第五六話 二人きりの生活 エピローグ
登場人物紹介
真田健一:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。結局告白に対して保留を選択してしまうヘタレ。外堀を埋められ始めている。
神楽坂玲香:誕生日一日違いの義妹。戸籍上はまだ神楽坂玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。恋愛では肉食系だと判明(本人は認めず)。健一と付き合う事に対して、両親の了承を得えることができた。
真田武之:健一の父。健一に似て、ヘタレなところがある。
真田久美子:玲香の母。武之にぐいぐいアプローチをして口説き落としたらしい。
高橋里美:クラスメイト。『黒姫様を愛でる会』の会員。玲香と友人関係になれて浮かれている。
九条隆也:南城高校の生徒会会長にして『黒姫様を愛でる会』の創設者にして会長。『黒姫様』に声を掛けてみたいがまだ勇気が出ない。
小林裕太:女の子大好きのイケメン。どんなクサい台詞も堂々と言いのける男。健一の恋愛相談に乗ってくれた。
片山嵩広:クラスメイト。健一の数少ない友人。真のナイスガイ。
朝。
スマートフォンのアラーム音が鳴る前に、健一は目を覚ました。
結局昨日は、あのまま早めに寝てしまったからか、すっきりとした気分だった。
この一週間で早起きにも慣れてしまったので、普通にベッドから降りた。
立ち上がり、大きく伸びをする。
カーテンを開け、窓越しに外を見る。
今日も良い天気だった。
梅雨も近づいているので、これほどの快晴は見ることは少なくなるかもしれない。
学生服に袖を通し、部屋を出て階下に降りる。
洗面所で簡単に顔を洗い、軽く髪を整えると、リビングに向かう。
リビングに入ると、今日も玲香がキッチンで朝食の準備をしていた。
「おはよう、玲香……さ――」
じろり、と玲香からの鋭い視線が刺さってくる。
「おはよう、れ、玲香」
「おはよう、お義兄ちゃん」
玲香も既に制服である黒のセーラー服に着替えており、その上にピンクのエプロンをつけていた。
髪は後ろでまとめられていて、ポニーテールになっている。
既におなじみの光景だった。
ダイニングテーブルでは、父の武之と義母の久美子が朝食を食べていた。
二人の分は、既に玲香が作って提供済みのようだ。
「おはよう、父さん、久美子さん」
「おはよう、健一」
「おはよう。健一さん。――まだ私のこと『母さん』って呼んでくれないの?」
「そ、その辺はおいおい時間を掛けて……」
「ふふ、冗談よ。――武之さん。もう時間よ」
「ああ、そうだね」
二人は朝食を食べ終えると、すぐ立ち上がった。
「申し訳ないけど、片付けお願いできる?」
「任せてください」
健一が答えると、久美子は手を合わせ感謝の意を示した。
「行ってきます。私も武之さんも、帰りは遅くなると思うから夕食は二人で食べてね」
そう言うと、二人はすぐに家を出てしまった。
そしてまた真田家のリビングは、健一と玲香の二人きりとなる。
ダイニングテーブルにある食器を流しに置くと、健一は冷凍庫を開けた。
「とりあえず、弁当を作るよ」
今日もいつものように、冷凍食品を物色し、弁当のおかずをどうするか思案する。
「玲香……は、何を食べたい?」
「お肉メインならなんでもいいわ」
「……了解」
相変わらずの答えに安心する。
手早くおかずを選び、電子レンジが必要なおかずは温め、自然解凍タイプのおかずはそのまま弁当箱に投入した。
おかずの内容は、あえて別々にはしなかった。
『愛でる会』が変わった今、そんなことを考えることは不要だからだ。
「そういえばさ」
「なに?」
「いつまでも冷凍食品だけってのも物足りなくなってきたんで、卵焼きとか作ってみたいんだけど、いい?」
「…………作れるの?」
怪訝な顔で、玲香。
「卵焼くぐらいなんとかなるでしょ」
「………………一回、ちゃんと作り方を教えるから、それまでは禁止ね」
「えー、そんな」
「ダメよ。生兵法は大怪我のもとなのだから。特に火を扱うのだから、私のいないところでは作らないでね。わかった?」
「……了解です……」
よく炊けた白米を弁当箱に詰め、粗熱を取っている間に、玲香と朝食を食べる。
だが――
「…………あのー」
「なあに、お義兄ちゃん……」
「……今日はなんで隣で朝食を取っているの?」
いつもなら向かい合わせで食事をしていたのに、今日は何故か玲香が隣にいた。
「なにか問題がある?」
「……問題は……ないけど……」
「なら、早く食べてしましょうか」
「う、うん……」
どこに問題があるか、と言われれば、問題はないので、それ以上は言えなかった。
あまり深掘りすると墓穴を掘るのはこちらなのだから。
朝食を終え、片付けた食器を洗っている間、健一は粗熱を取っていた弁当箱に蓋をした。
弁当箱を布で包み、二つ並べる。
「お弁当、出来たよ……玲香」
「ありがとう、お義兄ちゃん。――そろそろ、学校に行きましょう」
「え?」
「もちろん、一緒に登校するわよね?」
「え? え?」
いつものように、健一が先に家を出るつもりだったが、玲香としては一緒に登校するつもりのようだ。
「でも、学校では兄妹のことは秘密にするんじゃなかったっけ?」
玲香と一緒に登校することとなれば、さすがに目立たずにはいられないので、兄妹であることは説明せざるを得ないだろう。
と、思ったのだが。
「兄妹であることはもちろん、公表したりなんかしないわ」
「なら、一緒に登校してたらまずいでしょ?」
「そうかしら? だって、仲の良いクラスメイトが一緒に登校するなんて珍しいことではないでしょう?」
「……つまりは、そう言い張るってこと?」
「ええ」
玲香は頷いた。
「家を出る時さえ気をつければ何の問題もないわ。この辺りは南城高校からそれなりに離れているし、同じ学校の生徒はほとんど見ないし」
