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EP.4 部屋と『彼シャツ』と私

登場人物紹介

 神楽坂かぐらざか玲香れいか:誕生日一日違いの義妹。戸籍上は神楽坂玲香。色々あって、健一に告白した。早朝の静寂が好き。

 真田さなだ健一けんいち:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。玲香に告白されるも答えは保留中。最近は自然と早起きになっている気がする。

 御巫みかなぎ詩穂美しほみ:玲香の数少ない友人。お嬢様学校として名高い光華学園の生徒だが本人はお嬢様ではない。無双流という武術の使い手。幼なじみは『異世界少年カイト』の主人公、黒崎櫂斗。

 早朝のリビング。

 玲香は、いつものジャージ姿で洗濯物を畳んでいた。

 真田家には、ドラム式洗濯乾燥機があり、前日夜に洗濯乾燥モードをセットしておけば、翌日朝には問題なく乾いた状態になる。

 前に住んでいた所では、洗濯機のみで乾燥機がなかったので、部屋干しせざるを得なかったので、真田家の環境は玲香にとっては、天国のようだった。


 誰もいないリビングで淡々と、洗濯物を畳んでいく。

 玲香は、この時間が好きだった。

 静寂の中、ゆっくりと考え事をすることができるからだ。

 その日の献立について考えることもあれば、学校の課題ことなど色々だ。

 今日考えているのは、健一のことだった。

 義兄(あに)の健一と一緒に暮らすことになり、色々と家事を手伝ってもらっている。

 玲香の負担を軽くしたいと思ってのことだろう。

 玲香としては、家事については長年やってきているので、負担などとは思ったことはなく、無理しなくても良いのに、と思っていた。

 ただ、健一の手伝いたいという気持ちそのものは、とてもうれしかった。

 健一には、玲香が指示する形で、様々な家事を手伝ってもらっている。

 だが、健一がやろうとしない家事がある。

 それが、洗濯だった。

 健一は、洗濯関係の家事については、決して関わろうとしなかった。


 健一曰く「洗濯物を畳むの得意じゃないんだよね」という訳のわからない理由だった。


 明らかに嘘だった。

 身も蓋もない言い方をすれば、健一に得意な家事(・・・・・)なんてものはない。

 では、なぜ嘘をついたのかと言えば、同居初日に、風呂にどちらが先に入るかという論争をした時と同じだろう。

 要するに、玲香の衣服――特に下着辺りに触れることを避けている、ということだ。

 玲香としては、そんなこと気にしないのに――と、かつて(・・・)は思っていた。

 だが、健一への想いを自覚した今は、違う(・・)

 やはり、健一に下着を見られるのは抵抗があった。

 手持ちの下着は、見せる(・・・)ことを想定していない地味なものしかないというのもある。なら勝負下着(・・・・)を持っていたとして、それなら見せて良いか、と言われると、そういうわけでもない。

 乙女心というのは複雑なのだ。


 次の洗濯物を手に取るとそれは――健一のワイシャツだった。

 いつも学校へ行く際に来ている、白いスクールシャツだ。

「……………………」

 玲香は、健一のシャツをじっと見つめ、昨日の詩穂美との会話を思い出す――


      *


 夜、玲香はいつものように詩穂美と通話をしていた。

彼シャツ(・・・)? なによそれ」

 聞き覚えのない単語に、玲香は訊き返す。

『知らないの? 仕方ないわね、教えてあげる』

 と、詩穂美が彼シャツとやらの説明をしてくれた。


 詩穂美の説明によると、『彼シャツ』とは、女性が彼氏のシャツを着ることを言うらしい。

 通常、女性より体格の良い男性のシャツを着ることになるので、結果的にオーバーサイズのシャツを着ることになり、それが女性の可愛さ(・・・)を引き立てる――とのことだ。


「なんでそれが可愛さを引き立てるのよ」

 詩穂美の説明を聞いても、理解できなかった。

『わからないの?』

「当然でしょう」

『仕方ないわね…………まず、オーバーサイズのシャツを着ると、ぶかぶか(・・・・)になるじゃない?』

「そうね。――それが?」

『それがいいのよ』

 得意げな声で、詩穂美は言った。

「……どういうこと?」

『例えば、ぶかぶかになるってことは、袖も長くなって指先もあまり見えなくなるよね?』

「……そうなるわね。それが?」

『そういうのを萌え袖(・・・)って言ってね。とても可愛らしく魅力的に見えるのよ』

 詩穂美は、力説する。

「本当?」

 玲香にはその姿をイメージできないので、本当に可愛いのかどうか判断できない。

『本当よ。そして、下は下着以外はなにも履かないのがオススメね。――なんなら、なにも履かない(・・・・・・・)のもアリね』

 詩穂美がさらに妙なことを言ってきた。

「なによそれ。それでは痴女じゃない」

 詩穂美はなにを言っているのだろう。

 自分ならなんでも信じると思ってからかっているのではないか。

『違う違う。そうじゃないのよ』

「どういうこと?」

『最初に言ったけど、ぶかぶかのシャツを着ているわけだから、シャツの裾で太ももぐらいまで、良い感じ(・・・・)に隠してくれるのよ。それがさらに男子をドキドキさせるってわけよ』

