第三五話 二人きりの生活 四日目⑦
登場人物紹介
真田健一:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。『黒姫様を愛でる会』に我慢ならず爆発した。
神楽坂玲香:誕生日一日違いの義妹。実際は真田玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。
御巫詩穂美:玲香の数少ない友人。お嬢様学校として名高い光華学園の生徒だが本人はお嬢様ではない。無双流という武術の使い手。健一に頼まれて再び南城高校にやってきた。
九条隆也:南城高校の生徒会会長にして『黒姫様を愛でる会』の創設者にして会長。実は『黒姫様』のこととなると冷静でいられない。
綾部静:南城高校の生徒会副会長にして『黒姫様を愛でる会』の副会長。『過激派』のトップでもある。
「おにい……ちゃん? 君はなにを言っているんだ」
「……そのままの意味です。僕と玲香さんは兄妹なんです」
未だ戸惑っている九条会長の問いに、改めて断言した。
「え? どういうこと?」
「兄妹ってそんなことある?」
そんな健一の発言に教室内がざわめく。
真偽を図りかねているようだ。
「……冗談を言っているわけでは……ないのか?」
「冗談でこんなこと言いますか?」
健一は圧力をかけるべく、九条会長に鋭い視線を投げかけた。
言葉を発するだけで疲労が蓄積していく。
慣れない発言、行動をしているからか、既に自分が立っている感覚がほとんどなかった。
それでも、進んでいくしかない。
「だが、君と『黒姫様』が兄妹だなんて話は聞いたこともない」
九条会長が疑問を呈する。
「それはそうでしょう。つい最近までは………兄妹じゃなかったんですから」
「どういうことだ?」
健一は大仰に肩をすくめて見せ、健一と玲香の関係について語る。
最近、健一の父と玲香の母が再婚したこと。それにより、結果として、健一と玲香が義理の兄妹となったことを、淡々と説明した。
「そんな……そんなこと、あるわけが……」
九条会長は信じられない、とばかりに首を振る。
「それは本当です。わたしも玲香から直接聞いていますし――」
呆然としている九条会長に、詩穂美が補足した。
詩穂美はこちらを見て、サムズアップしてきた。
わざわざ南城高校へ来てもらって、誤魔化しの説明をしてもらったことをすべて無駄にしてしまったというのに……
――ありがとう、御巫さん。
玲香の親友である詩穂美まで言ってくるのであれば、九条会長も信じざるを得ないようで、
「……ほ、本当なのか。――で、では、真田君。君と『黒姫様』は、同居している、と?」
九条会長は恐る恐る、訊いた。
「家族になったんだから、それはそうですね。今週から一緒に暮らしています」
健一は、答えた。
もっとも、話がややこしくなるので、現状二人きりで住んでいることはわざわざ説明しない。
「そんな……そんなことが……」
呆然としている九条会長は呆然とした表情でこちらを見ていた。
「なにか、困ること、ありますか?」
「きょ、兄妹と言っても、血の繋がらない義理の兄妹だろう? しかも、つい最近のこととは……」
九条会長の物言いは、健一に対してある疑いを抱いていることを感じさせた。
あきれる。
――なにを考えているんだ、この会長は……
健一は、九条会長を睨んでみせた。
「……変な邪推をしないで下さい。兄妹ですよ。そんなことあるわけないじゃないですか」
「す、すまない……そんなつもりは……。申し訳ない」
さすがに失言だと思ったのだろう、九条会長は謝罪をして見せた。
「とにかく、僕と玲香さんが義理とはいえ兄妹であると言うことは納得してくれましたか?」
「あ、ああ」
九条会長は頷いた。
「じゃあ、この『黒姫様を愛でる会』について、言いたいこと言わせてもらっていいですか?」
健一は強い口調で言った。
「……な、何故?」
「僕は玲香さんの『家族』ですよ。言う資格、ありますよね?」
真っ直ぐ九条会長を見つめる。
強気は崩さない。
「いや、そ、それは……」
「ありますよね?」
このまま、押しきる。
「…………と、とりあえず内容について聞かせてもらえないか?」
なにを言われるかわからないのを警戒しているのか、九条会長は素直に頷いてこない。
「別に、『愛でる会』を解散しろ、とは言わないですよ」
健一は嘆息して見せた。
「そ、そうか……」
九条会長は安心した表情を見せた。
「でも、『近づくべからず。距離を置いて愛でるべし』なんて妙な会則は無くしてもらえますか?」
健一はそんな九条会長に言い放った。
「…………ど、どうして?」
うろたえる九条会長。
健一はあきれた表情を見せた。
「ダメに決まっているでしょ。そんなことをしているから、玲香が孤立するんです。義兄として、それは看過できませんよ」
健一は家族であるということを盾に言いたいことを言わせてもらった。
「し、しかし……」
「しかしもかかしもなしで。――もし了承して頂けないのであれば、家族として、堂々と学校に色々と言わせてもらいます」
「うっ……」
生徒会長の顔を持つ九条会長と言えど、家族として学校に苦情を入れられては対応は無理なはずだ。
――実際に苦情を入れる勇気なんてないんだけどね……
今の状況ですらキャパオーバーなのに、学校に対して色々言うだなんて自分にできるはずがない。
それ故に、ここで『できるならやってみろ』と言われたら困るのは健一の方なのである。
だから、『愛でる会』のすべてを否定せず、歩み寄りを見せるのだ。
健一は、先ほどまでと違い、圧を感じさせない口調で言った。
「別に会長たちが玲香さんのことを今まで通り、近づかず、守護り、愛でることは否定しません。それは好きにして下さい。でも、仲良くなりたいと思って声をかけようとする人を近づかせない、ということはやめて下さい」
「それは……」
九条会長は苦々しい表情を見せた。
本当に苦しそうであった。
そこまで、玲香のことを神聖視していたのか、と健一は驚く。
――そういえば、九条会長がこの会の創始者なんだっけ?
玲香が入学してすぐに『黒姫様を愛でる会』ができたと言うが、彼の目には玲香はどう見えたのだろう、と思う。
女神かなにかと思ったのかも知れない。
だが、健一はそれを単純に否定することはできない。
ただのクラスメイトであった健一も、玲香のことを自分とは『別の世界の住人』と思って近づこうなどとは思わなかった。
意味は違うかもしれないが壁を作っていたという意味では同じ事だ。
偶然が重なり、玲香と義理の兄妹になったが故に、彼女の様々な顔を知ることができただけだ。
別に健一が特別な存在、というわけではない
それだけは、勘違いはしてはいけない。
勘違いは、ろくなことがないのだから。
「わかった……今後『黒姫様を愛でる会』は、『近づくべからず』という会則は廃止とする」
九条会長は観念したのか、会則の廃止を宣言した。
「ありがとうございます」
健一は九条会長の決断に感謝した。
そして、大きく息を吐く。
極度の緊張から解き放たれた。
これで、玲香の学校生活も少しは変わるだろう。
と――
「やったね、健ちゃん」
詩穂美が、そう言って、ニヤリと笑みを浮かべて見せた。
「だからそれはやめてよ、御巫さん」
健一が言うと、詩穂美は一転真面目な表情になり、
「本当に感謝してるんだよ。――玲香のこと本当に考えてくれて、ありがとう」
「え?」
健一は戸惑う。
「あなたが玲香の家族になってくれて、良かった」
その言葉にからかいの響きは皆無だった。
なんだか急に恥ずかしくなる。
「な、なに言ってるの。やめてよ……」
褒められたことを素直に受け取れずに、戸惑った。




