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第四三話 二人きりの生活 五日目⑤

登場人物紹介

 真田さなだ健一けんいち:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。

 神楽坂かぐらざか玲香れいか:誕生日一日違いの義妹。実際は真田玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。

 高橋たかはし里美さとみ:クラスメイト。『黒姫様を愛でる会』の会員。健一との約束というのもあるが玲香と話すことが出来て純粋に喜んでいたのだが、鎌を掛けられて、ある秘密を話す羽目になってしまう。

 夜。

 健一は、リビングにあるダイニングテーブルで、玲香と向かい合って食事をとっていた。

 やけに静かな食卓だった。

 箸の音だけが、静まり返った食卓に響いている。

 玲香は黙々と茶碗のご飯を口に運んでいた。

 今日のおかずは肉じゃがだった。

 甘辛い煮汁に具材がしっかりと染みていて美味しい。とてもご飯が進む味だった。

 ここまで会話はなかった。

 元々、健一と玲香は食事中に会話をする方ではない。

 だが、今日のように完全に無言ということはこれまでなかった。

 原因は明白だった。

 玲香だった。

 今日の玲香はだった。

「……………………」

 心ここにあらずと言った感じで、あまり食事に集中していないようだった。

 玲香はなにか思い出すような顔だった。時折、頬も緩んでおり、なにか思い悩んでいるというわけではなさそうだ。

 それにしても、そんな状態でも、一定のペースで夕食を食べ続けられるのは、さすが玲香としか言いようがない。

 ――学校で友人と駄弁ったり出来たことが楽しかったのかな……

 朝、高橋里美が口火を切って話しかけてくれたことはとてもありがたかった。いかに『愛でる会』の会則が変わったとて、これまで声を掛けたことのない相手に声を掛けることは簡単ではないからだ。

 まず、高橋里美が話しかけてくれたおかげで、声をかけることのハードルを下げてくれた。

 約束・・を果たしてくれた高橋里美には感謝だった。

 放課後も高橋里美をはじめとしたクラスメイトに囲まれていたので、きっと楽しい放課後だったのだろう。

 昨日、頑張った甲斐があったというものだ。

 そんなことを思いながら玲香のことを見守るように見ていると、不意に玲香がこちらの方を見た。

 目が合う。

 さすがにここで目をそらすは不自然なので、見つめ合う形になってしまう。

 玲香はなにも言わず、まっすぐにこちらを見つめていた。

 先ほどまでの心ここにあらず、という状態ではなく、生気ある強い視線だった。

 ――な、なにかしゃべらなくては……

 この無言の時間に耐えられず、見切り発車で言葉を紡ぐ。

「ど、どうしたの? 玲香さん」

 結局言えたことは、玲香に質問することだけだった。なんでも良いから打ち返してくれれば、この状況も打開されることだろう。

 そんな健一の余裕のなさに気づいているのか、玲香はふっと余裕の笑みを見せた。

「なんでもないわよ…………お義兄ちゃん(・・・・・・)

