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第三九話 二人きりの生活 五日目①

登場人物紹介

 真田さなだ健一けんいち:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。

 神楽坂かぐらざか玲香れいか:誕生日一日違いの義妹。実際は真田玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。

 九条くじょう隆也たかや:南城高校の生徒会会長にして『黒姫様を愛でる会』の創設者にして会長。

 朝――

 快晴の空を見上げながら、健一は歩く。

 ――そういえば、今週はずっと天気が良かったな……

 玲香と一緒に暮らし始めたのが月曜日で、今日までずっと雨が降るようなことはなかった。

 南城高校までの通学時間は、電車を含めて約三〇分ほどだ。

 自分としては近すぎず、遠すぎずでいいのではないか、と思っている。

 今は駅から南城高校まで続く道を歩いている。

 ――さて、どうなっているか……

 健一は、これからのことを思い、戦々恐々としていた。

 今日も早起きして弁当作りをした上で登校していた。

 玲香とは、挨拶程度しか会話は交わしていない。

 普通に話していると、ボロが出てしまいかねないからだった。

 そのため、今日、家を出る時間は昨日よりもさらに早い時間だった。

 始業までは結構時間があるので、登校する生徒の姿はあまり多くはない。

 だが、まったくいないわけではないので、健一はキョロキョロと登校している生徒の様子を伺っていた――


 昨日、『愛でる会』と相対し、玲香に過剰な監視をすることを止めさせた。

 その際、健一と玲香が義理の兄妹であると、告白してしまった。

 それをしなければ、『愛でる会』を説得できなかったからだ。

 旧校舎の空き教室にいた『愛でる会』のメンバーは十数名だった。

 九条会長の口ぶりからは、実際はもっといそうな感じだった。

 玲香に義理の兄妹がいるというのはセンセーショナルなニュースと言っていいので、『愛でる会』全員に話が広まっていると思っていいだろう。

 そうなれば、『愛でる会』以外の人にも拡散されてしまうはずだ。

 南城高校の随一の有名人である『黒姫様』のことだ。

 拡散されないわけが無い。

 いいのか悪いのか、健一はクラスのグループRINE等にも入っていないので、どこまで広まっているかは知るよしもなかった。


 そのことは、昨日の時点で気づいてはいた。

 だが、その事に対して対策するつもりはなかった。

 健一と玲香の関係が明らかになって、困るのは健一だけだと思ったからだ。

 玲香は元々、無理に隠すつもりはなかった。あえて喧伝しようとは思わない程度のことだ。健一とは違う。

 隠しているのは、あくまで健一の事情だ。

 玲香と義理の兄妹になって無駄に注目されることが嫌だっただけだ。

 玲香の問題・・が解決するのであれば、些細な事だ。


 そんなことを考えながら、校門を抜け、昇降口に向かっているのだが――

 ――うーん、なにもないなぁ……

 確かに、早めの時間の登校なので人があまりいないというのはあるが、それにしても、なにもない。

 健一のことを気にするような人は微塵もいなかった。

 いつもと変わらない。

 ――自意識過剰だったかな?

