第五三話 二人きりの生活 七日目④
登場人物紹介
真田健一:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。玲香に告白されるも答えを先延ばしにしてしまうヘタレ。
神楽坂玲香:誕生日一日違いの義妹。戸籍上はまだ神楽坂玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。恋愛では肉食系だと判明(本人は認めず)。
繁華街から電車に乗り、自宅の最寄り駅で降り、自宅へ向かう。
駅から自宅までは徒歩で一〇分ほどだった。
健一は心の準備を整えながら、歩く。
――覚悟は決めたつもりだけど、緊張はするよね……
こういう時は、直前が一番緊張する。
始まってしまえばやるしかないので、緊張も気にならなくなるのだが。
自宅の屋根が見えてきた。
健一は門扉を開け、自宅のドアの前に立つ。
そして、大きく深呼吸をして、ドアを開けた。
「おかえりなさい。健一さん」
玄関で立っていたのは、玲香だった。
真っ直ぐな視線を、こちらに向けている。
「玲香さん……」
「なんとなく、健一さんがそろそろ帰ってくると思っていたの」
「……そう。じゃあ、リビングで話そうか」
真田家のリビングはキッチン、ダイニングテーブル、リビングが縦型に配置されている。
リビング部分にはテーブルを挟んで、向かい合わせに二人がけのソファが置いてある。
ソファはテレビに対して垂直に配置されており、どこに座ってもテレビが見やすいようになってあった。
健一と玲香は向かい合わせにそれぞれのソファに座る。
テーブルには、玲香が入れてくれたコーヒーがある。
健一のコーヒーにはすでに、ミルクを入っていた。
玲香が健一がブラックコーヒーが苦手なのは、知っているので入れてくれたのだろう。
カップを持ち、コーヒーを飲む。
ミルクのおかげでコーヒーの苦みもほどよくて、美味しい。
「ふふっ」
玲香は、美味しそうにコーヒーを飲んでいる健一を微笑ましそうに見ていた。
健一はこほんと咳払いを一つして、
「じゃ、じゃあ……いいかな?」
「ええ」
答える玲香はとても落ち着いていた。
健一がどんな答えを出そうと、覚悟をしているからかも知れない。
「あの……まずは、告白された時、まともに答えを出せなくてごめん」
健一は玲香に頭を下げる。
「まさか自分が女子から告白されるなんて夢にも思わず、慌ててしまってなにも考えられなくて……」
「そうね。――正直、情けないとは思ったわね」
「……だよね……」
それは何を言われても仕方ないことだった。
「それで、健一さんはどんな答えを持ってきたのかしら」
「好きだよ」
健一は、一言、告げた。
「………………え?」
「僕が玲香さんのことをどう思っているか、なんて、そりゃ、好きに決まっているよ」
健一は、はっきりと言う。
「最初は、玲香さんのことはなにを考えているかわからなかったけど、一緒に暮らすことで、わかるようになってきて、そうしたら自然と好きになってた」
「……………………」
「一見生真面目かと思いきや、冗談も良く言うところとか、家では中学時代のジャージで過ごすのが普通だったり、信じられないほどの大食いだったり――そんなところも、面白くて好きかな」
「……面白いってどうなのよ……」
なんだか不服そうな玲香。
そんな玲香を見て、健一は苦笑する。
「昨日、玲香さんから告白された時、いきなりだったんで戸惑ってしまったけど、もちろん、うれしかったよ」
「じゃあ――」
「でも」
健一は遮るように、言った。
玲香が健一を訝しげに、見た。
「……でも、それがどういう『好き』かはよくわからないんだ」
「どういうこと?」
「玲香さんは、僕のことを義兄としても恋愛的にも好きと言ってくれたよね」
「ええ」
「義妹として……家族としては、好きだ。でも、恋愛的に好きかと言うと、自分でもよくわからないんだ」
「…………どういうこと?」
「……色々考えたけど、結局結論が出なかったんだ。僕は恋愛というものから逃げてきたから――」
健一は、中学時代、仲が良く片想いしていた相手に実は嫌われていたことを話した。
内容的には小林先輩に話したことと同じだった。
玲香は、黙って話を聞いていた。
「僕は人を好きになることが恐かった。またあんな思いはしたくなかったから。だからこそ、僕にとって恋愛は、マンガやアニメで見るものとして、遠ざけてた。だから、この『好き』をどう考えたら良いかわからないんだ」
「健一さん……」
「だから、玲香さんのことを一人の女の子として好きと言えるのか、今の僕には答えは出せなかった」
「今の?」
「本当に申し訳ないのだけれど、玲香さんとしっかりと向き合うために時間をもらえないかな?」
健一は、頭を下げた。
下げるしかなかった。
結局の所、出した答えは、保留なのだから。
だが、この曖昧な気持ちで玲香の告白を受け入れるわけにもいかないし、断ることも出来ない健一にとって、言えることはそれしかなかったのだ。
「……………………」
玲香はしばらく目をつむりなにかを考えているようだった。
しばらくの時が過ぎ、軽く嘆息して、
「本当に面倒くさいお義兄ちゃんね……」
と、しみじみと言った。
「……自覚はしてます……」
「でも……私としては一番訊きたかったことは知ることができたから、良しとするわ」
「え?」
「健一さんは、私の事、好きなのでしょう? 今のところ、義妹としての好きになるけれど」
「……う、うん……」
「ならそれでいいわ」
「……いいの?」
「私も、告白はしたけれど、すぐに付き合うとか、そういうことは考えてなかったから」
そういえば、玲香は健一のことを恋愛的に好きだとは言ったが、付き合ってくれとは言っていなかった気がする。
「そうなんだ……」
健一はほっと一息つくと、それに気づいた玲香はジト目でこちらを睨んだ。
「…………半分、強がりだから。そこのところは理解して欲しいわ」
それは、健一の全身を刺し貫いてしまいそうな鋭い声音だった。
「りょ、了解です……」
震え上がった健一はそう言うしかできなかった。
その後、コーヒーを飲みながら一息をついている時――
玲香が何気なく言った。
「それにしても……健一さん、中学時代に、片想いしていた相手がいたのね」
「そ、そうだけど……それが?」
「中学卒業してから会っていたりしないの?」
口調は至って普通だが、値踏みするような視線が気になる。
「しないよ。だいたい、話聞いてわかっただろう? 偶然見つけたとして絶対声なんて掛けないから。むしろ、気づかれないように逃げ出すよ」
「そうかしら?」
「…………気になるの? 石原さんのこと」
恐る恐る訊くと、玲香はジト目でこちらを見た。
「悪い? 健一さんが好きだった相手だもの。気になりもするわ」
なんだか拗ねたような物言いに、健一はつい笑ってしまう。
「なにを笑っているのよ」
それに目ざとく気づいた玲香に睨まれた。
「べ、別に笑っていないって……」




