

「ちょ……人聞きの悪いこと言うなよ! 僕は賭けてなかったからな!?」

「ええ、貴方はもっぱら賭けられる側でしたものね。賞金は賭け金から出ていたんでしたっけ? 昨日のことのように思い出せますわ。これで当面の学費を稼げた、などと喜んでいた貴方の顔も」

「若気の至りを掘り返さないでもらえるかなぁ!」

「ふふっ。お二人とも、仲がよろしいんですね」


 クスクスと笑うマクリア伯。


 相手が相手だけに事実誤認だと言い返しにくい。


「さて、コハク様。貴方がご提案なさった魔導器の数々、どれも素晴らしいものばかりでした。一個人としても、この地方を預かる領主としても、強い関心を抱かずにはいられません」

「それじゃあ……!」

「ガル族との魔石の取引を承認します。この件は私に任せて、コハク様は魔導器の研究に専念してください」


 思わず溢れそうになる喜びの声をぐっと飲み込み、領主の御前に相応しい態度を取り繕おうとする。


 だけど無駄な抵抗だった。口元が緩んで仕方がない。


 魔石の取引を許可してもらえただけでなく、実務的なあれこれはマクリア伯に丸投げさせてもらえた上に、魔導器の研究に専念する許可までもらうことができた。


 僕にとっては紛れもない満額回答。

 これ以上の結果は想像すらできないくらいだ。


「よろしいんですの、ユキカ。研究に専念させるのでしたら、魔導師としての現場仕事をさせる余裕はなくなりますわ。両方やらせて馬車馬のように働かせるのも手ではありますけど」

「構いません。たった一人の魔導師様に無理をさせ続けるよりも、領民に魔法を授けていただく方が、長期的にはずっと良い結果を生むはずです。前領主の失敗は繰り返したくありませんから」


 前領主の失敗というと、前任の魔導師が仕事を放棄して失踪してしまったことだろう。


 僕に対して同じような扱いをすれば、また同じような結果になるかもしれない、ということか。

 実に合理的で、非常にありがたい発想だ。


「はぁ……領主としては適切な判断なのかもしれませんが、魔導師としては頭が痛いことこの上ありませんわね。これも地方伯の自治権の範疇でしょうし、魔法省も表立っては文句を言えないと思いますけど……果たしてどうなることやら、ですわ」


 喜びに胸を躍らせる僕と、期待に胸を膨らませるマクリア伯の傍らで、ルリだけは眉をひそめて頭を悩ませていた。


「そもそも、コハクさん? 貴方、また魔法省に喧嘩を売るような真似をして、本当に平気なんですの? 今度こそ魔導師の公認資格を取り消されるかもしれませんのよ?」

「もしクビになったら、そのときは民間の魔法使いにでも転職するよ。研究は魔導師じゃなくてもできるからね」

「貴方という人は……昔から変わっていませんのね」


 魔法省のトベラ大臣あたりがこのことを知ったら、僕を左遷したとき以上に怒りまくるに違いない。


 だけどルリの言う通り、地方伯クラスの領主が決めたことなら、魔法省もそう簡単には手や口を出すことはできない。


 これから先、色んな意味で楽しくなりそうだ――僕は不謹慎な興奮を抑えることができなかった。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

 

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