第四六話 二人きりの生活 六日目③
登場人物紹介
真田健一:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。次のプランはさすがに大丈夫だろうと思っている。
神楽坂玲香:誕生日一日違いの義妹。実際は真田玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。健一に大食いキャラだと思われていて不満。でも実際食べるのは好きなのでしっかり食べてしまう。
次にやってきたのは、そこから一〇分ほど歩いたところにある五階建てのビルだった。
「ここは……」
ビルを見上げている玲香。
「脱出ゲームが出来るところなんだけど……」
脱出ゲームとは色んなシチュエーションで閉じこめられた状況になり、その際、様々な謎解きをして脱出を目指すゲームだ。非常に柔軟な思考が試させるゲームだった。
ここは脱出ゲーム専門の会社のビルで全フロアで脱出ゲームが楽しめる場所だ。
「……聞いたことはあるけれど、やったことはないわね……」
「そうなんだ。――と言っても僕もやったことないんだけど」
「そうなの?」
そうなのだ。
脱出ゲームというと一人で出来る物もあるにはあるが、複数人でやることがあるゲームが多く、友人の少ない健一には、興味はあれど、遊んだことはなかった。
一応、一人で来た場合、人数が足りない人同士で組んでプレイすることはできるのだが――人見知りの陰キャ男子の健一にそんなハードルが高いことができるわけもなかった。
「こういう頭を使うゲームは玲香さんなら好きそうだと思ったんだけど、どうかな?」
「……確かに嫌いではないけれど……」
説明なしにここまで連れてこられたので、少々戸惑いの表情を見せる玲香。
「なら、良かった。じゃあ、行こうか。もうチケットは購入済みだから、心配しないで」
「……なんだか、健一さんの方が楽しそうね……」
玲香が好きそうだから、と言いつつも、健一の方がノリノリなのを見て、何ともいえない表情の玲香。
健一としても興味はあるが、一緒に行く友達がいないと言う、致命的な問題を抱えていた健一にとっては念願の脱出ゲームだったのだ。
「……まあ、そういう部分も無きにしも非ずというかなんというか……」
はしゃいでいたのを見透かされて赤面してしまう。
「もうすぐ時間だね。会場は五階だから早く行かないと」
健一は誤魔化すように言うと、スタスタとエレベーターの方へ歩いていく。
「はいはい……わかったわよ」
そんな健一を見て、玲香は苦笑していた。
二人がプレイするゲームは、複数の部屋を列車の車両に見立てた脱出ゲームだ。
突然暴走した列車を停止させるために、末尾の車両から先頭車両まで謎を解きながら進んでいくというストーリーとなっている。
部屋の中にある様々な要素を注意深く見ることが必要なゲームだった。
次の部屋に行くための扉は鍵が掛けられていて、部屋の中の謎を解かなければ次の部屋に進めない。時間制限もあり、テンポ良く謎を解かなければ、脱出は無理だろう。
一組ずつ順番に部屋に入っていくスタイルなので、部屋には完全に二人きりだ。
他人の目を気にせず楽しめると思って選んだゲームだが、よくよく考えると女の子と密室で二人きりなってしまうというのは、どうだろう、と思ったりもしたが、なにしろ健一と玲香は兄妹なのだから気にする必要はない――はずだ。健一はそう思うことにした。
「うーん、わからないなぁ」
念願の脱出ゲームという事で意気揚々と始めた健一だが、謎解きに苦戦を強いられていた。怪しい箇所はわかるのだが、一捻りを加えないと解けない謎解きばかりで、出題側の思う壺となっていた。
そこで頼りになるのはやはり玲香だった。
「そこの所、なんだか変じゃない? もしかして……こう……すれば」
玲香は健一がまったく気づきもしない謎を解いていく。
「さすが、玲香さん」
健一が気づかないナゾをあっさりと解いていくその姿に、尊敬の念を抱かざるを得なかった。
そして――
「これで、ここにあるモノをここに置いて……出来たわ」
先頭車両までたどり着き、玲香は最後の謎も難なく解き、あっさりと脱出してしまった。
さすがとしか言い様がない。
「さすが玲香さん。やっぱり凄いや。僕は全然わからなかったよ」
「そんなことないわよ。――健一さんがサポートしてくれたことが大きかったわ。私だけでは絶対にクリア出来なかったわ」
「そうかなぁ。確かに部屋の中にある物の情報の整理とかはしたけれど、謎は全然わかんなかったしなぁ……」
「私は細かい部分を気にしない所があるので、凄く助かったわ」
「そうなの?」
「そうよ」
「……なら、いいけど……」
「……もしかして、健一さんに気を遣って言っていると思っている?」
「違うの?」
「今更私が健一さんに気を遣うと思う?」
「……確かに……」
何故か納得してしまった。
「二人でクリアしたのだから喜びましょうよ」
と、玲香が片手をゆっくりと上げた。
――それって……
本当に自分の考えが正しいか躊躇をしていると、玲香が視線で「早く」と促してきた。
観念して健一は玲香の細くて白い手に自分の手を静かに合わせた。
ほとんど音のしない、ハイタッチだった。
自分でもさすがに、ビビりすぎだろう、と思ってしまったが、陰キャ男子日本代表候補の健一にとって女子の手を触れるというのはそれだけ大事なのだ。
「楽しかったわね。健一さん」
そんな健一を見て玲香は楽しそうに笑みを浮かべていた。
健一は赤面しつつも、玲香が楽しんでくれたことに安堵していた。
――まあ、楽しんでくれたならなによりだよ……




