EP.8 夕食後の雑談。そして……
登場人物紹介
真田健一:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。玲香に告白されるも答えは保留中。日課は、スマホゲームのデイリーミッション。
神楽坂玲香:誕生日一日違いの義妹。戸籍上は神楽坂玲香。色々あって、健一に告白した。最近、健一と出かけていないな、と思っている。
御巫詩穂美:玲香の数少ない友人。お嬢様学校として名高い光華学園の生徒だが本人はお嬢様ではない。無双流という武術の使い手。毎夜、親友の玲香と通話をしている。
「お義兄ちゃん」
健一は、リビングのソファで寝転がり、スマートフォンのゲームをプレイしていると、キッチンに居る玲香から声を掛けられた。
「なに?」
健一は身体を起き上がらせ、答える。
玲香はキッチンからこちらに歩いてくると、向かいのソファに座った。
「もう洗い物終わったんだ」
健一が言う。
「ええ」
玲香は夕食後の洗い物をしていた。
「いつもありがとう」
健一は感謝の言葉を述べた。
「いいのよ。食器の片付けはいつもやってもらっているし、――それに、自分の部屋に戻らず、こうしてリビングにいるのも、なにかあれば手伝えるようにでしょう?」
「…………買いかぶりすぎだって」
「そうかしら?」
「そうだよ。――僕はこのソファで、寝っ転がるのが好きなだけだから」
「……そういうことにしておくわ」
「……だから違うって……。――て言うか、なにか用があったんじゃないの?」
ここまで見透かされるとむず痒くなるので、話を変える。
「ああ、そうだったわね。たいした話じゃないのよ。――さっき、スマホでゲームやってたでしょ?」
「うん」
健一がプレイしていたスマートフォンゲームは『ブレイヴ・アークス』という名前のゲームだった。
神話・伝承に登場する『伝説の武具』が少女の姿――アークスとなり、「虚無獣」と呼ばれる怪物と戦うゲームである。
だが、正直、よくある設定のゲームで、決して大人気のゲームではない。
サービス開始して五年経った今でも、サービス終了していないのが奇跡なぐらいだ。
実際、健一の知り合いで、このゲームをやっていたのは、一人だけだった。
だが、そんな『ブレイヴ・アークス』が健一は大好きだった。
「面白いの?」
「……面白いというか……日課みたいな感じかな」
「日課?」
「デイリーミッションがあるから、それはやっておかないとね」
数年前は『ブレイヴ・アークス』にドハマりしていて、毎日メインストーリーを見て感動したり、高難度クエストに必死に挑戦したりしていた。
だが、今はすっかり落ち着いてしまいデイリーミッションをこなす程度だった。
「デイリーミッション?」
玲香が首を傾げる。
「スマホゲームのデイリーミッションっていうのは、毎日そのゲームの中で用意されている『お題』みたいなものだよ」
「お題?」
「そう。例えば『ゲームにログインする』、『ゲームを一回プレイする』みたいに、小さな課題がいくつか出されるんだ」
「……………………」
「で、その課題を、ご褒美としてゲーム内のお金とかアイテムがもらえるんだ。――これがデイリーミッションかな」
「……………………」
玲香はそれを聞いて、考え込む。
健一が説明した内容を咀嚼しているようだ。
しばらくの後、玲香が口を開いた。
「……改めて訊くけど……それって、面白い?」
「うっ……」
痛いところを突かれる。
これは健一としても、答えを出しあぐねていることだからだ。
「…………どうだろう。最初は面白かったと思うけど、もう数年やっているゲームだから、惰性になってるかな」
「……わからないわね。なんで惰性でゲームをやるの?」
「……それは……」
玲香の素朴な疑問に言葉が出てこない。
確かに、今やプレイしていて面白い――とはあまり思ってはいない。
正直、プレイすることが義務になっている部分もある。
だが――
「…………結局、このゲームが好きだからかなぁ……」
「好き?」
「うん」
健一は頷く。
「ゲームとしてはやり尽くした感じはあるけど、世界観やキャラクターは好きだし、ついやっちゃうよね」
色々と理由はあるが、結局はそれだ。
そうでなければ、あの時に、止めていた。
「……………………」
忘れようとしていた記憶が蘇る。
胸の奥に、針で軽く突かれたような痛みが走る。
――大丈夫……もう昔のことだ……
「お義兄ちゃん?」
玲香が健一の変化に気づいたのか、心配そうに言う。
健一は、努めて明るい調子で言った。