 また『お義兄ちゃん』呼びをされたので抗議する。

「だからそれはやめてって……」

「そうなの?」

「そうだよ。さすがに同い年の義理の妹にお義兄ちゃんって言われるのは……」

「ふーん……おかしいわね」

「な、なんで?」

 なんだか奇妙な態度の玲香に冷や汗が出る。

「だって言ったんでしょ、自分のことを『お義兄ちゃんだ』って」

「――――っ!」

 息が止まるかと思った。

 様々な想いが脳裏を駆けめぐる。

 混乱の極致になり、考えがまとまらない状態の健一。

「な、なにそれ? そ、そんなこと言ったことなんてないけどなぁ……」

 健一が自分のことを『お義兄ちゃん』だと宣言したのなんて、昨日の旧校舎の空き教室の時以外にない。

 あの時のことを玲香は知ってしまったということなのか。

 ――いや、まだそう決めつけるのは早計かも……

 もともと、ここ最近、玲香は健一のことを『お義兄ちゃん』とからかい気味に呼んだりしていた。先程の発言もその流れで言った可能性もある。

 ――さすがに苦しいか……

 これ以上何かを言ってしまえば、ボロが出てしまいそうなので押し黙るしかなかった。

 そんな健一を見て、玲香はどこか満足そうな表情をしていた。

 見たかったものを見ることが出来た。

 そんな表情だった。

「ありがとう、お義兄ちゃん」

「いや、だからなんのことかわからないし……」

 ひたすらとぼける健一。

「まあ、お義兄ちゃんが言うのであれば、そうなのかもしれないわね」

「だから、お義兄ちゃんはやめてって……」


       *


 その後、入浴も終えて、健一は自室のベッドで寝転んでいた。

 宿題はあるにはあるが、まだやる気は起きない。

 考えるのは玲香のことだった。

 夕食時の様子から、昨日の『愛でる会』のことを知られてしまった可能性が高い。

 学校では、すべてを知る高橋里美と駄弁っていたので、知る機会はあった。

 高橋里美がわざわざバラしたとは思わないが弾みでしゃべってしまうこともあるだろう、とは思う。

 正直、知られたくはなかった。

 健一としては、玲香には『黒姫様を愛でる会』などという存在があったこと自体、知って欲しくないと思った。

 振り返るとかなり恥ずかしいことをしてしまったので、そのことを知られたくなかったというのもある。

 ――勢いって恐いよなぁ……

 一日経って冷静になってみると、普段から目立つことなく生きてきた陰キャ男子の自分に、あんなことできたと思う。

 玲香のためと思えばできたことだった。

 と――

 傍らにあるスマートフォンから通知音が鳴った。

 スマートフォンを手に取り、確認する。

 RINEのメッセージ通知だった。

 送ってきたのは玲香だった。

 ――なんだろう。

 深く考えずに、RINEのアプリケーションを立ち上げ、メッセージを読み――絶句した。

『明日、デートしましょう』

 突然のメッセージに、動揺が隠せない。

 玲香がどういう意図でメッセージを送ってきたのかがわからない。

 また、冗談のつもりなのか。

 絵文字も顔文字もスタンプもない、無機質なメッセージなので、感情が読めない。

 もう既読をつけてしまったので、なにかしらの返事をしないと、と気は逸るが、どう返事をすればいいかまったく思いつかず、固まっているだけだった。

 たぶん、時間にして数分は固まっていただろう。

 すると追加でメッセージが来た。

『冗談よ』

 健一は安堵感に大きく息を吐いた。

 ――なーんだ……まあ、そりゃそうだよね。

 玲香が健一とデートしたいと思っているなんてありえない(・・・・・)わけで、冗談だとは思っていたが心臓に悪い。

 そんなことを思っていると、さらにメッセージが来た。

『デートは冗談としても明日は、どこかに出かけない? せっかくの土曜日だし』

 玲香からお出かけの誘いだった。

 ――玲香さんと出かけるのか……

 女子と二人で出かけた事なんてない健一にとっては、ただのお出かけだとしても正直ハードルは高い。

 だが――

 ――僕らは兄妹・・だし……

 兄妹ならば、一緒に遊びに出かけることもあるだろう。

 プレッシャーはあるが、兄としてここは断るわけには行かないだろう。

 健一は返信した。

「わかった。それで、どこへ行くの?」

『任せるわ』

「え? どういうこと?」

『健一さんに任せるという事よ。だって、お兄ちゃんでしょ? かわいい妹のために頑張ってくれるのよね』

 誘ったのは玲香の方なのにプランをこちらに決めさせるとは……

 間違いなくからかわれている。

 だが、こう言われては拒否も出来ない。

「了解」

 こう答えるしかできなかった。

 ――どうすればいいんだろう。

 まず女の子と出かけたことがないのは当然として、男友達もほとんどいない健一は、友達と出かけること自体がほとんどないのだから。

 ――色々調べるか……

 玲香が楽しめそうな場所を考えないと。

 とにかく、二人で出かけるという事実に対して深く考えないことにしよう。

 ただの兄妹で遊びに出掛けるだけなのだから。

 結局、二人きりで出掛けるのだから「それって結局デートじゃね?」、などとは考えないようにしよう。

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