「…………確かにそうだけど……どっちにせよ、目立つよね?」
クラスメイトとは言え、男女二人きりで一緒に登校すれば、注目されないはずはない。しかも一人はあの『黒姫様』なのだから。
「目立って何が悪いの? 他人からどう見られようが、私には関係ないわ。私はただ、お義兄ちゃんと一緒に登校したいだけだから」
いつもの冗談口調ではなく、まっすぐこちらを見ながら言われたら、健一としても何も言えなかった。
「…………そうだね。じゃあ、一緒に行こうか、神楽坂さん」
覚悟を決め、健一は言った。
「ありがとう。では、行きましょうか、真田君」
玲香は、満足げな表情で頷いた。
――予想はしていたけど……やっぱり目立っているな……
電車を降り、南城高校までの通学路を玲香と一緒に歩いていると、あからさまなぐらい好奇の視線を感じた。
注目されることになれておらず落ち着かない健一に比べ、玲香は堂々としたものだ。
「神楽坂さん……と、真田君? 今日はどうしたの?」
小走りで近づいて来たのは、高橋里美だった。
健一と玲香の関係を知っているだけに、余計に不思議がっていた。
「別に。クラスメイトの真田君と一緒に登校しているだけよ。普通のことではなくて?」
そんな玲香の言葉を聞いて、高橋里美はこちらを方を見て、「どういうこと?」と目で訴えかけてきていた。
健一は気まずくなってきて目をそらす。
この状況を一言で説明できるわけもない。
「ふーん……」
ジト目でこちらを見る高橋里美。
なにか疑念を抱かれている気がする。
「高橋さん。ごめんなさい、私達急ぐから」
玲香はそう言うと早足で歩き出した。
健一は玲香を追いかけ、声を掛ける。
「どうしたの? 高橋さんと一緒に登校しないの?」
すると、玲香は、健一に冷たい視線を向け、
「何言っているの。私は二人で登校したいのよ。――もしかして、高橋さんと登校したかったりしないわよね、真田君」
「も、もちろんだよ。神楽坂さん」
校門を入るとさらに注目を浴びることとなってしまった。
学校でも一番の有名人と言っていい、『黒姫様』と無名の一般男子生徒が一緒に登校しているのだ。
目立たないはずが無い。
「真田君……?」
校門で生徒を出迎えていた九条会長がなんとも言えない視線をこちらに向けていた。
『せっかく、義理の兄妹ということを明かさないようにしたのに、どういうことだ?』
などと思っているのだろう。
――色々あったんですよ、九条会長……
「ど、どうも……」
健一自身、この状況を説明しようもないので、会釈だけした。
「おはようございます。生徒会長」
玲香もペコリと頭を下げる。
「う、うむ……お、おはよう」
九条会長は、玲香に挨拶されて、声を上ずらせながら答えた。
「……………………」
背中に九条会長の視線に気まずさを感じながら校門を過ぎていった。
校門から昇降口までの道を歩いていると――
少し離れた場所で女子に囲まれている小林先輩がこちらを興味深そうに見ていた。
昨日、小林先輩に玲香とのことを相談していたが、その相手が玲香だとは言っていなかったが、完全にバレてしまっただろう。
と――
「よう、真田」
朝練の帰りだろうか、片山から声を掛けられた。
「……ん?」
玲香と一緒に登校している姿を見て、「なるほど」となんだか面白そうな表情を見せた。
「ふーん。じゃあ、俺は行くわ」
片山はサムズアップをしてみせると、そのまま行ってしまった。
――か、片山君……
絶対何か勘違いしている。
――いや、でも勘違いではないのか?
今や健一と玲香の関係は複雑で自分でもよくわからない。
義理の兄妹であり、友人以上恋人未満の関係でもある。
それは答えを出さない自分のせいではあるのだが――
「ふふっ」
玲香はと言うと、そんな健一を見て「悩め悩め」とばかりに笑みを見せていた。
健一は玲香との関係とこれからの学校生活を思い、大きく嘆息する。
――クラスメイトが義理の妹になって、ようやく親しくなったというのに、色んな意味で気まずいです……
(二人きりの一週間編 完)
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございます。
青雲空です。
「義妹できました。~クラスメイトが義理の妹になったけど、元々あまり親しくないので気まずいです~」の『二人きりの一週間』編はここで完結となります。
二人は完全にくっついてはいませんが、一応の区切りはつけたつもりです。
自分としては、しっかり区切りをつくまで小説を書ききったことがなかったので、今は感無量です。
『さほど親しくないクラスメイトと突然同居することになる』
というシチュエーションだけを決めて、あまり風呂敷を広げないようにして書き始めたのがこの作品です。
これまでは無駄にスケールの大きい話を書こうとしていて、結局書き切れないということが多かったため、あまり先のことは考えずに日常を書いていこうと思いました。
当初は、健一と玲香の二人しか登場させずに、自宅での会話主体で淡々と進めようと思っていましたが、それはそれでキツいことにすぐに気づき、登場人物を増やしていったら、こんな話になっていました。
『黒姫様を愛でる会』も、あくまで舞台装置として使うのみで、実際に登場させるつもりはありませんでした。
その場の勢いで書いたなぁと思います。
まだ続きについては未定ですが、もし続きができましたらよろしくお願いします。
未熟な作品をここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
(追記)
友人の真上悠さん(@yu_magami)がED曲を作ってくれました。
是非聞いて下さい。
小説『義妹できました。』より第一期ED曲「ほんの少しの距離」
https://www.youtube.com/watch?v=KQdsp6HfNHQ




