第四九話 二人きりの生活 六日目⑥
登場人物紹介
真田健一:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。玲香に告白をされて、驚いている。
神楽坂玲香:誕生日一日違いの義妹。実際は真田玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。健一に告白をした。
御巫詩穂美:玲香の数少ない友人。お嬢様学校として名高い光華学園の生徒だが本人はお嬢様ではない。無双流という武術の使い手。幼なじみは『異世界少年カイト』の主人公、黒崎櫂斗。
食事を終え、片づけも終わった後、改めて健一と玲香はダイニングテーブル越しに向かい合った。
玲香は、いつもの湯飲み茶碗で緑茶を飲んでいた。
健一の目の前にも、玲香が入れてくれたお茶があるが、とても飲む気にはなれなかった。
「えーと、なんて言えばいいのかな。――玲香さんが僕のことを好き……なの?」
健一は確認のために恐る恐る訊いてみた。
「ええ」
玲香は即答した。
「恋愛的な意味で? 兄としてではなくて?」
「ええ。ただ、勘違いしないで欲しいのは、家族として、兄としても好きなのよ。」
「え?」
「義兄としても好きだけれど、それだけではなく一人の男性としても好意を持っているということよ」
「………………」
健一は、言葉がでない。
今の状況が理解できない。
現実のこととは思えなかった。
「なにか変かしら?」
「……変……というか、どうしてなのかな、と」
「どうして、とは?」
「玲香さんが僕なんかを好きになるなんて、普通に考えて、ないと思うし」
義兄として好意を持たれることについては素直にうれしいと思う。玲香と同居を初めて、彼女の人となりを知り、そうなりたいとも思っていた。
だが、男性として好き、と言われることについては話は別だ。
健一のような特に取り柄のない陰キャ男子のことを好きになるなんて、そんな、ラブコメ漫画の主人公じゃないんだから、と思ってしまう。
根本的に、真田健一は女性に好かれるような人間ではないという考えが根底にあった。
――そう、だからあの時だって……
変な希望なんて持つものではない、ということを健一はよく知っている。
「普通ってなに?」
「え?」
玲香は、健一の態度に不満を隠さずに、話し始めた。
「ずっと一緒にいて、信頼できる相手だと思ったし、そしてなによりも、私のために頑張ってくれた。そんな男性を好きになるのっておかしいかしら?」
「…………やっぱり、玲香さん……知っちゃったのか。『愛でる会』とのこと……」
金曜の段階で気づいてそうな感じだったが、これで確定だった。
「高橋さんが口を滑らせてしまったのよね。それで問いつめたら話してくれたわ。――すべて、ね」
「うう…………」
なんとなくバツの悪さを感じてしまう。
「なんで、隠していたの?」
「……玲香さんには、校内に過激なファンクラブなんてものがあっただなんて知って欲しくなかったから……きっとショックを受けるだろうし」
「そういう所よ」
「え?」
「そういう、優しいところが好きなのよ」
玲香は視線も口調もまっすぐにぶつけてきた。
それが、あまりにもまぶしくて、健一は直視できなかった。
「…………玲香さん……」
健一は自分の心臓のあたりに手を当てる。
心臓の鼓動が止まらない。
さっきから玲香に、何回『好き』と言われたのだろう。
これまで生きてきて女の子に好きだなんて言われたことがない健一が、南城高校一の美人の玲香から告白される?
