表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/66

EP.5 風邪と優しい嘘(前編)

登場人物紹介

 神楽坂かぐらざか玲香れいか:誕生日一日違いの義妹。戸籍上は神楽坂玲香。色々あって、健一に告白した。普段から体調には気をつけていたのだが……

 真田さなだ健一けんいち:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。玲香に告白されるも答えは保留中。

 ――あれ?

 朝、起きて、ベッドから降りようとした時、玲香は身体のだるさに気づいた。

 明らかに身体が重い。

 なんとか立ち上がり、いつも通りパジャマからジャージに着替えようとするが、なかなか着替えられない。

 それでもなんとか着替え、一階に降り、洗面所に向かう。

 いつものように、ドラム式洗濯乾燥機に入っている洗濯物を取り込むためだ。

 正直、歩くのもきつい状況だったが、なんとか洗面所にたどり着くことは出来た。

 この体調では、学校へ行くことは難しいだろう。

 洗濯物の取り込みだけしたら、自室に戻って休むしかなさそうだ。

 と――

「おはよう――って、どうしたの? 玲香」

 洗面所にやってきた健一が、尋常じゃない様子の玲香を見て、慌てて近づいてきた。

 玲香は、健一を手で制し、

「……なんだか、ちょっと体調が悪いみたい。――だから、ごめんなさい。朝食を作るのは無理そう」

「いやいや、そんなこと気にすることじゃないから。早く部屋に戻って休まないと」

「でも、洗濯物を畳まないと……」

「だから、そういうこと(・・・・・・)、考えなくていいから。――まずは、自分のことを考えて」

「…………うん、わかった。お義兄ちゃん」

 本当に心配そうな健一の表情を見て、玲香は素直に頷く。

「なら、部屋に戻ろうか。――歩ける?」

「……なんとかそれはできそう」

「そう。じゃあ、ゆっくり階段を上って」

 玲香は、健一に促されて、階段を上り始める。

 健一は、そんな玲香の後ろにぴったりとついて、玲香の背中を手で支えてくれていた。

 普段と違い、やけに頼りがいのある(・・・・・・・)義兄に戸惑いつつも、胸が高鳴ってしまう玲香だった。


 なんとか自室に戻り、ベッドに入る。

 その際に乱れた布団を、健一がかけ直してくれた。

「どう?」

「横になれたことで、随分楽になったわ」

 楽になった度合いとすれば、ほんのわずかではあったが、健一を安心させるための、()だった。

「……………………そう……」

 そんな玲香を、健一はじっと見つめる。

 本当に大丈夫なのか、と思っているのだろう。

「寝てれば良くなるから、お義兄ちゃんは、学校に行って」

「いいよ。僕も学校休むから」

「大丈夫よ。――それに、お義兄ちゃんがいてもそんなに役に立たないから」

 玲香は、頑張って不敵な笑みを浮かべて見せた。

「玲香…………」

「本当に大丈夫だから。お義父さんや母さんにも大丈夫、と伝えておいて」

「…………わかった。父さんと久美子さんには伝えておく」

 健一が、玲香の部屋から出ていった。

「…………ふぅ……」

 玲香は大きく息を吐いた。

 なんとか、納得してもらえたようだ。

 自分の体調不良程度(・・)で、家族に負担をかけたくなかった。

 今まで(・・・)だって、そうだったのだから。


 母と二人で暮らした頃。

 玲香が風邪を引いた時、母に仕事を休んで欲しくなくて、よく強がっていた。

 仕事を頑張っている母の負担になりたくなかったから。

 自分さえ我慢すれば大丈夫。

 それが、玲香の基本的な考え方なのだ。


 それから、しばらくベッドで寝続けていたが、眠ることは出来なかった。

 目を開け、部屋の掛け時計の針を見ると、八時半を指していた。

 数時間はベッドに入っていたことになるが、体調は一向に良くならない。

 喉も痛み始め、咳が出始めた。

 このまま一生体調が良くならないでは、などと思い始めて不安になる。

 ――医者に行った方がいいかしら……

 近所に診療所(クリニック)はあり、徒歩で行ける距離だった。とはいえ、今の玲香にそこまで歩けるかどうか。

 だが、薬を処方してもらわないと、明日も良くならないのでは、と不安になってきた。

 と――

 玲香の部屋のドアが開く。

 部屋に入ってきたのは、健一だった。

 健一は、何故か私服姿だった。

「どうしたの、お義兄ちゃん」

「いいよいいよ。起き上がらなくて」

 上半身を起きあがらせようとする玲香を制する健一。

 そんな健一に、玲香は訊いた。

「お義兄ちゃん、学校へ行ったんじゃないの?」

「いや、行っていないけど。――まあ、色々買い込む必要があったんでコンビニには行ってきたけど」

「どうしてよ。私は大丈夫だからって言ったでしょ」

 健一が来てくれたことは、うれしい気持ちもあるが、それ以上に健一に負担をかけたくなかった。

「そういうわけにはいかないよ」

「何故」

「だってさ」

 と、健一は、にやりと笑みを見せた。

「だって、家族の看病のため(・・・・・・・・)っていう理由で堂々と学校を休めるのに、休まない手はないじゃないか」

「なにを言っているのよ」

「いいや。絶対看病する。僕は玲香の看病をしたくてしかたないんだ。――義妹(いもうと)の看病とか、一度やってみたかったし」

「お義兄ちゃん……」

 そんな、わざとらしい健一の話しぶりに、玲香はある日のことを思い出した。


 それは、健一と同居して二日目の夕方のことだ。

 スーパーマーケット『マーズ』からの帰り。

『お願いします! この僕にその荷物を持たせて下さい! その荷物を持ちたくてしょうがないんです』

 健一は頼ることに慣れていない玲香に納得してもらうために、そんな頼み方をした。

 今日の健一はその時とそっくりだった。

 玲香を負担を感じさせないための、彼なりの優しい嘘(・・・・)なのだろう。

 ――まったく……

 玲香は苦笑し、素直になるしかないな、と思った。

「わかった……お願い、お義兄ちゃん。――正直、かなりつらいの」

「だと思ったよ。――とりあえずタクシー呼ぶから、医者に行こうか」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