第四四話 二人きりの生活 六日目①
登場人物紹介
真田健一:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。玲香と『お出かけ』をすることになり、プランを考えていて寝不足気味。
神楽坂玲香:誕生日一日違いの義妹。実際は真田玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。健一に『お出かけ』をしたいと提案した。
今日は土曜日で学校も休みなので、早起きする必要はないのだが、いつも通りの時間に起きてしまった。
既に習慣付いているのかも知れない。
「おはよう」
キッチンで朝食の準備をしている玲香に挨拶する。
予想していたが、玲香は普通に起きていた。
いつものジャージにピンクのエプロン姿だった。
「おはよう。健一さん」
「手伝うよ。なにをしたらいい?」
健一は努めていつも通りの態度で接する。
お出かけの件は一端置いておこう。
「じゃあ、できた料理を持っていってもらえる? もう出来ているから」
「了解」
香ばしい匂いの焼き魚をダイニングテーブルに持って行く。
食欲をそそる。
と――
「……………………」
ふと見ると、玲香が無言でこちらを見ている。
玲香は怪訝そうな表情で、誰に言うともなくつぶやく。
「なんだか普通ね……」
「え? なに?」
よく聞こえなかったので訊き返すと、
「なんでもないわ。それより、今日のことなんだけど――」
「ああ、大丈夫。任せてよ」
健一は胸を張って答える。
睡眠時間を削って考えたプランにかなりの自信があった。
きっと玲香も喜んでくれるはずだ、と思っている。
そんな健一を見て、玲香は何故か不満そうな表情をしていた。
「なんでこんなにも普通なのかしら……」
またつぶやきが聞こえたが今回は全く聞き取れない。
「どうしたの?」
「……なんでもないわ……」
玲香はなにかを言いたげな表情だった。
朝食を終え、午前一一時頃。
健一は玄関で玲香が来るのを待っていた。
とりあえず今日の格好は、チェックシャツにジーンズの無難な格好だった。
いつも通りすぎると言えばそうなのだが、今日は兄妹で遊びに出掛けるだけなのだから、気合いの入った格好にするのもおかしな話なのだ。
玲香は自室で出掛ける準備をしているとのことだ。
それを聞いて、健一は「今日はジャージじゃないんだ」と言ったら「この人は……」と言った表情で心底呆れられてしまった。
――いや、だって玲香さんはそういうところあるし……
そのままの素材のみで勝負が出来るほどの美貌の持ち主だからか、割とファッションには無頓着な所があるように思えたのだ。これまで制服以外はジャージしか見たことなかったし。
さすがに近所のピザ屋に行くのとは違うのだろう。
と――
「健一さん。ごめんなさい。遅くなったわ」
玲香がやってきた。
「………………」
健一は呆けた顔で玲香を見ていた。
玲香の今日の格好は、シンプルな黒のワンピースに薄手のベージュ色のロングカーディガンを着ていた。
とても大人っぽい格好で、クールな玲香にはとても似合っていた。
玲香の顔を見ると、普段と違い、ほんのり化粧もしているようだった。
見たことのない、玲香の姿だった。
「どうしたの? 健一さん」
「……な、なんでもないよ」
玲香に見とれていたなどと、言えるわけもない。
落ち着こう。
玲香が健一のために、お洒落をした――なんてことはないのだから。
勘違いだけはしないようにしよう。
電車に一時間ほど揺られ、新宿までやって来た。
相変わらず人混みがすごい。
近所ではなく、都心まで出てきたのはこれが理由でもある。
これだけの人混みなら、健一と玲香の二人で歩いていても気にする者はいないからだ。
「健一さん、どこへ向かっているの?」
隣を歩く玲香が訊く。
「着いてからのお楽しみ、ということで」
これから向かっているところは、健一としてはかなり自信を持っていた。
玲香に行き先を任せると言われた時は、とても焦った。
だが、今日出掛けるのは、女子ではなく、玲香なんだ、と思うと落ち着くことが出来た。
おかげでなかなか良い案が出来たのではないかと自負していた。
やたら自信を持っている健一を、玲香は不安そうな表情で見ていたのだが、健一はその事に気づいていなかった。
「どう、玲香さん。すごいでしょ」
予約していた席に向かい合わせで座り、健一は力説した。
「……………………」
何故か玲香は無言でこちらを見ていたが、きっと驚いて声も出ないのだろう。
ここはビュッフェ形式のレストランだった。
焼肉、海鮮、寿司、中華、スイーツなど料理は多岐にわたり、それらが全て食べ放題なので、なにを食べればいいか困るほどだった。
ここなら、玲香は満足してくれると確信していた。
「いくら食べても大丈夫だから、いっぱい食べて、玲香さん」
健一が満面の笑みでそう言うと、玲香はとても不満そうな顔をして、
「健一さん……」
「なに? 玲香さん」
「あなた、私のこと、とりあえずたくさん食べさせれば、喜ぶと思っていない?」
と、玲香は半眼でこちらを見ながら言ってきた。
「……そ、そんなことないって……」
完全に図星だったので、眼を逸らしながらそう言うことしかできなかった。