本来であれば、あり得ないことだった。
だが、健一はその可能性を生み出した要素をよく知っていた。
だから、玲香の好意を素直に受け取れない。
「玲香さん、きっとそれは勘違いだよ」
健一は言った。
「え?」
「たぶんそれは、僕と玲香さんが義理の兄妹になって、一緒に暮らすようになったからだと思う」
「どういうことよ」
玲香の声色に怒気が含まれているのだが、それに健一は気づいていなかった。
「たまたま義理の兄妹という関係になって一緒に暮らすことになったから。それがすべてだよ。玲香さんにとって一番接点が多い男性が僕だけだから。でなければ、僕のような何の取り柄のない男なんか好きにならないよ」
南城高校に入学してから玲香は『黒姫様を愛でる会』のせいで、男子と接点を持てなかった。
そんな中、親の再婚と言うことで男子と同居することになった。
それにより、健一だけが極端に玲香との関わることになった。
それが全てだと思っている。
たまたま接点が多くなっただけの自分が、玲香に男性として好かれるにふさわしいとは、思えないのだ。
「好きと言ってくれたのはうれしい。でも、玲香さんにふさわしい男性は僕なんかではなく、別にいると思うんだ。だから――」
「健一さんっ!」
それは、今まで玲香の出した声で最大の声量だった。
「…………玲香さん?」
「健一さん」
玲香は、再度、健一の名を、呼んだ。
「な、なに?」
驚きに目を白黒している健一に鋭い視線を向け、玲香は続ける。
「私、健一さんの言っていることがまったくと言っていいほど理解できないの。私にふさわしいだのふさわしくないだの、どうして健一さんに決められなくてはいけないの? そんなの私の勝手よ。あなたに私のなにがわかるっていうのよ」
「…………………」
「いずれ現れるかもしれない、私にふさわしい相手になんかに興味なんてない。――今、私が好きなのは、目の前にいる義理の兄の真田健一なのよ。それだけなの。なにか問題があるの?」
「いや、その……」
「それに、まだ大事なことを訊いていない」
「え?」
「結局、健一さんは私の事をどう思っているのよ。まだあなたの気持ちを訊いていないわ」
鋭い視線が健一を刺し貫きそうだった。
「いや、それは、その……僕たち兄妹だし……」
「義理の、ね。――義理の兄妹ならその気になれば結婚も出来るわ。幸い、お義父さんと養子縁組はまだしていないから」
玲香の言う通りだった。
通常、親同士が再婚しただけでは、子供の戸籍は変わらない。
再婚相手と養子縁組をして、正式に親子関係になるのだ。
玲香は健一の父である武之と養子縁組をする予定ではあったが、急いではおらず、玲香は未だ神楽坂玲香のままだった。
故に戸籍上、健一と玲香は兄妹ではない。戸籍上兄妹でないのであれば、結婚も問題なく可能、というわけだ。
「それはそうだけど、世間体的に問題が……」
健一は自分で言いながら、結婚を前提に話していた。
知らず知らずのうちに玲香のペースに乗せられている気がする。
玲香は真っ直ぐにこちらを見て、言った。
「私のこと、嫌い? それなら納得するけれど……」
「その質問は……困るなぁ……」
嫌いだったらこんなに困る事なんてないのだ。
「じゃあ、好きって事でいいのよね」
「………………あの……」
絞り出すように言葉を紡ぐ。
「…………」
玲香は黙って、健一の次の発言を待っていた。
「…………その…………」
「………………」
「……それで…………」
「健一さん!」
一向に話を進めない健一に業を煮やした玲香は叫ぶ。
「……………その……」
健一は立ち上がり、ゆっくりと頭を下げた。
「…………この件につきましては、一度持ち帰って検討させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「………………」
そんな健一の発言に、玲香は目を丸くしている。
――そりゃそうだよね。
あまりに情けない発言なのは自覚しているからだ。
だが、今、答えを出す事なんて出来なかった。
「まったく……このお義兄ちゃんは……」
玲香はやれやれとばかりに苦笑した。
「面目ないです……」
「わかったわ。――では、その回答期限は明日中ということでいいかしら?」
「……ぜ、善処します」
そう答えるのが限界だった。
本当に自分が情けないと心底思う健一であった。
*
『玲香って、やると決めたら、本当にやる女だったのね』
「………………………………」
『恋愛になんて興味なさそうな顔しておいて、好きを自覚したら即告白とはね……』
「………………………………」
『玲香って、意外に肉食系だったんだ……』
「………………………………」
『期限は明日中とか何様なんだか……』
「………………………………」
『まあ、真田君が『愛でる会』相手にやり合ったことを、玲香が知った――と聞いたときは、こうなるかなーとは思ったけど』
「………………………………」
『真田君、玲香のために、生徒会長相手にやりあってたしね。わたしはその場にいたけど、真田君って、そんなことできるタイプに見えないのに、本当に勇気を出して頑張っていたから。――そういうのって、いいよね。玲香が好きになるのも頷けるかな』
「………………………………詩穂美」
『あ、ようやくしゃべった。散々今日のことをわたしにまくし立てたと思ったら、急に恥ずかしくなって無言になってたのに……。で、どうしたの?』
「………………………………撮っていないの?」
『ん? なにを?』
「………………………………その時の健一さんの動画とか……」
『玲香…………あんたって……』
「………………………………だから、撮っているの? 撮っていないの?」
『撮っているわけないじゃない。わたしだって、あの場に当事者としていたのに、突然動画を撮りだしたらヤバい人じゃない』
「あなただけ見ているだなんてズルいわ。私だって見たいわよ……頑張ってる健一さんの姿…………」
『…………恋が人を変えるって本当なのね…………』
「………………………………もう、寝るわ…………」
『はいはい。じゃ、おやすみ、玲香。――うまく行くことを祈っているから』
「………………………………ありがとう。おやすみ、詩穂美」