「詳しく聞くんじゃなかった。それのどこがいいのよ」

見えそうで見えない(・・・・・・・・・)のが、最高にいいのよね』

「…………本当かしら……」

 あまりに力説する詩穂美に、玲香は戸惑いつつも、少々気になってきた。

 ――可愛らしさ……ね……

 玲香はしばらく逡巡の後、訊いた。

『……………………そういうのって、本当に男の人は好きなの?』

 玲香は自分に可愛らしさ(・・・・・)というものは持ち合わせていないと自覚しているので、彼シャツとやらを着ることで、可愛らしさが増すというのなら、一考の余地(・・・・・)があると考えていた。

『なに、気になっちゃった? ――男の人っていうか、真田君が好きかどうか気になっているんでしょ?』

「別にそんなことないわ。あくまで一般的な知識として訊きたかっただけだから。――もう寝るわ。おやすみ」

『…………はいはい、おやすみ』


       *


「……………………」

 玲香は、健一の真っ白いシャツを手に持ったまま、動かなかった。

 キョロキョロとリビングを見回す。

 ――まだ、誰も起きていないわよね……

 ジャージの上を脱ぎ、Tシャツ姿になる。

 詩穂美は、Tシャツも着ていない方がオススメとか言っていたが、お試し(・・・)でそこまでする必要は無いだろう。

 健一のシャツ――彼シャツ(・・・・)に袖を通す。

 ――まだ彼氏・・ではないのだけれど……まあ、誤差(・・)ね。

 健一のシャツを着てみたが、確かにぶかぶかだった。

 袖も、ちょうど手の甲が隠れるぐらいの長さだった。

 これで、萌え袖(・・・)とやらになったのだろうか。

 ――こんなので、男の人(お義兄ちゃん)がグッと来るのかしら……

 リビングには鏡がないので、全身を見ることができないので、よくわからない。

 ――そういえば、下も履いていない方がいいとか言っていたわね。

 詩穂美が言っていたことを思いだし、ジャージの下も脱いでみる。

 もっとも、詩穂美の言う下着だけというわけではなく、さすがに短パンを履いたままだ。

 お試し(・・・)なのだから、こんなものだろう。

 ――確かに……見えないわね……

 着ているワイシャツの裾が太ももぐらい隠すことになり、一見なにも履いていないように見える――かもしれない。

 本当に下着しか履いていなかったら、玲香でも恥ずかしかっただろうが、実際には、短パンを履いているので、なんとも思わなかった。

 これで健一が喜んでくれるのだろうか。

 玲香は、懐疑的になりながら、自分の彼シャツ姿を確認していた。

 と――

 玲香は我に返る。

 ――いつまでもこんなことをしている場合ではないわね。洗濯物を畳んだ後にもまだやるべき家事はあるのに……

 その時。

 リビングのドアが開いた。


 現れたのは、パジャマ姿の健一だった。

「え? え?」

 健一はとても驚いた表情でこちらを見ていた。

 そして、身動きもせず、完全に固まっていた。

「お義兄ちゃん? どうしたの?」

 そんな健一を見て、不思議に思った玲香が訊く。

「はっ」

 健一はようやく硬直を解き、即座に玲香に背を向けた。

「ちょ、ちょっとどうしたの? 玲香!」

「どうしたって、なにが?」

「その格好はなに?」

「なにって、健一さんのシャツを着ているのだけれど」

「だから、なんで僕のシャツを着てるのかってことだよ!」

「それは……」

 健一に彼シャツ(・・・・)の話ができるわけもない。

 玲香は適当に誤魔化した。

「そこにシャツがあるから、かしらね」

「意味わからないよ! ――とにかく、下履いてよ」

「どうして?」

「どうして……って、目のやり場にこまるというか……」

「大丈夫よ。下に短パンはいているから。こっち向いても大丈夫よ」

「え? そうなの?」

 と、こちらに向き直る健一。

「ほら、見て」

 シャツの裾を、手でひらひらとさせて短パンを履いている所を見せた。

「わ、わかった。わかったからそれはやめて」

 わざわざ短パンを履いているのを見せているというのに、健一は余計に慌てていた。

「どうして?」

 玲香は意味がわからず、首を傾げる。

「……なんで、わかってくれないんだ……」

 目をそらしながら言う健一。

 わざわざ短パンを履いている所を見せたのに、どうして目をそらすのだろう。

 玲香は、短パンを履いていたとしても、十分刺激的(・・・・・)なことを理解していなかった。

「……ねえ、お義兄ちゃん」

 玲香は健一に近づく。

 そして、健一の目の前に立つと、上目遣いで彼をみた。

「な、なに」

 だが、健一は目を合わせてくれず、上の方に視線を逸らしていた。

こういうの(・・・・・)って、どう思う?」

 こうなれば、健一に直接訊いてみることにした。

「べ、別に……なんとも思っていないけど……」

 相変わらず目をそらしたまま健一は否定した。

 だが、よく見ると健一の顔がほのかに赤くなっているように見えた。

「か、顔洗ってくる」

 健一はたまらずリビングを出て行ってしまった。

 玲香は、そんな健一を見て、思う。

 ――意外と有効?

 詩穂美の言うことも、満更でもないな、と玲香は思った。


 その後、洗面所から戻って来た健一から、健一の服を許可なく着ることを禁止されてしまった。

 ――残念……


       *


 その日の夜――

「ねえ、詩穂美。それなら自分で男物のシャツ(・・・・・・)を買ってくるのは、どう?」

 玲香は画期的な考えを詩穂美に披露してみたのだが、

『わたしは止めないけど……それ、もう彼シャツ(・・・・)とは言わないから』

 呆れ声の詩穂美にツッコまれるのだった。

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