第五二話 二人きりの生活 七日目③
登場人物紹介
真田健一:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。玲香に告白されるも答えを先延ばしにしてしまうヘタレ。
神楽坂玲香:誕生日一日違いの義妹。戸籍上はまだ神楽坂玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。恋愛では肉食系だと判明(本人は認めず)。
小林裕太:女の子大好きのイケメン。どんなクサい台詞も堂々と言いのける男。意外に聞き上手?
片山嵩広:クラスメイト。健一の数少ない友人。野球部に所属している。
「……どこがバカなんですか?」
健一自身、自分の行動が賢いものではないことは自覚しているが、ここまではっきりと言われると反論したくもなる。
小林先輩は、そんな健一の態度など気にも止めなかった。
「一人の女の子に嫌われただけで、今後女子に近づくのは止めようとか、バカとしか言い様がないだろう?」
「だって……」
「僕が日々どれだけフラれているのかわかるかい?」
「え?」
「正直僕はモテると思うし、モテるように努力も重ねている自負はある」
「…………」
「だが、それでもすべての女性に好かれるなんて事は無理だ。――直近でも光華学園のプリンセスに見事にフラれただろう?」
と、詩穂美のことを言う。
「ただ一人に嫌われてしまったからって、すべてを諦めてしまうことはないと思うがね」
「小林先輩……」
「それに、君はその妹さんが信じられないのかい? 告白しながらも実は裏で嫌っているなどと思っているのかね?」
「…………そんなことは思っていないですよ」
「ふむ」
「でも、僕は彼女と釣り合うような人間じゃない。なんの取り柄もない陰キャ男子なのだから。仮に付き合っても、絶対に幻滅されてしまう。――僕は、それが恐いんです……」
「……なるほど。――まあいい。僕はただの壁だ。これ以上、君になにか言うのはやめておこう。だが、最後にひとつ訊いていいかい?」
「なんですか?」
「で、君は結局その妹さんのことをどう思っているのかい? 意識なんてしていないのか?」
「……………………意識しないわけないじゃないですか。でも、ずっと人を好きになることに対して及び腰になっていたからか、これが恋愛的に好きなのかどうかなんて判断できませんよ」
「なるほど……なら、それでいいのではないか?」
「え?」
「それもひとつの答えだと思うがね」
そう言うと、小林先輩は立ち上がった。
「まあ、じっくりと考えてみることだ。気が向いたら結果を教えてくれるとうれしい」
小林先輩はゆったりとした足取りで中庭を出て行ってしまった。
中庭に取り残された健一は、それを呆然と見送った。
それから中庭のベンチに座り続けて、小林先輩とのやり取りを思い返していると――
「よお。ちょうど、休憩時間なんだ。――少し話そうぜ」
「片山君」
声を掛けてきたのは、片山嵩広だった。
片山は野球部に所属していて、休日も練習に精を出していたとのことだ。日曜日にわざわざ学校に来て運動するなんて、健一からすると考えられないことだ。
「どうしたんだ? 部活もないのに」
「いや、ちょっとね……」
「私服姿で学校とか、怒られるぞ」
「そうなんだよね。なんとなく、学校に来ちゃったから……」
「そっか」
だが、片山はなにも言わずに健一の隣に座った。
部活のかけ声が響く。
中庭に吹く微風が心地よい。
部活で汗だくの片山も気持ちよさそうに風を浴びていた。
そんな片山を見て、健一は言った。
「なにも訊かないんだね」
話そう、といった割に、片山はまったく話しかけてこなかった。
「なにがだ? 俺にはよくわからないな。ただ、ここで休憩しているだけだから」
片山はそう言うと、にっと笑った。
――やっぱり、優しいな、片山君は……
おそらく中庭で健一が思い悩んでいる姿を見てわざわざ来てくれたのだろう。
部活の休憩時間という貴重な時間まで使って。
