第五五話 二人きりの生活 七日目⑥
登場人物紹介
真田健一:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。結局告白に対して保留を選択してしまうヘタレ。外堀を埋められ始めている。
神楽坂玲香:誕生日一日違いの義妹。戸籍上はまだ神楽坂玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。恋愛では肉食系だと判明(本人は認めず)。健一と付き合う事に対して、両親の了承を得えることができた。
御巫詩穂美:玲香の数少ない友人。お嬢様学校として名高い光華学園の生徒だが本人はお嬢様ではない。無双流という武術の使い手。幼なじみは『異世界少年カイト』の主人公、黒崎櫂斗。
夜。
自室でスマートフォンのゲームをしているが、色々あって全然集中できなかった。
こうしていても、考えるのは玲香のことばかりだった。
――僕はどうしたいんだろう……
玲香との一週間を思い返す。
初日、玲香に風呂の入る順番について訊いて、とても怒られた。
二日目、強引に荷物持ちをさせてもらってから、お互い遠慮をしなくなってきた気がする。
三日目、玲香の親友の御巫詩穂美に振り回されて大変だった。その後、玲香が何故か落ち込んでいたので牛丼屋、ゲームセンターと連れ回した時、義兄としての自覚が芽生え始めたと思う。
四日目、『黒姫様を愛でる会』と相対することとなった。義妹の為とは言え、今でもあの大人数がいる場所で、大立ち回りできたものだと思う。
五日目、突然クラスメイトから話しかけられることになった玲香を見守っていた。四日目に頑張った甲斐があった。
六日目、この日は玲香と都心に遊びに出かけ、その後、玲香に告白された。女子から告白されることなんて初めての事だし、それが義妹からだなんて、青天の霹靂だった。おかげでまともに返事が出来ず玲香に怒られてしまった。
そして、七日目――
結局、答えは出せなかった。
でも、言いたいことは言えた、気がする。
そういう意味では小林先輩には感謝だった。まさか、あの小林先輩に恋愛を相談することになるとは夢にも思わなかったが。
――しかし、もう親公認になっちゃったんだな……
まさか玲香が親にすべて話してしまうとは思わなかった。
玲香の行動力には驚かされる。
一度決めたら、絶対に迷わないというか。
そういった部分は自分にはないので、本当に尊敬できる部分だった。
と――
コンコン、とノックの音が聞こえた。
返事をする前に、ドアが半分開き、玲香が顔を覗かせてきた。
「玲香さん……どうしたの?」
健一が言うと、玲香が不満そうな顔を見せた。
「お義兄ちゃん、また『さん』付けしてる……」
「いや、でもさ、常に呼び捨てはまだ無理だよ……勘弁して……」
「仕方ないわね……」
「それで、なんの用事?」
健一が訊くと、玲香はそのままドアを完全に開き、部屋に入ってきた。
玲香はパジャマ姿だった。
――そういえば、玲香さんのパジャマ姿ってちゃんと見たことなかったかも……
風呂については初日に色々あったが、基本健一が先に入浴をしていて、その後は自室に戻ってしまうので、玲香のパジャマ姿を見る機会はほとんどなかったのだ。
玲香が来ているパジャマは無地のシンプルなパジャマだった。
色は黒っぽいグレーで、とても玲香に合っていた。
「特に用事は無いわ……ただ、寝る前に、お義兄ちゃんの顔が見たかっただけ……」
少しうつむき加減で言う玲香を見て、健一はなにかをズドンと打ち抜かれた気がした。
「…………そ、そうなんだ……」
健一は様々な感情が渦巻きながらも、冷静を装う。
――僕は義兄、僕は義兄なんだ……
あらゆる理性を総動員して、平静を保つ。
「お、おやすみ、玲香……」
そして寝る前のあいさつをした。
「…………おやすみ、お義兄ちゃん……」
玲香はなんとも言えない表情でこちらを見て、健一の部屋から出る。
ドアを閉める直前、玲香はぽつりと「残念……」と言って出て行った。
完全に部屋を出て行ったのを確認してから、健一は頭を抱えた。
――なにが、残念なんだ! 玲香さんは僕になにを期待していたのだろう……
このことについては考えないようにしよう。
今後、このような玲香の猛攻に耐えきれるのだろうか不安になる。
だが、こんな誘惑に負けるような形で、玲香を受け入れるわけにはいかない。それでは、あまりに格好悪すぎる。
健一は、鋼の意思を持って玲香と相対していくことを誓うのだった。
もっとも、具体的な対抗策はないのだが……
――とりあえず、寝よう……
ベッドに入り、現実逃避をする健一であった。
*
「……せっかく、部屋で二人きりになったのに、お義兄、じゃなくて健一さんは普通にしていたのよね。どうしてかしら?」
玲香は、先程失敗した作戦について詩穂美に訊いてみた。
『……別にお義兄ちゃん呼びを隠さなくていいから。――真田君にフラれたってのに、玲香諦めないんだね』
「フラれてないわよ。ただ、答えを保留にされただけだから。――もう少し押せばいけるはずよ」
『はぁ……真田君には同情するね。――玲香がこんなにしつこいだなんて、知らなかっただろうね』
詩穂美のため息が聞こえてくる。
玲香は口をとがらせる。
「失礼ね。私をストーカーか何かと勘違いしないでくれるかしら」
『違うの?』
「そうよ。私は強引になにかしたりなんてしないわ。ただ、健一さんが私の事を好きになってくれるようにアピールするだけだから」
『圧力をかける、の間違いじゃない?』
「………………そんなこと……ないわよ……ね?」
詩穂美に言われて不安になり、確認する。
『そういうのわたしに訊くのをやめてよ。――でも、まあ、応援はしてるから』
「詩穂美……」
『あ、でも、応援はするけど、手伝いはしないからね』
「……………………………………………………もちろん、わかっているわよ……」
『頼る気満々だったか……』
呆れ声の詩穂美だった。




