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第五一話 二人きりの生活 七日目②

登場人物紹介

 真田さなだ健一けんいち:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。玲香に告白されるも答えを先延ばしにしてしまうヘタレ。

 神楽坂かぐらざか玲香れいか:誕生日一日違いの義妹。戸籍上はまだ神楽坂玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。恋愛では肉食系だと判明(本人は認めず)。

 小林こばやし裕太ゆうた:女の子大好きのイケメン。どんなクサい台詞も堂々と言いのける男。

 それから、健一と小林先輩は、中庭のベンチに横に並んで座った。

 なんとなく流されて座ってしまったが、健一は困惑気味だった。

「どうして、僕の話なんか聞きたいと思ったんですか?」

 別に御巫詩穂美をナンパしていた時に関わりがあっただけで、知り合いでも何でも無い小林先輩が、何故健一の話を聞きたがるかがわからなかった。

「単なる興味さ。顔を見れば悩んでいることが丸わかりだったからね。なに気にすることはない。君と僕はさして親しくもないし、なにを言ったところで困ることはないだろう。反応のある壁だと思って言ってもらえれば」

「はあ……」

 呆けた返事をしてしまった健一であったが、小林先輩の言うことには一理あると思った。

 これまでも、そしてこれから(・・・・)も関わり合うことはないであろう、小林先輩ならば、自分が思うことをぶちまけてしまって良いのではないかと思った。

「では……」

 健一は、小林先輩に話した。


 最近、両親が再婚して義理の妹が出来たことを。

 その後、色々(・・)あって、仲良くなったこと。

 つい先日、その義妹から告白されたことを話した。

 健一としては、告白されるような価値のある人間ではないと思っていて、告白されたことに戸惑っていることも伝えた。

 もちろん、その相手が玲香であることは隠してだが。


 話を聞き終えて、小林先輩は苦笑した。

「君は……捻くれてるね。そして、失礼でもある」

「…………そうでしょうか……」

「勇気を出して告白したというのに、君は逃げてばっかりだ。それが失礼でなくてなんとする」

「それはそうなんですが……」

「なにか引っかかることでも?」

「……なんというか……恐いんですよ」

 建一は取り繕っても仕方ないので、本音を言った。

「恐い? なにが?」

「女子のことが、です」

「ほう」

 健一は胸の奥に刺さり続けている()について話し始めた。

「中学の頃、好きだなーと思った女の子がいたんです。その子は、可愛くて性格も気さくでクラスでも一二を争うぐらいモテてたかな。そんな彼女が当時から陰キャで友達もろくにいない僕なんかに、声を掛けてくれたんですよ」

「ふむ」

「別にたいした会話なんてしていないんですよ。ただの挨拶だったり、些細(・・)なものでした。でも、僕はそれだけでうれしくなっちゃったんですよね。話す時は努めて平静を装いましたが、内心はドキドキでしたよ」

 そこまで言って、健一は肩をすくめた。

「まあ、好きになりますよね」

「なるほど、それで告白をしたのかい?」

「そんな勇気なんてありませんよ。ただ、好きでいさせてくれたら良かったんですよ。それで十分満足でした」

「……………………」

「でも、僕みたいな陰キャは、それすら(・・・・)迷惑なんだなーと思い知らされたんです」


       *


 それは中学二年の頃。

 授業も終わり、家に帰ろうと学校を出た際、忘れ物に気づいた。

 明日提出の宿題だ。

 気は進まないが宿題を忘れて怒られたくはないので、学校に戻り、自分の教室の前まで来た。

 教室の引き戸に手を掛け、開けようとした時――

「そうなんだー」

 教室内から楽しそうな声が聞こえてきた。

 よく知っている声だった。

 ――石原いしはらさん……いるんだ……

 声の主は、健一の意中の人である石原(あずさ)だった。

 どうやら教室内では石原梓とその友人達で駄弁っているようだ。

 ――どうしよう……

 教室に入るかどうか躊躇する。

 この状況で普通に教室に入れるメンタルは持っていない。

 だが、自分の席まで宿題を取りに行かないと、明日教師に怒られてしまうわけで。

 ――教室から人がいなくなるまで、図書室辺りで時間を潰そうかな……

 そう思いながら足を図書室へ向けようとした時――

「梓って、真田とよく話しているよね」

 突然、自分の名前が出てきて驚き、足が止まる。

 良くはないと思いつつ、聞き耳を立ててしまう。

「そうかな? まあ、見かけたら話したりはするかな。――それが?」

「真田ってさあ、絶対梓のこと好きよね」

 健一はそれを聞いて思わず声を上げそうになる。

 ――よりにもよってなんて話題を……

「え?」

「……もしかして、気づいてなかったの?」

「うん……というか、それ、本当?」

「だって、露骨じゃん。あの陰キャが梓と話している時だけ声のトーンが違うから」

 健一は衝撃を受けた。

 努めて普通に接していたつもりだったのに周囲にはバレていたとは……

 恥ずかしさで胸をかきむしりたくなる衝動に駆られた。

「……え、そうなの……?」

 梓の声色が変わった。

 それは、喜んでいる感じではない。

 むしろ――

 健一の体の中を、冷えた風が通り過ぎていく。

 心の内部が空洞のように、寒々となる。

 無意識に、自分で自分の腕を抱きしめていた。

「やっぱり真田に好かれるのは嫌?」

 この場にいてはいけない――そう思うが身体が思うように動かない。

「うーん、そうね。かな。――真田に好かれたら、困る(・・)し」

「やっぱり、そうよね。梓はモテるし、わざわざ真田なんかに好かれてもねぇ」

「や――――――――じゃ――から。そんな――失礼――」

 頭の方がくらくらとしてきて、梓がなにを言っているかよく聞き取れない。

 というより、本能的に聞くことを拒否しているのかもしれない。


 気づいた時には、自宅に帰っていた。

 宿題なんてどうでも良かった。

 ――そうか、僕に好かれるとなんだな……

 ベッドに転がり込み、小さく身体をたたみ、布団の中で、少し泣いた。


 それから、健一は石原梓を避けるようになった。

 露骨に無視をするというわけではないが、あえて近づくこともしなかった。

 適切な距離で、適切に接する。

 それだけだった。

 そういう雰囲気を石原梓はすぐに感じ取ったのか、以降、健一に話しかけてくることはなかった。


 もともと自分のような陰キャが女子を好きになろうだなんておこがましいことだった。

 近づこうなんて思ってはいけない。

 近づけばただ、心の痛みにのたうち回るだけなのだから――


       *


 すべて話し終えて、健一は一息ついた。

 正直、話しすぎてしまったかもしれない。

 ほとんど関わりの無い相手の方が気楽に話せる、というのはそうかもしれない。

「ふむ……」

 聞き役に徹していた小林先輩は、顎に手を当て、考え込んでいる。

「小林先輩?」

「君……真田君と言ったかね?」

「え、ええ。そうですけど……」

 小林先輩は、健一に対して、大きく嘆息しながら、告げた。

「……君は実にバカだな……」

「へ?」

 まさかそんなことを言われるとは思わず、素っ頓狂な声を出してしまう健一であった。


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