健一は今まで気になっていたことを訊いてみることにした。
「……どうして、片山くんは僕に声をかけてくれるの?」
「なんだよ、それ」
「だって、片山君みたいな友達一杯いる人が僕に話しかけてくれるのかな、と。僕と話していても楽しくないでしょ」
「おまえなあ。俺がお情けで真田と友達やってるとか思ってるのか?」
「そ、そこまでは言っていないけど」
「言っておくけど、俺はそんな優しくはないぜ」
「そうなんだ」
「俺は真田と話したいから話しているんだ。話してて、つまらないなんて思ったことないぜ」
「そうだね。ごめん」
「まあ、もし話すことで楽になるなら聞くけど、どうする?」
「大丈夫。――でも、自分の中で解決できたら、話を聞いてくれるかな」
「ああ。もちろんだ」
片山はサムズアップで答えた。
片山と別れ、健一は学校を出ると繁華街に足を向けた。
スマートフォンを手に取り、時間を確認する。
時刻は一三時を少し過ぎたぐらいか。
――そういえば、昼メシ食べてなかったな……
その事に気づいた健一は、吉田屋に入る。
玲香と一緒に入った、あの吉田屋だ。
いつもの通り牛丼をつゆだくで頼もうとしたが――手が止まる。
『…………やめておくわ。私はご飯はつゆに浸りすぎていない方が好きだから』
「牛丼の並盛りで」
健一は普通に注文をすることにした。
これで玲香のことを知ることが出来るわけではないが、たまには良いだろう、と思った。
さすが吉田屋と言うべきか、すぐに牛丼がカウンターに運ばれてきた。
いつものようにテーブルにある紅ショウガに手を伸ばし、たっぷりと乗せようとして――手が止まる。
『私は牛丼に紅ショウガは入れたことないけれど……美味しいの?』
玲香はこれまで牛丼に紅ショウガを入れて食べたことが無かったそうだ。
『まあ……悪くはないわね……』
実際に食べたら、意外なほどに玲香は気に入っていた。
健一は紅ショウガを少なめに入れて、牛丼を食べ始めた。
いつも違い、つゆが少なめだからか味わいが違う。
――でも、これはこれで悪くないな……
今後は、つゆだくと普通で交互に食べるのもいいかも、と思う健一であった。
吉田屋を出ると、今度はゲームセンターに向かった。
玲香と一緒に行ったゲームセンターだ。
ビデオゲームコーナーのさらに奥のひっそりとした場所に向かう。
レトロゲームコーナーである。
『これ……私でもやれるかしら?』
健一は、迷わず一台のゲーム筐体の前に座った。
『ファイ○ルファイト』の筐体だった。
お金を投入し、ゲームを始める。
前回は初プレイだったので、玲香の足を引っ張りまくったが、今回は違うはずだ。
『これなら、二人で遊べるみたいだから』
「……………………」
二人でとはいえ、一度クリアしただけあって、『ファイ○ルファイト』の一面はクリアすることができた。
だが二面であっさりとゲームオーバーになってしまう。
やはり、玲香と違って自分にはセンスがない。
『いいえ。やるなら完全クリアよ』
健一はお金を投入し、コンティニューをし、ゲームを続ける。
何度かのコンティニューにより、なんとかクリアをすることが出来た。
「よし」
達成感に思わず声が出た。
健一は、自然と横に顔を向ける。
――あ…………
だが、そこには誰もいない。
――なにやっているんだ僕は……
立ち上がり、ゲームセンターを出る。
時刻を確認すると、一六時を過ぎていた。
思ったよりゲームセンターに長くいたようだ。
――そろそろ帰らないと……
父親からRINEが来ており、飛行機が遅れているようで、帰宅が遅くなりそうとのこと。
期限は今日中ということだったが、両親が帰る前には玲香に伝えなければならないだろう。
今日一日、考えに考えてわかったことがある。
今や玲香は、健一にとってかけがえのない存在だということ。
今更、玲香のいない生活など、考えられない。
それが、偽らざる気持ちであった。
色々悩んだが、結局その気持ちを素直に伝えるしかない。
健一は、覚悟を決め自宅へ向かうのだった。




