第四七話 二人きりの生活 六日目④
登場人物紹介
真田健一:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。初めての脱出ゲームを普通に楽しんでしまった。
神楽坂玲香:誕生日一日違いの義妹。実際は真田玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。脱出ゲームはなかなか楽しめたのでまた行きたいと思っている。
脱出ゲームを楽しんでビルを出た二人。
そろそろ午後四時ぐらいか。
「で、この後はなにをするの?」
「特に、ないかな」
「え?」
玲香が驚いた声を上げる。
「もう十分遊んだと思うし」
既に健一の手札は尽きていた。まあ、兄妹で遊びに出掛けただけなのだから、こんなものだろう。
健一にしては、相当頑張ったのでさすがに疲れてきた、というのもある。
「そろそろ帰ろうか、玲香さん」
健一が提案する。
だが――
玲香は、不満げな顔をしていた。
――え?
予想外の展開に戸惑う健一。
「……………………」
玲香はなにも言わない。
無言の圧力に健一は顔をひきつらせた。
「ど、どうしたの?」
「別に」
玲香は、一言、それだけを言うと、なにかを訴えかけるような視線をこちらに向けた。
このまま帰るなんてあり得ない――そう言っているかのようだった。
――嘘ぉ……
健一としては、美味しい食事と楽しいゲームでばっちりだろう、とたかをくくっていたが、考えが甘かったのか。
――というか、玲香さんもこういう表情するんだな……
いつもの無表情に見えるその顔も、よく見るとわずかに唇を尖らせている。頬も少し膨らんでいるようにも感じる。
風が吹く。
黒髪が風に揺れて顔にかかるのを無言で指で払っていた。
そんな仕草さえ、どこか拗ねているように見えた。
その姿は、まるで健一に甘えているようだった。
――僕に、甘える?
不思議な気分だった。
同い年ながら、誕生日が一日違いで健一が義兄ということになっている。
そして、今となっては健一としてもそうありたいとは思っている。
だが、玲香はそうは思っていないだろう、と思っていた。
玲香も健一の事を『お義兄ちゃん』呼びをしていたが、それは半分冗談のようなものだと、健一は思っている。
家でも家事全般は玲香が取り仕切っており健一は、ただ指示されるままに動いているだけだし。正直、義兄らしいことは出来ていないと自覚していた。
だが、玲香も玲香なりに健一のことを義兄として頼りにしてくれていた、ということなのだろうか。
悪い気分ではなかった。
だが、現実としてこの後のプランなど何も考えていなかったので、とりあえず無難な提案をする。
「わかった。……じゃ、じゃあ、とりあえず喫茶店で行こうか」
「ええ、そうね」
健一の提案に玲香は頷いた。
玲香の表情がようやく和らいだ。
納得してくれたようだ。
――ほっ……
健一は胸中で一息をついた。
その後は、二人は、入れそうな喫茶店を探して歩いた。
だが、土日の新宿は人混みが凄く、歩くのも一苦労だ。
気をつけないと玲香とはぐれそうだった。
常に玲香の方に目を向けながら歩いていると――
左手に妙な感触。
「ん?」
それが、玲香に手を握られたことに気づくのに数秒の時間がかかった。
突然のことに固まる健一。
玲香の方を見ると、彼女はごく普通の表情で、
「この方がはぐれないでしょう?」
と、言った。
「そ、そうだね……」
動悸が激しくなっていることを気づかせないように、健一。
――そうそう、兄妹なんだから手をつなぐことぐらいは普通だよね……
そう、自分に言い聞かせ、そのまま手をつないで歩く。
玲香がどんな表情をしているかは、とても見れなかった。
*
健一が新宿の人混みで玲香の手を繋いだまま、喫茶店を探し回っている。
だが、入れそうな喫茶店はなかなか見つからないようだ。
喫茶店そのものは存在するが、土日の新宿ということでどこも混雑しており、入れそうな店がまったくないからだ。
――とても焦っているわね……健一さん。
玲香はそんな健一を見て、何故か安心した。
今日は、前日から準備をしていたからか、やけに自信満々な所を見せていたが、やはり健一には適度に頼りない所も見せてほしいと思ってしまうのだ。
健一は玲香がそんなことを思っていることなど知る由もなく、必死に喫茶店を探している。
玲香は健一に手を引かれながら斜め後ろを歩いていた。
手のひらから健一のぬくもりを感じる。
健一の鼓動がうっすらと伝わってくるような気がした。
胸の奥がじんと熱くなる。
焦っているが故の健一の手汗の感触を不快に感じないどころか、愛おしさすら感じていた。
そこまでして――玲香は一人、納得した。
今日の目的を達した、と玲香は思った。
「健一さん」
「……なに? 玲香さん。もうすぐ入れそうな喫茶店を見つけるからちょっと待ってて――」
「帰りましょうか」
「え?」
健一が振り返って、困惑した表情でこちらを見た。
先程と話が違う、と思っているのだろう。
だが、玲香の提案を渡りに船と思ったのか、
「いいの?」
と訊き返してきた。
「ええ。私達の家に帰りましょう。――せっかくだから今日の夕飯は豪勢にしましょうか」