「後は、今まで課金を結構してるから、それを無駄にしたくない、というのもあるかな」
「そう……」
玲香はそれ以上追求してこなかった。
おそらく、話したい話題ではないことに気づいてくれたからだろう。
健一は玲香に感謝した。
「それで、結局玲香は、なにが訊きたかったの? 『ブレイヴ・アークス』に興味があるってこと?」
健一は言った。
「……深い意味はないわ。ふと、気になったから訊いてみただけよ」
玲香は肩をすくめて見せた。
そして、続ける。
「私にとってゲームは、この前お義兄ちゃんとゲームセンターでやったあのゲームしか知らないから」
「それって、ファイ○ルファイトのこと?」
『ファイ○ルファイト』とは、ベルトスクロールアクションゲームの傑作である。
玲香と同居して三日目、ゲームセンターで一緒にプレイしたゲームでもあった。
「ええ」
玲香はその時のことを思い出したのか、楽しそうな口調で言う。
「あの時は、楽しかったわね」
確かに、あの時の玲香は楽しそうだった。
初見プレイでクリアするぐらいの腕前なのだから。
足を引っ張っていたのは明らかに健一の方だった。
「本当に楽しかったわね。ゲームセンター」
玲香が、『ゲームセンター』を強調して、言った。
そんな玲香の言い方に違和感を感じた。
「……う、うん……?」
「ゲームセンター、楽しかったわよね? お義兄ちゃん」
「そ、そうだね……?」
なぜか、ひたすらゲームセンターが楽しかったという話を繰り返す玲香。
――なにが言いたいんだろう……
と、胸中で独りごちた後、ようやく気づいた。
――まったく……
「そういえばさ」
健一は、わざとらしくなり過ぎないように、努めて軽い口調で言った。
「なにかしら?」
「この前一人でゲーセンに行ったときに、一人でファイナ○ファイトをやったんだけど、かなりコンティニューをしないとクリアできなかったんだ」
それは、玲香に告白された翌日の話だった。
玲香のことを考えながら、繁華街を歩いていた時、自分の考えを見つめ直す際に、ゲームセンターに寄ったのだ。
「お義兄ちゃん、一人で行ってたんだ……」
なんだか不満そうな玲香。
それを見て、健一は、確信した。
「だからさ、玲香にお願いがあるんだよね」
「お願い?」
「なんだか、僕にはあのゲームは難しいみたいなんで、玲香にコツを教えて欲しいんだ。一緒にやったとき、玲香は本当にうまかったから。お願いできるかな?」
健一は、大げさに両手を合わせ拝むような仕草をした。
「仕方ないわね……私がしっかり教えてあげるから」
そう言う玲香の顔は普段通りの無表情に見えた。
だが、よく見ると口元が緩んでいる。もっともこれは、健一でなければ気づかないだろうが。
――やれやれ……
健一と玲香は、その後、ゲームセンターに行く日を話し合うのだった。
*
「やっぱりデートと言えば男性に誘われたいわよね、詩穂美」
嬉々として健一にデートに誘われた時のことを語る玲香。
『……真田君も大変ね……』
詩穂美は呆れ声だった。
*
夜、健一は夢を見た。
それは中学二年になってすぐの頃の夢だ。
窓際の一番後ろの席で、健一は頬杖をつきながら、窓越しに青空を眺めていた。
「ねえ、その鞄についているのって、エクスちゃんのキーホルダーだよね」
「え?」
振り返る。
そこにいたのは、まだ名前も覚えていないクラスメイトの少女だった。
短く切りそろえられた髪が、窓から差し込む春の光を受けてきらりと揺れていた。
少年のようにすっきりとした輪郭に、ぱっと花が咲くような笑顔が印象的だった。
少女は、健一の鞄に付いているキーホルダーを指差していた。
健一は鞄に『ブレイヴ・アークス』の推しキャラである聖剣のキーホルダーを付けていたのだ。
聖剣は、甲冑風ドレスを来た金髪碧眼の少女で『ブレイヴ・アークス』の象徴的キャラクターだった。
「自己紹介聞いたよ。キミって、『ブレイヴ・アークス』好きなんだ?」
「う、うん、そうだけど」
そういえば、二年になって最初の自己紹介の時に『ブレイヴ・アークス』の事を話してスベり散らかしたこと思い出した。
「実はボクも『ブレイヴ・アークス』が大好きなんだよね。――ねえ、少し話さない?」
それが、中学時代に片想いをしていた――石原梓との初めての会話だった。
登場人物紹介2
石原梓:中学時代、健一が片想いしていた相手。偶然、梓が健一の事を嫌と言っていることを聞いてしまい、それ以来疎遠になっている(『二人きりの一週間』の章 第五一話 二人きりの生活 七日目②参照)。