 仮に関係が知られたとしても、健一の興味を持つ人間なんてそうはいないのかもしれない。

 そう思うと朝からソワソワしながら周囲を警戒していた自分が恥ずかしくなってきた。

 などと思いながら、下駄箱に行き上履きに履き替えた時、

「真田君、ちょっといいかね」

「……ん? あ、会長」

 声を掛けてきたのは、生徒会長であり『愛でる会』の会長でもある――九条会長だった。

「おはようございます」

 昨日、色々(・・)あったとは言え、相手は生徒会長でもあるのだ。しっかり挨拶をすることにした。

「おはよう。――それで、少し話をしたいのだが時間は大丈夫かい?」

「はい、今日は単に早めに登校しただけなんで……」

「じゃあ、ここではなんなんで生徒会室に来てもらえないか? ――今なら誰もいないので」

「わかりました……」

 どんな話があるのか、想像つかないが、拒否する理由もないので、健一は了承した。


 生徒会室は新校舎一階の奥の方にある。

 正直近寄ったことはない場所だ。

「どうぞ」

 九条会長に促されて部屋に入る。

 あまり広くはない。

 書類棚には過去の議事録や学校行事の資料がみっちりと入っていた。

 ホワイトボードには、消し忘れているのか今後の予定などが書き込まれている。

 中心には長机がふたつくっつけておいてあり、パイプ椅子もある。

 奥には窓を背に机が置いてあり、九条会長はそこに座った。

 そこかが生徒会長の席なのだろう。

「どうぞ、適当に座ってくれ」

「はい」

 パイプ椅子に座り、九条会長の方に向き直った。

「それで、話したいこととは? ――『愛でる会』の会則変更についてですか?」

「それについては、問題ない。――今後、『黒姫様』に接触する者がいても、干渉することがないことは約束しよう」

 九条会長によると昨日の時点で、全会員に会則変更を通達済みとのことだった。

 さすが、生徒会長。仕事が早い。

「そして、その事実は『愛でる会』の会員以外の南城高校の生徒にも伝わるようにしておいた。――知らせておかないと、『愛でる会』以外の生徒は声を掛けられないままになってしまうからな」

「はぁ……昨日の内によくそんなことできましたね」

「どのクラスにも『愛でる会』の会員はいるのでな。――クラスのグループRINE等に情報拡散を依頼しておいた。これでほぼ全員の生徒に伝わるだろう。君の所にも連絡は来ているだろう?」

「……………………」

 ほぼ全員(・・・・)に当てはまらない健一は押し黙る。

 それで、全て察した九条会長は頭を下げた。

「なんだか、すまない……」

「謝らないで下さいよ。余計に悲しくなるんで……」

「そうか……」

「それで、話したかったことってのは、このことですか?」

「いや、そうではない。本題は別にあるんだ」

 と、九条会長は話し始めた。

「真田君……君は登校してきて、変に思ったことはないかい?」

「え?」

 質問の意図が読めずに言いよどむ。

「登校してきてもいつもと変わらないことが不思議に思ったのではないか? ――『黒姫様』と義理の兄妹と知られたというのに、注目されないのはなんでだろう、と」

「いや、その、それは……お恥ずかしながらちょっと思ってました……」

 九条会長にツッコまれてまた恥ずかしくなってきた。どれだけ自意識過剰だったのだろう。

 だが――

「いや、その考え方は正しいよ。もし、校内の人間にバレていたらとんでもないことになっていただろう。だが、現実にはそうなっていない。どういうことかわかるかね?」

「……よくわかりません……」

「簡単なことだ。バレていないからだよ。――君と『黒姫様』が義理の兄妹だという事実は、あの空き教室にいた人以外は知らない。そして、空き教室にいたメンバーに対しては絶対に広めないことを約束してもらった」

「会長……」

「真田君。君には色々と迷惑を掛けてしまった。『黒姫様』の身内・・という君の立場なら『愛でる会』を解散させることもできたはずなのに、それをしなかった。そのことに本当に感謝をしているのだよ。――これはその罪滅ぼしみたいなものだ」

「……いや、それはありがたいですが……そんなこと可能だったのですか?」

「……人の口に戸は立てられぬと言うからな。信じられないこともわかるだが、大丈夫だ」

「え?」

「我々が敬愛する『黒姫様』のために懸命に頑張る君の姿を見ていながら、面白半分で拡散するような愚か者は、『愛でる会』にはおらんよ。そんなことをして『黒姫様』が喜ぶはずもないのだから」

 九条会長は自信を持って言いのけた。

 それだけ、『黒姫様を愛でる会』の会員を信じているのだろう。

 確かに、玲香を敬愛しているのであれば、彼女が悲しみそうなことはしないだろう、と思えた。

 覚悟はしていたが、そうならないに越したことはない。

「…………ありがとうございます。――正直助かりました」

 健一は九条会長に感謝した。

「じゃあ、教室に行きます」

「真田君」

 場を辞そうと立ち上がったところ、九条会長に声を掛けられた。

「なんでしょう」

「あの……その……」

「どうしました?」

「……今後は、私も『黒姫様』のことは遠くから愛でるだけではなく、声を掛けるなど関わっていきたいと思っているのだが……いいだろうか?」

 先程までとは打って変わって不安そうな表情で、九条会長が訊いてきた。

 健一は苦笑混じりに言った。

「別に僕に許可を求める必要は無いですよ。――会長なら、玲香さんに迷惑を掛けるようなことはしないでしょうから」

「も、もちろんだ。むしろ、不届き者がいたら成敗しよう」

「いや、だから、そういうのがダメなんですって」

「す、すまない……」


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