EP.3 シチューの日
登場人物紹介
真田健一:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。玲香に告白されるも答えは保留中。シチューはあまり食べたことがなく好きでも嫌いでもない。
神楽坂玲香:誕生日一日違いの義妹。戸籍上は神楽坂玲香。色々あって、健一に告白した。シチューは大好物というわけではないが、定期的に食べたくなることがあり、自分で作っている。
夕食時。
玲香は真田家のキッチンで夕食の準備をしていた。
健一は、玲香の指示の下、その手伝いをしている。
キッチンでは、玲香が今日のメインディッシュのクリームシチューをぐつぐつと煮込んでいた。
少し離れた場所にいる健一にも、ふわっと鼻をくすぐる暖かい匂いを感じることが出来た。
――シチューか……
父と二人で暮らしていた頃は自炊をして来なかったこともあり、シチューを食べた記憶が無かった。
外食であえてシチューを注文するということもなかったし、フードデリバリーサービスでもそれは同様だった。
それはシチューが嫌いというわけではなく、健一の中では、クリームシチューは家庭料理のイメージがあったからだ。
ごく普通の家庭で親しまれた、やさしく温かな家庭の味というイメージだ。
そして、それはかつての真田家には存在しなかったものだ。
「お義兄ちゃん、サラダ出してくれる」
「了解」
予め作ってあったグリーンサラダを冷蔵庫から取り出し、ダイニングテーブルに並べる。
「今度はシチューをお願い」
もうクリームシチューが出来たのか、玲香が皿にシチューをよそっている。
二人分のシチューの皿を受け取り、ダイニングテーブルテーブルに置く。
よく煮込まれたシチューの匂いが鼻をくすぐる。
とても美味しそうなクリームシチューだった。
――これで今日の夕食の準備は完了かな……
そんなことを考えながら、席に着こうとした際、玲香に声をかけられた。
「お義兄ちゃん」
「ん? どうしたの?」
訊き返すと、玲香は
「最後に、ご飯をお願いね」
「え?」
健一は素っ頓狂な声を出してしまった。
それを見て、玲香が怪訝そうな面持ちをしていた。
「どうしたの、お義兄ちゃん」
「……ご飯って、白米のことだよね?」
健一は確認のために質問をした。
「もちろん、そうだけど……それが?」
「でも、今日の夕飯って、シチューだよね? ご飯なんている?」
健一の感覚ではシチューは単体もしくはパンと合わせて食べるもので、ご飯とは合わないイメージだった。
「もちろんいるわよ。――お義兄ちゃんは、どうしていらないと思うの?」
「僕的には、ご飯に合わないかなーと思ってたんだけど。――玲香は違うの?」
「もちろん違うわよ。シチューの優しい甘みはご飯の相性は悪くないと思ってるし、カレーのように、ご飯に直接掛けて食べられるのも良いわね」
「そうなんだ」
玲香の言葉は実際に食べている者の感想なので、とても説得力があった。
――確かに、ご飯もありかも……
健一が玲香の意見を素直に受け入れていると、
「でもね」
と玲香が言った。
「え?」
「そもそも私にとって食事とはご飯ありきだから。ご飯がない夕食なんて考えられないのよ」
「……なるほど……」
やけに得意げに言う玲香を見て、健一は苦笑した。
実に玲香らしい意見だった。
「……お義兄ちゃん、もしかして私の事笑ってる?」
「いやいや、笑ってないって。むしろ、尊敬しているよ」
「本当かしら」
「本当だって」
「…………わかったわ。――シチューが冷めてしまうから、早く食べましょう」
「そうだね」
健一は頷いた。
健一と玲香は席についた。
今日も、玲香は健一の隣に座っている。
もちろん、ご飯も二人分よそって並べてある。
「いただきます」
「いただきます」
健一はスプーンでシチューを鶏肉ごとすくってを口に運ぶ。
まろやかなルウに一緒に食べた鶏肉の旨味が感じられた。
すぐさま、茶碗のご飯を一口。
「お義兄ちゃん……どう?」
健一の反応が気になっているのか、玲香が訊いてきた。
「うん。アリだと思うよ。僕は結構好きかな」
「別に無理しなくても良いのよ。私はお義兄ちゃんに、自分の好みを強要させるつもりはないし」
「……気を遣って言っていると思ってる? ――そんなことないから」
それを信じさせるように、今度はシチューをお茶碗に直接かけて食べてみる。
――うん。これも悪くない。
美味しそうに食べている健一を見て、玲香はようやく安心していた。
そんな玲香を見て、健一は言った。
「ありがとう、玲香」
「どうしたの? いきなり」
「玲香のおかげで、こうして家でシチューが食べられるし、それが意外にご飯と合うことも知ることが出来たし。――玲香には感謝してるんだ」
「なにそれ。それだと、私の料理が好きなだけみたい」
玲香は少し不満げな表情をしていた。
健一は慌てて首を振る。
「い、いや、そういう意味じゃなくて……」
「ふふっ、冗談よ。――どういたしまして、お義兄ちゃん」
くすりと笑う玲香。
「なんだ……びっくりした……」
そんなやり取りをしながら、楽しくシチューとご飯を食べるのだった。
夕食を食べ終えて、一息ついた頃。
「玲香は、どんな食事でもご飯を食べるの?」
健一は気になったことを訊いてみた。
「そうね」
「……じゃあ、例えば……ラーメンにご飯は?」
「必須ね」
「ご飯を追加せずに、麺を大盛りにするという選択肢もあると思うけど?」
玲香は首を振る。
「そういうことではないの。私はご飯が食べたいのよ」
「なるほど……」
つまり玲香は、単に量が食べたい、というわけではないということか。
――本当にご飯が好きなんだな
「ラーメンなら、餃子を付けるというのもあるけど?」
「餃子もあるといいわね」
それは健一が想定した答えではなかった。
確かに、玲香ならラーメンと餃子、ご飯のセットでも普通に食べられそうだが。
「そうじゃなくて、餃子かご飯で選ぶとしたら?」
「餃子も欲しいけれど、どちらかを選べと言えばご飯を選ぶわ」
玲香はまったく迷わなかった。
――さすがだなぁ……
ある意味ブレない玲香には脱帽だった。
健一は玲香に提案した。
「今度、ラーメン食べに行こうか。――僕もラーメンとご飯で食べてみるよ」
それを聞いて、玲香は笑顔で答えた。
「約束よ、お義兄ちゃん」
*
その後、約束通り、玲香とラーメンを食べに行き、とんでもないことになるのだが――それはまた、別の話。




