EP.2 七夕の願い事
登場人物紹介
真田健一:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。玲香に告白されるも答えは保留中。季節のイベントは認識しているがなにかしようとはあまり思わないタイプ。
神楽坂玲香:誕生日一日違いの義妹。戸籍上は神楽坂玲香。色々あって、健一に告白した。季節のイベントは意外に好き。
「ただいまー」
健一が学校から帰り、リビングに入ると、ほのかに青臭い香りが鼻をかすめた。
――ん?
ふと、視線を向けるとダイニングテーブルに花瓶があり、そこに細い笹がささっていた。
笹にはカラフルな折り紙細工が、飾り付けてあった。
「おかえりなさい。お義兄ちゃん」
一足早く帰って来ていた玲香は、ダイニングテーブルに座っていた。
玲香は、黒のセーラー服のままだった。
いつもなら、帰ったらすぐにジャージに着替えるのに珍しいことだ。
「どうしたの? これ?」
「……なにって……今日は七夕でしょ。忘れてたの?」
そう。今日は七月七日。
天の川を隔てて会えない織姫と彦星が唯一逢瀬を重ねられる日――七夕だった。
「いや……今日が七夕だってことは知っているけど……この七夕飾り、どうしたの?」
「さっき、私が作ったわ」
「いつの間に……」
そういえば、放課後になってすぐに帰宅したと思っていたら、七夕の準備をするためだったのか。
「別にそんなに大きい笹ではないし、飾り付けの手間はたいしたことないわ」
事もなげに玲香は言っているが、飾り付けを見る限り、手を抜いて作っているようには見えなかった。セーラー服姿のままなのも、着替えるより先に飾り付けをしたかったからなのだろう。
「……言ってくれれば手伝ったのに……」
「お義兄ちゃん。飾り付けとかできるの?」
「いや……やったことはないけど……」
「だと思った」
「…………」
「冗談よ。お義兄ちゃんに声を掛けなかったのは、せっかくだから驚かせたかったのよ」
「……そうなんだ。――確かに、驚いたよ」
健一は、向かい合わせになるようにダイニングテーブルに座った。
「……………………」
玲香から無言の視線が送られてくるが、気づかないフリをする。
まだ告白に対する答えを出せない健一としては、玲香とは適切な距離を取るべきだと思っている。
もっとも、玲香の方から隣に座られた場合、拒否出来ない中途半端な方針ではあるのだが。
「そういえば、笹に短冊がなかったね」
誤魔化しの意味もあるが、気になったことを訊いてみた。
笹には折り鶴や星飾りなどはあったが、一番の定番と言える短冊がなかったのだ。
「それは、これから書こうと思って。――お義兄ちゃんと一緒に」
玲香は手に持っていた短冊の一枚を、健一に渡した。
「……願い事かぁ……」
短冊を受けとり、何を書くべきか考える。
「あまりこういうのを書いた記憶が無いんだよね。――玲香はなにを書くの?」
特に深い意味で訊いたつもりはなかったのだが、玲香は鋭い視線をこちらに向けた。
「……わからないの? お義兄ちゃん」
玲香は真っ直ぐに、こちらを見つめている。
「…………わからない……かなぁ……」
気まずく、目をそらす健一。
「ふーん……」
そんな健一を見て、玲香はジト目になり、ペンを取ると短冊に願い事を書き、短冊を笹に吊るしていた。
「別に、見てもいいわよ」
玲香の願い事を見ても良いのか逡巡していると、玲香が言った。
「そ、そう……」
健一は恐る恐る、玲香の短冊に書いている願い事を読む。
その願い事は――こう書いてあった。
『家族がこの一年、健康で過ごせますように』
「……………………」
「もしかして、なにか別の願い事を書くと思った?」
玲香は悪戯っぽく笑った。
「そ、そんなことないって……」
「そうかしら。――でもね。お義兄ちゃん」
と、玲香は真剣な表情で続ける。
「それは、願い事にするつもりはないの。――そういうのは、自分の力だけでやるべきだと思うから」
「……………………」
何のてらいも無く、それを堂々と宣言できる玲香が健一には眩しかった。
本当に強い心を持っているな、と思った。
――よし。
健一は、短冊に願い事を書き、笹に吊るした。
『玲香のように強くなれますように』
それが、健一が書いた願いだった。
短冊の文章を読んだ玲香が驚いた顔をしている。
「お義兄ちゃん……」
「……僕は織姫と彦星にお願いさせてもらうよ。――情けないけどね」
「ううん。そんなことないわ。――でも、私はお義兄ちゃんの方こそ強いと思っているのだけれど……」
「……ありがとう……でも、僕はまだまだだから」
健一はその気遣いに感謝しながらも、首を振る。
七夕の願いは、宣言でもある。
その願いが叶うように、努力しなければならない、という枷をかけるための願いだった。
――玲香に追いつけるように、頑張らないと!
健一は内心、気合いを入れるのだった。
「本当にそう思っているのだけれど……」
玲香がぽつりとなにか言っていたが、健一にはまったく聞こえていなかった。




